第22話『牢屋の中から こんにちわ』


――不時着から2時間後


 クロームセキュリティ社 宇宙基地。





 水道の蛇口から、ポツ ポツ と水滴が漏れている。



 陽の当たらない陰湿な地下に、ジェイクと墓守人は居た。客人とは程遠い扱いが意味するものは、この施設の人間にとって二人は招かれざる客を物語っている。



 ジェイクはため息混じりに、墓守人に語りかけた。





「なぁ……墓守人……」




「あ? なんだ?」



「地上に降りたら、ビール一杯おごってやる―― って、言ってたよな?」



「あー。そういやそんなこと、言ってたな」



「ここってさぁ、地上だよな? ビールでもなんでもいいから、アルコール類が飲ませてくれ。一杯ふっかけなきゃ、こちとらやってらんねぇよ」



「なら、自販機か購買部で安い酒でも買ってくるか? もっとも、ココから出られたら――の話しだがな」




 墓守人はそう言いながら、目の前にある忌々しい鉄格子を掴み、前後にガシャガシャと揺らした。


 そう。墓守人とジェイクは、基地の牢屋に閉じ込められていたのだ。


 容疑は殺人と器物破損。


 器物破損に関しては、致し方ないだろう。マスドライバーを滑走路代わりにしなければ、墓守人は助からなかった。


 だが宇宙基地の連中からすれば、そんなこと知ったことではない。多額の費用を投じて建造されたマスドライバー。墓守人という一個人の存在に、それ以上の価値はない。彼等からすれば、傭兵くずれの愚者が、貴重な財産を無価値なモニュメントにしてくれたのだ。



 殺されなかっただけでも、まだましと言えよう。



 しかし殺人容疑に関しては、完全な濡れ衣だ。


 もちろん事情を知らない宇宙基地の連中から見れば、墓守人は被害者どころか加害者だ。


 大事な広告塔であり、金の卵を産むニワトリ――ピンクエッジ・シューティングスターズ。それをもれなくバーベキューにして喰らった、立派な悪人に見えても不思議ではない。なにせ真相は、当事者である墓守人たちしか知らないからだ。



 容疑者は推定無罪。



 法律上はそうでも、人に中には偏見という歪んだ視線がある。容疑を掛けられただけで、その人物が悪人と決めつけ、外野はポリコレ棒を振り下ろす。まるで自分が、正義の代弁者であるかのように……



 墓守人――いや、空戦の魔王と呼ばれ、戦犯者のレッテルを貼られた彼は、歴史の狭間でそれをうんざりするほど見てきた。自称正義屋の、吐き気を催す邪悪な正義を……――。




 今現在も、こうして根拠なき罪によって、十字架の前に立たされている。有罪か。無罪かギルティ オア イノセント。そして磔にされる時を、牢屋の中で待つしかなかった。



 だが不思議と、二人に不安感はない。



 普通の人間なら、こうして牢屋に投げ込まれでもすれば、少なからず動揺するものである。


――しかし、墓守人とジェイクはパイロットだ。今は整備士に甘んじているが、多くの死地を掻い潜って来た男たちだ。伊達ではない。しかもつい数時間前、激戦を潜り抜けて来たばかりなのだ。



 空を飛ぶ時。彼等は『必ず生きて帰還する』と誓いつつ。同時に、人類の礎となるべく、死も覚悟している。――彼等は並の人間ではない、生粋の軍人なのだ。



 墓守人の隣の牢屋では、暇を持て余したジェイクが、緊張感のないあくびをしている。



「ふぁ~あ。にしても墓守人、なんで宇宙基地に、こんな物々しい牢屋があるんだ? お仕置き部屋? にしては、規模がちょいとデカすぎるなぁ……。そんなに基地内の治安と風紀は、乱れているのか?」



「なんだって……そりゃ決っているだろ。クロームセキュリティ社は、翡翠の侵略者の影響外である宇宙に、新たな新天地をご用意している最中だ」



「んなもん知ってるよ。さんざん、コメンテーターの言葉を一言一句覚えちまうほど、メディアで取り上げられてるんだから」



「ならもう答えは分かったろ? 宇宙で住むには、人体にどういう影響があるのか調べなきゃならねぇ。本来なら動物実験という段階を経て、ある程度の安全性が確認された時点で、人間へとシフトする」



「そんなことぐらい知ってるよ墓守人。ドキュメンタリーでさんざん……――おい待て、まさか?!」



「ご明察。勘の良いこって」


「その手順を……飛ばすために」



「罪人や、死んでも誰も探さないような奴なら、宇宙でなにしても誰も気に留めやしねぇ。そして実験用マウスには、それ専用の檻が必要だ。与太話と思っていたが、こうして檻に入れられると、真実味を帯びてくるな」



「人の目が届かないところで、企業はこんな事してたのかよ」


「ジェイク坊や、いつものことだろ? 報道メディアが企業とズブズブな時点で、もはや人の目はなきに等しい。これが現実よ」



「クソ、最低だな。……なぁ墓守人」



「なんだ?」



「今度マスドライバーに着陸する時は、もっと派手にやってくれ。なんなら精密航空電子誘導弾ペイブウェイでも、パイルバンカーでもいいから撃ち込んでやれ。企業のお偉い方が、青ざめる表情が見たい」



 ジェイクのその言葉に、墓守人は自信たっぷりにこう答えた。



「おう任せとけ! 嫌がらせと破壊行為に関しては、天性の才能があるんだ。クロームセキュリティ社のヘリポートみたいに、ド派手かつ盛大にやってやんよ」



 その言葉に、ジェイクは「そりゃポップコーンが必須だな。観戦チケットバカ売れ間違いなしだ」と笑った。



 いつの世も、悪人が困る姿は爽快感を抱かせてくれる。それが清廉潔白、善良企業を謳っているブラック企業なら、尚のこと爽快感は増大する。




――だがしかし。その悪の巨塔は今や、風前の灯火だった。




 本社は翡翠の侵略者によって壊滅し、製造プラントも大打撃を被った。軍事産業のみならず、宇宙航空産業の株価も大暴落の真っ只中だ。そもそもこうした内地にまで、翡翠の侵略者が許したことはない。しかもそれが、ライブ中継で全国のリビングに送信されていたのだ。




 新鋭企業の牙城が灰燼と化す、本物の地獄絵図……



 もはや、クロームセキュリティ社に未来はない。



 あの光景を目にして、それでもクロームセキュリティ社の株を手放さないとすれば、愛社精神に溢れた酔狂か、情報に極めて疎い者か、――もしくは、なにか策を企てている者くらいだろう。


 このクロームセキュリティ社の宇宙基地とて例外ではなく、株価暴落の当事者だった。施設の職員は一様に暗い表情で、路頭に迷う恐怖に苛まれている。企業が倒産すれば、市民という特権階級も剥奪されるのだ。約束されていた老後の保証さえも、企業が死に絶えれば無に帰す。


 死刑判決を待っているのは、なにも墓守人だけではないのだ。この宇宙基地の職員もまた、下降する株価のチャートを目にしながら、神に祈りを捧げていた。



 M&A買収でもなんでもいい。職員たちは心から、この宇宙基地を買い取ってくれる救世主の降臨を願っていた。



 そんなことはどこ吹く風と、二人のパイロットは同時にベッドに横になる。もう朝だが、なにもすることがない。ならば休息し、次の出撃に備えるのがベストな選択だ。例え明日がなく、一生牢屋の中で過ごすとしても……






 ジェイクは「んじゃ、なにかあったら起こしてくれ」と告げ、


 墓守人は「俺はお前のママじゃねぇ」と返答しつつ、ベッドに雑魚寝する。





 どのくらい時間が過ぎただろうか。


 墓守人は寝付けずにいた。


 水道の蛇口から落ちる、水滴の音。どうしてもそれが、気になってしかたなかったのだ。





 ポツ  ポツ  ポツ  ポツ  ポツ  ポツ――――。





 普段なら気にも留めない些細な音――。だが妙に水の弾ける音が際立ち、とても耳障りだった。




 墓守人は、水滴が落ちる度にあることを思い出す。


 ジェミナス02の偽物――あの電子の妖精と、暗き深淵の中に沈んだ、あの時の光景を……。




 あれは現実に起こったことではない。仮想現実きょこうの中で経験した、バーチャルの体験。――ただそれでも、現実以上に鮮明で、肺に水が入り込む苦痛は、あまりにリアルな痛みだった。




 そして墓守人は呼び起こす。


 電子の海に溺れ、意識が消えかける刹那に見た……あの少女の姿を――。




「あいつは……。あの娘は、いったい……」




 キュ! キュイッ……――。



 墓守人は『ハッ!』と目を見開き、ベッドから飛び起きる。

 

 誰もいないはずの隣の牢屋。その部屋の蛇口を、何者かが締めたのだ。




「誰だ!!」




 墓守人は尋問官のような覇気のある声で問い質す。



 質問された人物は、これ以上警戒感を抱かれないよう、穏やかな口調でこう告げた。同じ境遇の身であり、敵ではない、と。




「えっと……そう身構えないでください。あなたと同じ、牢屋の中の哀れな男です」




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