第23話『 勇者 と 妖精 の 童話 』
墓守人は訝しげな表情を浮かべる。自分がこの牢屋に入れられる時――隣の牢屋には、誰もいなかったはずなのだ。
「おいあんた、いつからそこに?」
「ずっといましたよ。職業柄、存在感が薄いもので」
「職業ねぇ。――で? なんの職に就いてんだ?」
「あー、えっと……」
隣人は、なぜか言葉を詰まらせてしまう。墓守人は不審に思い、彼になにかあったのか?と尋ねる。
「どうした? 舌を落としたか?」
「だ、大丈夫です。今、拾ったところですから」
ノリの良い返しに、墓守人は思わずほくそ笑んでしまう。
「そいつはよかった。入れ歯と舌は変えがきかねぇ。もう無くすなよ」
「ええ、気をつけます。こういう時に二枚舌なら、焦らなくて済むのですが……」
「一枚舌を無くせば正直者。なに事もそうだが、多すぎるのは問題だよな?」
「ハハハッ、ほんと同感ですよ」
妙に息の合った、ジョーク交じりな会話――。
そして墓守人は、就職の面接官のように尋ねる。
「――で? ご職業は?」
「脚本家……ああ、いえ。小説家です」
まさかの答えに、墓守人は疑惑の声を上げた。
「小説家ぁ? おいおい嘘だろ。なんでそんな
「売れない小説家は、それだけで罪なのです」
「おっと、そいつは ちげぇねぇ。だが……嘘が下手だな」
墓守人は即座に見抜く。隣の囚人が、明らかになにかを隠していると。言葉の端々にある、イントネーションの歪み。微かな声の上ずり。それを見逃さなかったのだ。
隣の囚人はそれでも尚、自分が小説家であると言い張る。
「そ、そんなことはない!」
「じゃあ、お前さんの代表作は?」
「ありません。ですが、とっておきのシナリオプロットがありますよ。聞けば、あなたの心にガツンとくるものがあるはずです。そうこれは、至高にして最高のシナリオなのです」
隣の自称小説家が、そこまで言うのかと思うほど、自信たっぷりに断言する。
プライドだけで小説を書いている自意識過剰か。それとも本当に凄腕の小説家なのか……。
墓守人はあえて泳がせてみる。彼の描く脚本に、少なからず興味が湧いたのだ。
「ほう……。なら、聞かせてもらおうか。そのとっておきってやつをよぉ」
「その言葉を待っていたんだ! これで本業が発揮できる…… ゴホン! 舞台はドラゴンやエルフが存在する、ファンタジーの世界――」
「あぁ? ファンタジーだと? そういうのは子供の観るもんだろ」
突然いちゃもんをつけられ、自称小説家は出鼻を挫かれる。
「決めつけはよくないよ! と、とにかく! 最後まで聞いてから判断してくれ!」
「へぇへぇ。それじゃあ、続きをどうぞ」
調子を崩された隣の囚人は、「まったく……」とふくれっ面になりつつも、続きを話し始めた。
「ゴホン! 二人の妖精に導かれし、白き勇者。彼は仲間たちと共に進軍する。そしてついに、最終局面である魔王城へ進路を定めた」
「なんだ? もう話は佳境なのか」
「いいや始まりだよ。――今まで多くの勇者を葬った、魔族の牙城。しかし妖精に導かれし彼には、魔王を斃す切り札があった」
「切り札ね~。んで、勝つんだろ。そんな脚本技術じゃ売れねぇぞ。先生様」
「言ったはずだ。始まりにすぎない――と。しかし双子の妖精の姉に、異変が起こる。彼女は何者かに呪いをかけられ、次々と仲間を葬ってしまうんだ。
勇者はその妖精を殺すが――仲間も、そして魔王を斃すための切り札さえも、この局面で失ってしまう。
そしてもう一人の妖精――妹もまた、呪いに侵されていた」
「………――」
「どうしました?」
「いや、続けてくれ」
「勇者は自らの手で、家族以上に大切な戦友であり親友――妖精と、戦うことになってしまった。そして勇者は――」
墓守人が隣人からペンを奪い、勝手にシナリオを書き殴った。
「勇者は敗北し、妖精の呪いで、魔王と化しましたとさ――だろ?」
隣の囚人は悲しげな声で、首を横に振った。
「いいやそうじゃない。
囚人は語り部として、真実になぞった童話を紡ぐ。
墓守人の知る童話とは異なる童話。
妖精が辿った、もう一つの悲しき結末を……。
「結末はその真逆だ。 妖精が……最愛の勇者を、討ち取ってしまったんだ。
勇者の放った最後の一撃によって、彼女は瀕死の重傷を負いながらも、辛うじて生き延びた。彼女は満身創痍でありながら、深く、嘆き悲しんだ。
そして斃すはずだった魔王に、鹵獲されてしまう。
生きているのは不思議な状態である彼女に、抵抗できるはずがない。そもそも切り札は妖精の姉によって破壊されている。
抵抗虚しく、その身体は結晶の棺に囚われ、魂は幽閉されてしまったんだ……。
そして結晶の中で気が遠くなる年月を過ごし、ある日ふと、目を覚ました。
目覚めた妖精が眼にした
結晶の棺から這い出た妖精は、残されていた魔王の力を使い、過去へと向かった。すべての悲劇を、なかったことにするために……。
しかし神は非情で、往々にして、理不尽な試練を与える者だ。
妖精は事もあろうか、まったく異なるSFの世界に漂着してしまった。挙げ句、その世界の
『あの世界の過去は、もう変えられない』『その時代にまで、遡ることはできないからだ』……と。
彼女は涙し――絶望した。
だがそれでも、『勇者が守ろうとした世界を守りたい』。彼女はその一心で、技術者に懇願したんだ。
『それでも、帰りたい。過去を変えられないとしても、勇者が守ろうとした、あの世界に帰りたい』――と」
――童話になぞらえた悲劇。
墓守人は、耐えられなかった。
例え、荒唐無稽 な 絵空事の お伽噺だとしても、ジェミナス02の苦しむ姿を、聞きたくはなかったのだ。
それも、自分が今日まで味わった苦しみと同じもの。拭いきれぬ後悔と罪悪感。それに、もがき苦しみ続けていたと思うだけで、自分の身が引き裂かれるように苦しかった。
この話は当事者しか知らない事。本来なら、『なぜそのことを知っている!』と追求すべきなのだが、墓守人は冷静さを欠いていた。彼は抱いた疑問を投げ捨て、怒りに身を任せてしまう。
――再び、過去の古傷に触れようとする者が現れたからだ。
死者を辱めてはならない。自分が手を下した最愛の相棒なら、尚のこと。
自分だけならまだ許せる。しかしジェミナス02を直接的に汚そうとしているのだ。彼はそれを危惧し、話を強引に遮った。
「もうやめろ! たくさんだ! その三枚舌を引き千切ってやろうか!」
「まだ話は途中だ。最後まで聞いてから判断しても――」
「黙ってもらおうか、三流小説家さんよぉ。そんなうんざりする絵空事、誰も望んではいない!」
墓守人は修羅の形相で吠える。全身から怒りと、憤りを込めて。
「馬鹿げている。なにがファンタジーだ。こんな突拍子もない超展開SF、聞いたことがねぇ。まるでズブの素人の作った、最悪B級映画じゃねぇか!!」
隣の囚人は、怒鳴る墓守人を他所に、話を続ける。
透き通るほど凛とした、真っ直ぐな言葉。怒鳴る墓守人の声を掻き消す静かな声で、彼は物語を綴る。語り部として、なんとしてもこの
「だから我々は与えた。彼女に新しい体と、無限の翼を。そして、我々が予期していなかった奇跡が起きたんだ。
いや、あれは神の奇跡ではない――勇者を想う妖精の成し得たものだろう……。
彼女の犯した罪のない、まだ勇者が生きているこの世界!
唐突に、物語の幕が下ろされる。
先程の怒声が嘘のように、監獄に静寂が蘇る。
墓守人は、この静寂の中で考える。
隣の囚人が、本当のことを言っているのかどうかを。
音の亡き静寂。それを打ち破ったのは……墓守人だった。
彼には隣の囚人が、何者であるのか察しがついていた。落ち着いた口調ながらも、警戒感を帯びた口ぶりで問い質す。
「お前が、あのクソ妖精もどきが言っていた…………――
か?」
「黒幕直々の登場。実に王道パターンだ。これが、あなたの言う絵空事なら『よくぞ見破った』と言うべき場面でしょう。それがシナリオとしてはベターな展開だ。
だがこれは三文小説でも、出来損ないの脚本でもない。現実とは、エンターテインメントと比べて、今ひとつな出来栄え。 例えるなら、そう……味の薄いチープなスープのようなものです……」
隣の牢屋にいた人物。小説家を名乗っていた男は、自らの正体を明かす。
「さっきも言いましたが、私はこことは違う世界の住人。そして舞台裏で、
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