第20話『墜落の危機』



 被弾したコフィンホーネット。そのコックピット内では、様々な警告音が鳴り響いていた。



 操縦信号を送る入力装置に異常が発生し、操縦桿がズシリと重くなる。




「んなぁクソがぁ!」



 ジェイクがキャノピー越しから、コフィンホーネットを凝視する。コフィンホーネットの左エンジン付近から、炎が上がっていた。機体は重力の魔の手に導かれ、少しずつ下降を始めている。



『墓守人! 左エンジンが燃えている! フューエルカット! フューエルカットだ!!』



「アドバイスどうも! ジェイク! 周囲を警戒を頼む!!」



『了解! 死ぬなよ!!』



「まだ葬儀屋のパンフレットにすら、目を通してねぇんだ! そんなんで死んでたまるかよ!」



 墓守人は冗談を交えつつ、急いで左エンジンへの燃料供給を停止させる。なんとか機体制御を試みようとするも、いつものようにいかない。操縦桿が不自然に重いのだ。――まるで見えざる者の手によって、邪魔をされているかのようだった。



「操縦桿が重い! スタビライザートリムが利いてねぇのか?!」



『こちらセイバーシルフ。 貴機の燃焼停止を目視で確認しました。被害状況を報せて下さい』



「毎度すまねぇな! 撃たれた衝撃でスタビライザートリムが死にやがった!」



『IFCSは?』


「駄目だ! 作動していない!」


『端末入力での立ち上げを行ってください』


「いいや、おそらく駄目だろう。あのガキどもの細工が――」



 墓守人は無駄と思いつつも、反射的にキーボードを叩く。そしてマニュアルで、IFCSの立ち上げを実行した。アナログ世代とは思えない、素早い片手タイピング。先程のノーリアクションが嘘のように、IFCSが即座に立ち上がった。



 IFCSとは、知的戦闘継続システムである。



 外部、及び内部的要因によって機体が損傷した場合、即座にプログラムが立ち上がる。そして損傷箇所を自己診断し、機体を最適な状態へと再設定するのだ。



 本来ならマニュアルではなく、被弾――及び、問題発生時に自動で立ち上がるものだ。しかしこの機体は、墓守人を殺すために用意された棺桶。そして用意周到なことに、IFCSにも細工を施されていたのだ。


 悪質なことに、自動では立ち上がらず、マニュアルのみで動くよう設定されていた。そしてAICSには一切ノータッチ。どんなにプログラムを走らせても、エンジンは絶対に復旧しない仕様だ。


 片手で操縦桿を握りしめ、ミサイルや機銃の猛攻を躱しつつ、プログラムをチェックする――それは至難の業そのもの。しかもその間、攻撃が一切できず完全な無防備となるのだ。



――改めて、少年たちの性根の悪さが伺えるものだった。



 もしも、ピンクエッジ・シューティングスターズとの戦いで、このトラブルに襲われていたら……。墓守人とはいえ、命運は尽きていただろう。



 墓守人の恩人であるセイバーシルフは、あのクールな口調で『心配いりません』と断言する。



『先に進言した通り。そのコフィンホーネットは滅菌されています。この私が居る限り、企業の好きにはさせません。――それと謝罪を』



「謝罪? なんだ唐突に? お前、なんか悪いことしたのか?」



『守れなかった……頭上からの奇襲に気付くことも、反撃することさえできず、剰え敵機を見逃してしまった。弁明の……余地はありません』




 墓守人はレーダーで奇襲した犯人を探りつつ、操縦桿を引き、コフィンホーネットを上昇させる。そしてセイバーシルフに『責任はない』と告げた。




「んなこと言ったら、俺だって謝罪しなきゃなんねぇぞ」



『え? あなたは悪くない! だってこれは、私のミスであり――』



「これは俺のミスだ。俺はこの部隊のリーダー機であり、お前たちの責任者だ。いち早く戦況を見極め、危険を察知し、僚機に命令を下す――それは他でもない、俺の役目。だろ?」



 そして墓守人は、最後にこう締めくくる。



「セイバーシルフ。こうしてまだ生きているんだ。お互いこの教訓を、次に活かせば良いじゃないか。俺も戦闘が終わったと、完全に油断していた。まったく……ヤキがまわったもんだぜ」



 墓守人は、セイバーシルフに非がないことを伝え、温かな言葉で彼女の頭を優しく撫でる。


 その気遣いに、セイバーシルフは感謝した。



『……感謝します。やはりあなたは、優しい人ですね』



「おいおい、嬉しいこと言ってくれるぜ。書類揃ってたら、今すぐにでも養子縁組したいくらいだ。帰ったら、お前さんの好きなブランド物のバックやドレス、たんまり買ってやるよ」



 哨戒中のジェイクから、無線越しでのツッコミが入る。



『――んなこと言ってる場合かよ墓守人! 機体は? まだ飛べそうか?!』



 尋ねられた墓守人は、皮肉屋の面を一切感じない、真面目な口調でこう答えた。



「ああ、ギリギリのところで、なんとか持ち堪えた。ジャンクヤードまでは、引きずって行けそうだ」



『近くにクロームセキュリティ社の宇宙基地がある。見えるか?』



「ああ。ジェットコースターみたいな、馬鹿でっかいマスドライバーが見える」



『念のため、向こうの管制塔に状況を報せておいた。資材空輸用の滑走路に緊急着陸可能だそうだ。こんな時だからこそ、プランBは必要だろ?』



「苦労かけたな、ジェイク。俺のこと撃ったやつは?」



『面目ない……見逃した』



「いや、いいんだ。敵ながらお見事な奇襲だよ。引き際もちゃんと弁えてる。唯一の減点は、詰めが甘いことだ。獲物を仕留められなきゃ、奇襲の意味はない。ただの牽制か、ビックリイベント止まりだ」




 ジェイクは言い辛そうに、この話題に触れる。理由は明白だ。墓守人が奇襲された時、あまりに一瞬の出来事で、自分の目に確証が持てなかったのだ。



『墓守人、あれは敵だったのか? 翡翠の侵略者の機影はレーダー上にはなかった。それにあの機影――ほんの一瞬だったが、アレは……』



「ああ、そうだジェイク。俺の機体を穴だらけにしたのは、翡翠の侵略者じゃねぇな。TCASティーキャスの反応があったってことは、あの機影は翡翠の侵略者ではない。間違いなく、人間がこさえたモノだ。、まぁ十中八九、俺を撃ちやがったのはアレ、、だろうな……――」



 墓守人は思わせぶりな言葉を共に。トワイライトアクアがいる空戦領域を見た。



 トワイライトアクアは機銃もミサイルも撃ち尽くし、弾切れの継戦不可能状態だった。しかし、未だ空戦領域に居座り、翡翠の侵略者と交戦を続けている。それを可能にしたのが、新たに加戦した、UAV――無人戦闘機だ。



 UAVには、積載量が許す限りにミサイルや機銃を満載していた。トワイライトアクアがターゲットをロックし、新たに登場したUAVの群れが、彼女たちに代わってミサイルを撃つ。――俗に言う、ミサイルキャリア戦法だ。


 金に糸目をつけない者のみが許される、贅沢な戦法である。



 戦闘空域を飛び交う、機首のない鳥の群れ。その無人戦闘機を見ながら、ジェイクは忌々しげに呟く。



『意図的なフレンドリーファイア……ふざけやがって』


「AIの誤認か。はたまたあの小僧どもと同じく、故意か……。どちらにせよ、この空に俺たちの居場所はない」



 ジェイクは時代の流れを肌で感じ、ある種の喪失感に苛まれる。世界の誰からも必要とされていない――そう感じるほど、冷たく、悲しい孤独感だ。


 世界を飛び回り、最前線で侵略者と戦い続けた日々。人類を守るために奮闘した日々の結果が、これだ。


 装備の格差を味わい、力量の差を見せつけられたばかりか、不必要のレッテルまで貼られ、屈辱と共に帰路につく。



 これが、自分の求めていた未来なのか?



 


 かつて空を飛ぶパイロットは違った。人類を守るエースとして、誇りを胸に刻み、戦友の危機となれば、国を越えて駆けつけたものだ。




 だが今、空を飛ぶ若きティーンエージャーに、誇りも、信念も、仲間意識もない。


 互いが撃墜スコアを競う敵であり、完全な商売敵なのだ。


 企業の用意した、即席のエース。少年、少女たちにとってパイロット業とはなにか? 副業であり、単なる仕事の一つに過ぎない。


 かつてのパイロットのように、誇りも、プライドもないのだ。




 この残酷な世代交代に、やり場のない憤りと喪失感、そして底知れぬ虚しさを感じる。



 ジェイクは黙諾し、ただ空戦領域を見つめていた。



『…………』

 



 そんな彼の気持ちを汲み取り、墓守人はジョークで場を和ます。




「なぁジェイク。お前、付き合ってる彼女いるか?」



『ハァ?! な、なに言ってんだよ墓守人!』



「変な意味じゃねぇ。ほら、俺らの恩人であるセイバーシルフお嬢様に、服とバック買ってやりてぇんだ。だが俺はあいにく、今どきのファッションってやつを知らん。比較的若いお前なら、なにか知ってるかと思っただけさ。彼女いそうだし」



『付き合ってる彼女もいないし、そもそも女のファッションなんて、分かるわけねぇだろ』



「そいつは残念だ。せっかくの美男子がもったいねぇ。ナンパの仕方教えてやろうか?」



『余計なお世話だ!』




――その時、思わぬ悲劇が起こる。



 被弾時に歪んだ整備用パネルが剥がれ、コフィンホーネットの右側エアインテークに吸い込まれたのだ。パネルがタービンファンを傷つけ、航空機の命であるエンジンを破壊した。



 しかも、ただエンジンが死んだわけではない。タービンファンが飛び散った衝撃で、センサー関連の電力がショートしたのだ。



 機体操作の電力は生きているが、コフィンホーネットは目隠しで飛ぶこととなった。



 旧来のキャノピー式にはない、グレイヴ式コックピット特有の弱点だ。



 墓守人は真っ暗なコックピットの中で、電力復旧に右往左往する。



「おいおいおい! 嘘だろクソが!!」



 ジェイクは目を見開き、鬼気迫る声で叫ぶ。――無理もない。グレイヴ式コックピットにベイルアウト機能はない。機体の死は、パイロットの死を意味しているのだ。



『墓守人!! エンジンが! 右エンジンから煙が!!』



「大丈夫だ! こういうのは何度も経験している! それよりも、良いブランド物の服屋探しといてくれよ!! 恥はかきたくねぇ!」




――その冗談は、墓守人の最後の強がりであり、嘘だった。



 たしかに絶望的な状況は、パイロットという職務上、何度も経験している。それに関しては一切の嘘・偽りはない。


 だが、脱出不可能なグレイヴ式コックピットで、両側エンジン損傷と、センサーの電力喪失という経験は、さすがにない。もしも経験者なら、頭の上に金色の輪っかが浮いているだろう。




 油圧系統に異常があったが、幸いなこともあった。今回はIFCSが即座に作動したのだ。推進力喪失という満身創痍にも関わらず、皮肉にも、機体制御は良好だった。そしてコックピットそのものの電力は健在だ。


 問題は、機体の目を司る電力の喪失である。


 墓守人はキーボードを操作し、なんとか電力を回復させようとする。エンジン関連の電力をセンサーに回そうとするが、無駄と分かった。エンジンが吹き飛んだ際、バッテリーも破損していたのだ。電力のバックアップは不可能。その証拠に、HUDには虚しく該当項目なしNOT FOUNDと表示されている。



 そこで機転を利かせたのは、セイバーシルフだった。



オーサー オブ イーヴル魔王。貴機のセンサー機能喪失を確認しました』



「お嬢ちゃん、さすがに……今度ばかりは打つ手ねぇだろ」




――だが、墓守人の予想は大きく裏切られた。




 不意にセンサーが回復し、鮮明な映像が流れ込んで来たのだ。それもコフィンホーネットを見下ろす、第三者視点で。



 まるでゲーム画面のような視点に、墓守人は驚く他なかった。



「こいつは?! いったいどうなってんだ!?」


『グレイヴファントムのセンサー映像です。が、あなたのになります』



 グレイヴファントムの映像データを、データリンクシステムを経由して、コフィンホーネットに送っていたのだ。


 これで外の光景が見える。計器だけでも飛べないことはないが、この緊急時だ。得られる情報が多いほど、生存率は飛躍的に向上する。



「お嬢ちゃん、ほんとすげぇな……」



 次から次へ襲い掛かる難問を、冷静な判断力で解決していく少女。


 これではまるで、コミックスに出てくるスーパーヒロインではないか。


 死が目前に迫っているにも関わらず、セイバーシルフの健気さと一途な姿勢に、墓守人は感謝しつつ、笑みを零す。



――かつて彼女と同じように、降りかかる難問を切り抜けた相棒がいたのだ。



 その名は、ジェミナス02。



 そのかけがえのない相棒に、少女はあまりに似ていたからだ。




 墓守人自身、それが錯覚であることは重々承知していた。

 ジェミナス02はこの世にいない。他ならぬ、墓守人の手で葬られたのだ。


 だがしかし。例えそれが夢、幻であっても、死ぬ前に面影に触れられただけで、彼は満足だった。


 墓守人は、この危機的状況でありながら口端を上げ、ニヤリと笑う。



「お前さん、魔法使いかなにかか? こちとら本気で、お前さんの養子縁組考えたくなってきたぞ」



 だが問題の根本は、依然として解決していない。


 推進力のないコフィンホーネットは、翼のあるガラクタなのだ。徐々に機首が地面に向き始め、墜落の影が忍び寄ろうとしていた。



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