第19話『人工少女の群れ』



 広告塔のモットー。それは、自社製品がいかに他社より優れ、より価値があり、購入や投資するに値するのか。それを、世界に向けて宣伝するかにある。




――例えそれが、硝煙漂う、血生臭い戦場であっても……。




 ピンクエッジ・シューティンスターズは、広告塔としての役割を果たせなかった。そればかりか、死守しなければならない、ホームグラウンドを守りきれずに全滅という、歴史的醜態を晒した。




 しかし、今、天空を舞う少女たちは違った。



 アークセルサイトカンパニー社が誇る、最新鋭兵器――対アンバーレイダー用ガイノイド『cybernetics girlish angEl “twilight aQuaトワイライトアクア”』。




 彼女たちは、国際兵器市場博覧会から緊急発進し、援軍として駆けつけたのだ。




 テレビに映っていた、あの派手なカラーリングの戦闘機。それがこれみよがしに戦場を舞い、アンバーレイダーを次々に叩き落としている。



 彼女たちヴァルキリーが跨る、総天然色の飛竜せんとうき―― それは、アークセルサイトカンパニーが独自に製造した、最新ステルス戦闘機だ。


 しいて似ている戦闘機を上げるとするならば、無尾翼機のドラケンだろう。それをステルス機としてリファインし、グレイヴコックピット化したものだ。





 クロームセキュリティ社の広告塔が、手も足も出なかった強敵。しかし少女たちは、まるでこの実戦が演習シミュレーターであるかのように、またたく間に撃墜スコアを稼いでいく。





 人工的に創られた少女たちは、鋭い切込みで追い立て、敵のフォーメーションと連携を切り崩す。そして一機、また一機と、丁寧かつ流れ作業のように潰していった。


 その手際の良さは、もはや手慣れた狩人の狩猟そのもの。場慣れた玄人だからこそできる、熟練の域だった。




――データリンク戦争の真髄、ここに極まり。




 もっとも適した立ち位置の機体が、もっとも適した武装を用い、敵に狙われにくい、比較的安全な場所から攻撃を仕掛ける。


 誰かが敵をロックオンし、別の仲間がミサイルを放ち、撃ち墜とす。


……それも、強襲する側の敵機が、まったく予期できない方角から。




 百戦錬磨のエースパイロットですら、一生に一度できるか否かの神業。これらを可能にしたのが、企業が独自に入手し、蓄積したビックデータだ。



 歴戦のエースが、この空に刻んだ栄光と戦いの数々――その御業を、ガイノイドという人工少女に移植したのだ。ノウハウそのものは、ピンクエッジ・シューティングスターズが使用していた、システムと同様のものである。


 しかし、そのシステムを使用するのは、生身の人間ではない――ガイノイドなのだ。戦闘機と同じ、人が目的完遂のために創りし強固なマシン。よりシステムに近い存在が運用するとなれば、人間に出る幕はないだろう。



 なにせ彼女たちは機械であり、人のように老いることもない。

 耐久年数が訪れない限り、常に現役であり、長期間最前線で戦える存在だ。



 人のように多大な維持コストも、教育期間を設ける必要もない。わずか数日で、最前線への投入が可能なのだ。



 人のようにストライキや暴動、反逆や裏切りを企てることもない。



――そして、ピンクエッジ・シューティングスターズのように、私利私欲のために暴走することもない。





 彼女たちは人類のために生まれ、人類のために働き、人類のために消費される存在―― それがガイノイドという、機械人形オートマタなのだ。





 この世に生を受け――いや、製造されてロールアウト数日目のガイノイド。そんな産まれたての彼女たちが、初の実戦で、華々しい戦果を飾っていく。並の傭兵が一ヶ月で稼ぐ戦果を、ガイノイドたちは、わずか数分で稼いでいた。


 このライブ中継を見ている傭兵や、既存のパイロットからすれば、これほどプライドが傷つく光景はないだろう。 


 苦労し、人生を賭けて積み上げた功績――それをこうも簡単に、易々と越えられたのだ。




 戦果に目が奪われがちだが、一番異様なのは、8Gという環境下で平然と唄を歌い、敵を次々に屠っている点だ。



 並の人間――熟練のパイロットでさえ、それは不可能だ。



 脳が搾り取られるそうな感覚。意識が薄れ、呼吸すらままならぬ8Gの世界。その熾烈な環境を耐えつつ、歌い、剰え空戦を行っている。


 それは、人を越えた存在――対アンバーレイダー用ガイノイドだからこそ、可能な芸当なのだ。




 テクノロジーの集大成であり、これからの戦場を担う、次世代の兵士。


 ガイノイド フラグシップモデル 『トワイライト・アクア』




 彼女たちの可憐な歌声が、戦場をカラフルに彩る。




――天使が舞い降りた、福音として。


――そして、死を齎す戦巫女ヴァルキリーとして。






           ◆





 コンバットエリアから離れた空域。コフィンホーネットをリーダーとする、三機編隊が飛んでいた。先程まで、命からがら空域離脱を試みようとしていた、墓守人御一行だ。


 彼等を執拗に付け狙っていた、翡翠の侵略者の姿はない。まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように、ガイノイドの元へ飛び去ってしまったのだ。




 もはや戦場は、ガイノイドを中心に回っていた。



 アンバーレイダーという、熱烈な追っかけストーカー


 トワイライト・アクアは、そんな彼等に死の投げキッスをプレゼントしていく。常識外れなマニューバで、戦闘機くるりと一回転させながら、機銃やミサイルを発射する。


 狙う側が狙われていた――まさかの攻撃に、結晶の鳥たちは避けることはできず、一つ、また一つと撃破されていく。



 彼女たちに狙われたが最後。まるで恋に堕ちたかのように身を焦がし、炎の華を次々に咲かせることとなった。




 歴史の転換点。それをまざまざと見せつけられ、墓守人は思わずこんな言葉を口走ってしまう。



「あれがガイノイドってやつか。あのアクロバティックな機動……どっちがアンバーレイダーか分かりゃしねぇ」



 気丈なジェイクでさえ、彼女たちの力量差を見せつけられ、傷心する。もちろん態度や言葉には出さないが、声に気落ちした淀みがあった。



『墓守人。あれが、アークセルサイトカンパニーの?』



「ああ、昨日発表していた新商品だ。システム導入世代の次は、ロボット様のご登場だ。俺達の居場所も需要も、年貢の納め時ってやつかな?」



『あれだけのマニューバ機動で、声色一つ変えず平然と歌っていやがる。予め録音されたやつか?』



「いいや……あれは録音なんかじゃない。戦場に合わせたアドリブが入っている。遠隔操縦のような、わずかなタイムラグもない。アイツらは確かに、あの戦闘機に乗り込んで、歌いながら戦っているんだ」



『――ッ?! じょ、冗談キツイぜ…… あんな連中に、俺たち人間が敵うわけないじゃないか……』



「これからの戦場に……俺たち人間はもう、必要ないのかもな」



 二人の弱気な会話に、セイバーシルフが割り込む。



『冗談でも笑えません。戦場と催し物と混同させるなど、戦地で散った者達への侮辱。あなた方二人は、それを良しとするのですか? あのような者たちに、これからの戦場を任せて』



 セイバーシルフの口調は淡々としたものだったが、どこか、憤りを感じるものだった。


 彼女の意外な一面に、墓守人は驚く。



「お前……怒っているのか?」



『不快なだけです。そもそも眼下では、炎に逃げ惑う市民がいるのです。苦しんでいる人の頭上で、あのような甘い唄を流すのは、純粋な狂気ではないでしょうか? 歌われている歌詞も、過剰なまでに甘く、自己の存在を認知してもらいたいという、承認欲求に満ちています』



 そしてセイバーシルフは、悲しげな声色で呟く。センサー越しに映る、眼下の炎を目にしながら……。



『――せめて、傷ついた人に勇気を与える唄ならば、ここまで、不快な想いは抱かなかった』



 墓守人は、セイバーシルフの意見に頷く。そして、娘に語りかける父親のように、慈愛と想いに満ちた言葉で、こう言った。



「そうだな。お前さんの言う通りだ」



 ジェイクは極度の緊張状態から解放され、無線越しにでも分かる、安堵の溜息を吐く。そしてパイロットスーツの首元を緩めながら、墓守人にこう語りかけた。



『墓守人、それでどうするよ? 加戦するのか?』



「いいや、かえって邪魔になるだけだ。ああして俺たちの尻拭いをしてくれるんだ。そりゃ、いいとこ取りされて悔しいさ。だが、ここで死んだら元も子もねぇ。『どんなことがあろうとも、生きて帰還せよ』――だろ?」




 懐かしい台詞に、ジェイクは過去の思い出を噛みしめる。


 賢狼部隊として空を飛んだ、遠き、あの日の記憶。あまりの懐かしさに目頭を熱くする。そして彼は温かな気持ちで、こう告げた。




『……そうだな。じゃあ帰るか、俺達の家ジャンクヤードに』



「ああ、そうしよう! ところでセイバーシルフ、お前さんはどうする?」



『え? 私ですか?』



「そうだよ。まさか、自分のコールサイン忘れたのか?」



『いいえ、そういうわけでは……』



「どの道、もう燃料も少ないんだろ? 補給がてらに、うちに寄ってけよ。こっちとしても、助けてもらった礼がしたいしな」



『あ、えっと……でも――』



「おいおい、まさか断る気じゃねぇよな? 減るもんじゃねぇし、ど~んと貰っけばいいんだ! なんか好きなもんやるからよぉ!」




 墓守人はレーダーから目を離し、セイバーシルフこと、グレイヴファントムを見る。




「それにさ。こうして無線越しじゃなくて、お前さんの顔を直に見てみたいんだ。俺を救ってくれた恩人の顔を、この目でしっかりと――な」




 その時だった。



 コフィンホーネットのコックピット内に、TCASティーキャスの警報が鳴り響いたのだ。墓守人に即時回避行動をとるよう促したが、――遅かった。





 コフィンホーネットはなんの前触れもなく、弾丸に射抜かれたのだ。




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