第18話『Su-37』



 ジェイクの駆るSu-37は地上スレスレを飛行していた。



 墓守人と同じように、都市建造物の間を曲芸飛行のように掻い潜り、ミサイルや機銃をやり過ごしていたのだ。



「墓守人まだか! こっちはそろそろ、ネタ切れだ!」



 Su-37は機銃やミサイルの残弾はあるものの、今はビルの合間をジグザグに飛行している。条件さえ整えば、後方にミサイルを撃つこともできるが、ここで撃ってもビルに当たるだけ。とてもではないが、有効な手段にはならない。



 今は逃げの一手に限る。



 都市内を逃げ回っていたSu-37は、建築途中のビル郡へと侵入する。避難は完了しているため、人気はなく、灯りは皆無だった。



 ジェイクは暗視装置で周囲を警戒する。建設中のビルの中には、鉄骨やクレーンがせり出ているものもある。一瞬でも、そして一つでもそれを見落とせば――命はない。



 増援が来るまでは、この生と死の狭間を行き来する危険な展示飛行に、望まずも準ずるしかなかった。





 ピピピピピピ!! ピ―――――ッ!!!




 ミサイルアラート。この入り組んだ場所を飛行しているにも関わらず、翡翠の侵略者はミサイルを放ったのだ。 



 次第に悪化する戦況。ジェイクは舌打ちしつつこう嘆く。




「助けに来たのによぉ! このザマとは情けねぇ!」




 Su-37は放たれた猟犬に注視しつつも、建設途中の巨大なビル内へ進路を定める。



「頼むぜ、相棒ぉ!!」



 ジェイクはSu-37を励ます。


 その声に応えるように、Su-37は機械の唸りを上げる。無機物の鳥が、ビルのモノレール用通路から、ビル内部へと侵入。そして内壁に激突する前に、急速に機首を上げた。



 超巨大高層ビル――中央部は吹き抜けになっており、天井まで空洞が続いていた。


 さながらそれは、空へと続くトンネルだった。





 普通の戦闘機ならば、急激な機首上げができず、内壁に激突していただろう。



 それを可能とさせたのが、Su-37の象徴の一つである、推力偏向スラスターだ。



 クルビットを始めとする 超機動を編み出す原動力。――それこそ、機体威勢を補助するカナードと、この推力偏向スラスターの賜物だった。



 スラスターが繊細かつ、大胆な動きで機体姿勢を制御させながら、その末端から青き炎を吐き出す。失速はその光によって打ち消される。Su-37は自らの居場所はここではないと言わんばかり、空に機首先を向け、飛翔を開始した。



 そのSu-37を追って、モノレール用の通路を潜り、翡翠のミサイル郡が来襲する。



 Su-37をの後を追い、ビル内に侵入したミサイルだったが、その超機動に追随できず、ビル内壁に着弾――目的完遂には至らず、爆散した。



 ビルという巨大な筒の中を、Su-37が飛翔する。ミサイルの爆風は逃げ場を失い、まるで意思を持った炎のようにSu-37へと昇り始める。




「クソ! ミサイルの次は炎か!!」




 ジェイクはそう言いながら、視線を前方に向ける。空へと続く道は、天井という分厚いアクリル板によって塞がっていた。




「ビルのオーナーには悪いが、派手に吹っ飛べ!!」



 Su-37は天井を撃ち抜くために、夜空に向かってミサイルを発射。さらにダメ押しとばかりに、天に向け弾丸を注ぐ。



 それが功を奏した。


 Su-37は無事、ビルの天井を打ち破り、空へと戻ることに成功したのだった。




 無事、空への帰還を果たしたSu-37。――しかし、それを歓迎するものはいない。




 ミサイルアラート。




 侵略者の別働隊が、Su-37を待ち伏せしていたのだ。



「ほんとクソ忙しい空だ! 息つく暇もありゃしない!」



 ジェイクは機体状況を確認する猶予もなく、再び、鎬を削る空戦の世界へと放り込まれる。敵の手の内を先読みしながら、生き残るための手立てを模索するしかない。



 ジェイクは急速旋回でミサイルや機銃の猛火を避け、逃げ場を探そうとした――その時である。





『ジェイク! 待たせたな!!』





 無線を通じ、なんとも心強い声が響く。魔王の名を借りた飛空士――墓守人その人だ。




「遅えよ待ちくたびれたぞ! こっちは今にもケツに火が付きそうだ!!」



『安心しろジェイク。そのバーニングしてるケツは、俺がガッツリ拭いてやるよ!!』




 その言葉通りに、コフィンホーネットとファントムが空戦に加戦する。



 その姿まさしく二騎当千。向かうところ敵無しだった。



 二機の戦闘機は、まるで旧知の仲のように阿吽の呼吸で、互いに背中を預け、フォローし、死角を相殺させ、牙を剥く者に報復の鏃を進呈している。その戦いぶりは、歴戦の猛者そのものだった。




 二人に矛を向けた結晶の戦闘機は、例外なく叩き落されていく。




 敵側の戦闘機は、ジェイクとの空戦で、ほとんどのミサイルを消耗していた。



 対する墓守人も、ミサイルの残弾量は十分とは言えなかった。



――数や機体の性能差という要素を除けば、互角である。



 しかし墓守人は、技量とチームワークで敵を凌駕する。数という埋まらないはずの戦力差。それをこれでもかと押し切ったのだ。




 ミサイルや機銃の使い方に一切の無駄はない。


 敵を墜とすのに必要最低限な分を、必要な量だけ注いでいる。



 機銃とミサイルを的確に使い分ける姿は、繊細かつ緻密なゴリ押し、、、、、、、、、、、と言えよう。


 

 惚れ惚れするその空戦に、同じその道のプロであるはずのジェイクも、目を奪われ、同時に鳥肌を立てていた。こんなバケモノ染みた人間が、ジャンクヤードにいて、酒場で肩を並べていたのか――と。




「あれが墓守人の力か……。それにしても、なんて無茶な飛び方しやがる。失速ギリギリで急旋回したと思えば、今度は高速で旋回かよ。あんな飛び方して、よくブラックアウトしないもんだ」



 そして次に注視したのは、墓守人の僚機だ。



 妖精のエンブレムを持つ、見慣れない所属不明機。



 その機体は墓守人の無茶でデタラメな起動を先読みし、援護に徹している。その立ち振舞『見事』を通り越して『神業』の域。墓守人の分身かなにかか? そう思いたくなるほどだ。



 僚機として、不自然なほど完璧な振る舞い。それを行うファントムは、ある意味、墓守人以上の実力者と言えよう。




「墓守人の起動に追随する、あのファントム。……どこの機体だ? キャノピーがない……無人機? 少なくとも有人機なら、とんでもないバケモノだな」




 ジェイクもまた二人に負けないよう、敵を落としつつ2機の編隊をそう評価した。事実この圧倒的不利な状況にも関わらず、翡翠の侵略者と対等に渡り合っているのだ。バケモノと分類されるのも納得である。



 そんなジェイクに無線が入る。墓守人の僚機である、セイバーシルフからだった。



『こちらセイバーシルフ。ヴォルフ013応答願います』



「こちらヴォルフ013。何者だ?」



『ご安心ください下さい。私はF-4グレイヴファントムのパイロット。味方です』



「どこの所属だ?」



『フリーの傭兵です』



「お嬢さん冗談うまいね。グレイヴ化された戦闘機乗り回すぼんぼんが、フリーの傭兵とは笑えるジョークだ。どこで学んだ? 今度でいいから教えてくれよ」



『冗談は苦手でして――詳細は後ほど。今は、空域撤退にご協力下さい』



 必要最低限の量を敵に注いでいるとはいえ、敵の数があまりに多すぎた。手持ちの手札では、もう対処できる量ではない。



 やるだけの事は十分やった。



 あとは逃げに徹するべき――と、セイバーシルフからの提案だった。ジェイクはまず、彼女の手札を見せてくれと要望する。



「そろそろ引き際か。残り残弾は?」


『突破するには不十分です。アクティブレーザー誘導式ミサイル残弾1。機銃弾薬200』



「墓守人、聞いてたか?」



『ああ聞いてたとも。こっちは機銃の弾薬は、残り13発しかない。ミサイルに至っては0。お前は?』



「機銃弾薬300。ミサイルは赤外線誘導式ミサイルが、奇跡的に2発 未使用だ」



『3機分の弾薬を使えば、この空域からの離脱は可能だな』



「うまくいけば……な」



『コレ以上に酷い状態でも、俺はこうして生き残ってこれた。今回も、うまくいくさ』



 ジェイクは『ああ、そうだな』心の中で頷きつつ、素直になれず皮肉を口にしてしまう。



「だといいが」



 その時だった。


 突如、空にミサイルの軌跡が描かれ、翡翠の侵略者が爆炎に包まれる。



 それを見た墓守人は、誰かがフライングしたと思い込み、静止の声を叫んだ。なにせこの空域にいるのは、もう自分たちだけなのだ。



『おい待て撃つな! まだ早い!』


「墓守人違う! 撃ったのは俺達じゃない!」


 ジェイクはレーダーレンジを最大に設定し、矢を放った者の姿を探す。幸いすぐに分かった。編隊を組み、味方識別信号を出していたのだ。



「え、援軍?!」



 墓守人は気怠そうな声で、忌々しげにこう言った。



『ああ、あれは援軍だよ。企業お抱えの広告塔様さ』



 墓守人の目と耳は捉えていたのだ。カラフルな色に塗られたグレイヴ式の戦闘機。そして航空機無線からは、場違いな少女の唄が響いていた。

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