第17話『電子の剣』
その所属不明機から、墓守人にコンタクトが入る。
『こちらコールサイン セイバーシルフ。墓守人、聞こえますか?』
あの偽りの妖精を彷彿とさせる、戦場に不釣合いな少女の声。
墓守人は礼を言う前に、彼女に何者かと訪ねた。
「誰だ?」
『説明するには時間が足りません。今は事態収拾を最優先させます。こちらから、ダミープログラムで戦術情報共有システムに侵入。そこを経由してAICSの
コフィンホーネットのコンソールに、F-4から送信されたプログラムが走り出す。ダミーは無事、セキュリティの目を欺き、コフィンホーネット内部への侵入を果たした。
これだけの短時間でのハッキング。
鮮やかと言って余りある手際の良さ。
それに墓守人は舌を巻きつつ、彼女にこう訪ねた。
「待て! サポートとバックアップは誰だ? そいつらの回線をこっちによこしてくれ。話がしたい」
『そのような人員は配置されていません。すべて私一人で行います』
「まさか単独で? じゃあ空戦しながら、こっちのシステムを復旧させるつもりなのか」
『可能です。返答の入力を』
「可能ってお前――。そのいかにも機械的な言い回し……やはり人ではないな。強化人間? いや、ガイノイドの類か? そもそもなぜ、こちらの状況を知っている!」
『質問への回答は保留。一刻の猶予もありません。コフィンホーネットの対クラッキング用プログラム・及び自己修復AIは、こちらで
墓守人は決め兼ねていた。突如として現れた彼女のことを……。
救いの手を差し伸べた相手は、空戦と電子線を並列処理できる汎用AI。おそらく、大企業の面々がこぞって宣伝している、ガイノイドと見て間違いない。
それがこうも都合よく、まるで慈善団体のように救いの手を差し伸べて来たのだ。
企業がこういった対応をするとき、大抵なにか
命の危機とは言え、やはり、二つ返事で頷くわけにはいかなかった。
「……」
『再度進言します。返答の入力を』
だが、どのような狙いがあるにせよ、今は提案を飲むしかない。
今、危機的状況なのは自分の命だけではない。このままでは、ジェイクの命も危ないのだ。
死んで後悔する前に、生きて後悔しよう。
墓守人はその結論へと達っする。そして彼女が差し出した手を取ると、『お手並み拝見』といった口調でこう言った。
「じゃあ見せてもらおうか。ガイノイドの性能ってやつを」
『了解。
「ちょっと待て! もう解除できんのかよ!! お前いったいなんだんだ?!」
『――3、2、1、0
カウントを終了と同時に、エンジンが息を吹き返す。あれだけ苦戦していたのが、嘘のように。
キィイィイイィイイィイイイッ!!!
エアインテークが正常に動作し、大量の空気をエンジンへと流し込む。エンジンは甲高い起動音を奏で、コフィンホーネットに推進力を享受する。
そして棺桶の名を冠する鳥は、見違えるような速度で羽ばたく。空に埋葬されることも、地中に没することもなく、再び大空を飛翔したのだった。
ミサイルアラートが鳴り止まぬ中。墓守人は散々追い回してくれた狩人に、反撃の牙を剥く。機首を地面から空に向け、後方から迫っていた敵と正面からかち合う。
敵は回避行動を取らず、それどころか機銃で、コフィンホーネットを撃墜しようとしている。
敵の好き放題、されるがままだった墓守人。守りに徹していた彼が、ようやく反撃へと転ずる。
「こっちが黙ってれば機銃バカスカ撃ちやがって。どうした? ミサイルは弾切れか? だったら俺のをくれてやる。 シーカーオープン。フォックス2!」
コフィンホーネットから、サイドワインダーが発射される。
AIM-9X-6 今なお、世界中で愛用される赤外線ミサイルだ。
ミサイルは敵に食らいつくと思いきや、囮となるフレアをばら撒き、雲の中へと逃れる。
――しかし敵のとったこの行動は、まさに墓守人の計算通りだった。
敵が逃げた先の雲。その奥で、爆発を意味する赤き閃光が煌めく。雲を貫く爆炎。そして結晶の戦闘機だった破片が、キラキラと降り注いだ。
翡翠の侵略者は赤外線ミサイルではなく、アクティブレーダー誘導によるホーミングミサイルによって撃墜されたのだ。もちろんそのミサイルを撃ったのは、墓守人ではない。
墓守人は、見事な立ち回りで狩人を仕留めた妖精を、心から賞賛する。まさかここまでの腕前だとは、思ってもいなかったのだ。
「良い腕だセイバーシルフ。俺のミサイルが囮だって、よく気付いたな」
『これは、あなたの技量あっての共同成果です。あなたが私のいる方向へ、ミサイルで敵機を誘導。敵がサイドワインダーに気を取られている隙に、私が本命となる
「あぁそうだ。翡翠の侵略者が現われる前――かつて戦争で使い古された手だが、意外と、うまくいくもんだろ?」
『同意。ミサイルアラートが重なっていれば、本命の存在を一時的に隠すことができる。敵は技術や姿こそ違えど、我々と同様の概念。機銃やミサイル、電子戦や味方識別装置までもを同じ規格のものを使用している――ならば、かつての戦法も同様に通用するのでは? それら演繹的推理法によって編み出された戦法。お見事です』
人ならざる者に、機械的な口調でべた褒めされた墓守人。
だが悪い気はしなかった。
彼は満更でもない様子で、思わず笑みを浮かべる。空戦の腕前を褒められるのは久々で、なんだかこそばゆかったのだ。
「そりゃどうも。んで、俺は仲間の元に向かうが、お前さんはどうする?」
『単独での戦闘継続は、非効率的と判断。二番機として随伴許可を進言します』
「俺の僚機に?」
『肯定。回答の入力を』
墓守人の脳裏に、ジェミナス02の姿が過る。だが時間も戦力もない。少しでも、戦場で生き残れる要素と可能性。この2つをここで掻き集める必要があった。
僚機をこの手で葬った、覚めることのない悪夢。
墓守人は、その悪夢を振り払うかのように「わかった。じゃあ後ろを頼むぞ」とだけ告げ、ジェイクの元へ向かった。
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