第14話『妖精の抱擁』


 なぜこの空域にSu-37がいるのか?

 それはジャンクヤードの住人達による、奮闘の成果だった。


 ジェイクは墓守人を支援するため、ジャンクヤードすべての住人に頭を下げ、Su-37の整備を手伝うよう助けを求めたのだ。


 ジャンクヤードの住人たちに、それを拒否する理由はない。それどころか日頃の恩返しと、全員が一丸となって彼の想いに応えた。その甲斐あって、Su-37は短時間で整備を終え、こうして空に上ることができたのだ。


 その甲斐あって、ジェイクは墓守人が交戦しているであろう、この空域に間に合うことができた。しかし、そこで彼が目にしたものは、予想すらしていなかった光景だった。



 企業が治める大都市が、翡翠の侵略者によって攻撃されていたのだ。



 そんなことはありえない。あり得るはずがなかった。


 ここは、翡翠の侵略者の支配下である汚染区域から、遠く離れた安全地帯――たとえ戦線を突破できても、何重にも張り巡らされた防衛網が、敵を感知して撃墜する。しかも昔とは違い、今ではAI偵察機が24時間哨戒している。空と地上、そして宇宙からの隙のない目があるのだ。それを掻い潜るのは事実上不可能であり、だからこそ人類は、大規模な要塞都市を建設できるのだ。


 企業の枠を超えた連携によって、絶対的に保証されていたはずの安全。だが目の前の光景がそれを否定する。まるで『地上に安全な場所はない』と断言するかのように。都市の各地に炎が上がり、どす黒い煙が立ち上っている。


 もうここは戦場であり、人類存亡を賭けた最前線なのだ。


 ジェイクは呼吸を整え、自分が熱くならないよう冷静さを覚え込ませる。久々の戦場だ。感情に流され、浮足立って撃墜されれば、ジャンクヤードの仲間たちに顔向けできない。


 ジェイクは墓守人の姿を探しつつ、空にいる生き残りを援護した。彼の援護によって、2機のスーパーホーネットが救出される。

 そしてジェイクは妙な違和感に気づく。前評判とは違い、少年たちは素人――いや、まったく航空知識のないような飛び方をしていた。よろよろとおぼつかない飛び方、編隊すらまともに組めないという見事な醜態ぶりだ。


 ゲームで培った知識と経験だけで、今日初めて実戦に挑むかのように……。



「どういうことだ? これがあの、悪名高きピンクエッジ・シューティングスターズなのか? まるで飛び方を忘れたみたいだ」


 冗談混じりで口に出した言葉に、ジェイクは戦慄を覚える。



「おいまさか……本当に忘れたのか? でもどうして――」



 ジェイクの疑問は、空に咲いた戦華によって掻き消された。救出した一機が、結晶のミサイルによって撃墜されたのだ。


「ええいクソ! 助けた矢先にぃ!」


 Su-37は降りかかる火の粉を払うべく、実質、たった一機で反攻作戦を開始する。





           ◆






 墓守人は一人の幼女と対峙している。


 幼い娘は金色の髪に碧い眼。純白のワンピースで身なりを着飾っていた。その様相はまるで、美の集大成ともいえるビスクドールだ。スカラップの刺繍が美しい、膝下まで丈のあるケープドレスに身を包み、それが金髪碧眼の神聖さを、より一層際立だせている。


 彼は銃口を向けたまま固まっていた。心の整理がつかず、どうしていいのか分からないのだ。この手で殺したはずの相棒が、この白き世界で顕現したのだから。


――それもただ蘇ったのではない。プログラムだったはずの存在が、幼女という人の姿を借りて、だ……。この世界がなんなのかも分からないのに、さらなる理解不能な要素を突き付けられたのだ。墓守人は困惑する他ない。



 幼女はクスクスと、可愛らしく、それでいて穢れのない無垢な表情で笑う。そして驚いたまま、硬直している墓守人に向け、楽しげに説明した。



「びっくりした? 予想通りの反応してくれて嬉しい。ずっと……中尉に逢うのが……夢だった。あなたと同じ、人の姿で」


「お前は、本当に――」


「――ええそう! ジェミナス02よ。この口調も、コンソール越しとは全然イメージ違うでしょ。変……かな?」


「いや、変じゃないが――」


 墓守人の言葉に、幼女は思わず安堵の声を漏らす。

 この日を待ち望み、彼のイメージと合うよう思考に思考を重ねた。

 変に思われないか?

 彼の好みに合っているだろうか?

 その心配事から今、ようやく解放された――そんな面持ちだ。


 幼女は、より一層天使のような明るい笑顔で語る。『この服装も髪も目の色や顔も、すべて、あなたのために施したのよ』――と。



「そう! よかった~。人間らしくなるよう、いっぱい、い~ぱい練習したんだ。ああ! ちょっと待っててね!!」



 幼女は指を組み、祈るように眼を閉じた。するとぼんやりと光り始め、その姿が変化していく。


 幼女の背中から妖精のような羽が生え、耳の先端が尖る。服装も煌めく粒子が幻想さに拍車をかける。



「ねぇねぇ! どうかな? こういう姿もあるんだよ。あなたのイメージに合う、ジェミナス02に再構築してみたんだ! 言ってたよね? 『君は電子の妖精』だって。だから、こっちのほうが、あなたのイメージに合うかな? ――って思ったの! ねぇねぇ、どう? どうかな?」


 まるでファンタジー映画から抜け出したかのように、彼女は白い空間を飛ぶ。重力を無視し、泳ぐようにゆったりと飛翔するその姿。それはただただ美しく、もはや本物の妖精にしか見えなかった。



 墓守人は押し上がる感情を抑制させ、冷静さを保つ。目の前で浮遊する妖精に、愚問と思いつつも再度訪ねた。彼もまた、明確な確信を得たかったのだ。



「それを覚えてるってことは……本当に……本当にジェミナス02なんだな?」



「フフフ、疑うの? だからそう言ってるじゃない。相変わらず警戒心が強いんだね。

 ねえ、覚えてる? あなたサラダボウル食べる時、いつも虫が入っていないか、確認しながら食べるよね? みんなそんなあなたを、ビビリの『小心者』って笑ってたっけ。その相変わらずな警戒心だと、まだやってるんでしょ?」


「どうしてそれを……」


「知ってるもの! だって私はあなたの相棒、ジェミナス02だよ!」


「だがどうして……たしかに撃墜したはず。お前はあの時、俺の手で死んだはずだ」


「たとえ死んでも……あなたのためなら、こうして何度だって蘇るわ。だって私は、あなたの僚機ですもの。言ったでしょ、『あなたの背中は私が護る』って」



 幼女は力強い言葉と共に、その手を墓守人へ伸ばした。彼の苦悩の日々を消し去り、苦しみを癒すために。その笑顔は慈母――純粋な優しさに満ちている。


 墓守人はフラフラと、まるで光に魅せられた蛾のように歩きだす。その途中で、握られていたハンドガンが右手から零れ落ちる。ジェミナス02を撃墜した、あの日――それから罪悪感が心を切りつけ、後悔と自責の念が未来を絶望に染め、すべてが悪夢に変わった。



 その苦しみから解放されるため、その右手を、幼女に向かって伸ばした。



 二人の指先が触れる刹那、墓守人はある願い事をする。それはジェミナス02と二人だけの時にする、ある特別なことだ。



「ジェミナス02……頼む。俺をコールサインじゃなくて、本名で呼んでくれ。墓守人でもペリコム1でも……ましてや魔王でもない。いつも俺に呼びかけてくれた、本当の名で――」


「ええ、いいですとも――。アラン……アラン・ファリア中尉」



 妖精は墓守人の労をねぎらうように、優しく抱きしめる。もう二度と離すまいと、しっかりと、ギュッと抱きしめた。








 ズシュ!




 その音はまるで、真っ赤なリンゴに、ナイフを突き刺したような音だった。


 だがそれは空耳ではない。墓守人が、隠し持っていたナイフを妖精に突き刺したのだ。


「――――ッ?!」


 妖精は墓守人を突き飛ばそうとするが、成人男性と幼女だ。体格差のせいで、逆に自分が突き飛ばされる形となる。


 妖精は腰を抜かしながらも、少しでも彼から離れようと、必死に後ずさりした。肺に溜まった血をケホケホと吐きながら、『何故こんな凶行を?』と叫んだ。



「カハッ!! どうして?! なんでこんな酷いことをするの!! アラン!!!」


「おうおう、白々しい。こんなありきたりな罠に、堂々と引っ掛かっとして、言うことはそれかよ」


「なにを言ってるの? おかしいよ……アランお願い! しっかりして!!」


「俺は正気さ。その証拠に教えてやる。アイツはなぁ、俺のことを、アランなんて絶対に呼ばねぇんだよ。あれは、俺の本名じゃないからな」


 苦痛に顔を歪ませ、涙を浮かべていた妖精の顔。それがほんのわずかな一瞬であったが、冷徹で、まるで見下すような視線を見せる。


 墓守人はそれを見逃さなかった。そして彼は確信と共に語る。芝居はお終いだ、と。



「酷い? そりゃこっちのセリフだぜ。人の過去を根掘り葉掘りほじくり漁って、挙句には、死んだ相棒の名を語って臭い演技ときた。こっちのほうがよっぽど酷い。だろ?」


 そう語りながら、墓守人はナイフの血を払い捨てる。遠心力で払われた血飛沫が、白い床を赤く染める。そしてナイフの切っ先を、偽りの妖精へと向けた。



「俺の命を奪おうとするのは、まぁ、百歩譲って許してやる。だがなぁ、俺から相棒の死すらも奪うのは、……――さすがに、オイタが過ぎたな」



 墓守人は、静かに怒りの炎を燃やす。


 ここは現実ではない。おそらく電脳空間、もしくは仮想現実といった類だろう。つまりジェミナス02の名を語った、あの妖精もどきの掌握下だ。その縄張りテリトリーで堂々と喧嘩をふっかけるのは、あまりにも分が悪く、得策とは言い難い。文字通り、ナイフ一本で神に喧嘩を売るようなものだ。


――しかしこれは、それを分かった上での宣戦布告だった。ジェミナス02の名を語った、あの妖精もどきがどうしても許せなかったのだ。


 仲間との絆を弄んだばかりでなく、彼女の死すらも利用し、踏み躙った。

 墓守人にとってジェミナス02の記憶は、もっとも触れてほしくない過去の古傷であり、逆鱗以外の何者でもなかった。それに触れるということ、これ即ち――



「お前はなぁ、越えちゃいけねぇラインを越えちまったんだよ。そうなったらもう戦争だ。どちらかが消えるまで! 戦うしかねぇだろが!!」




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