第13話『ハイテクの死 そして少女達は嗤った』
ピンクエッジ・シューティングスターズの面々は、翡翠の侵略者と交戦しながら考える。
皆思い浮かぶのは、ある一つの疑問だ。
『なぜ奴らがココに?』
そんな疑問を抱くのも無理はない。ここは翡翠の侵略者が掌握している制域権ではないからだ。結晶に汚染された地域から、遠く離れた安全地帯。だからこそクロームセキュリティ社は、ここに大都市を建設したのだ。
ありえない敵の襲来に、少年らは出鼻を挫かれてしまう。なにせ相手は老人一人――と思いきや、突如として、戦場のど真ん中へと放り出されたのだ。最早、都市の市民を護らねばならない彼らだが、自分の身すら守れない有り様だった。
一つ、また一つと、ピンクエッジ・シューティングスターズは、仲間を失っていく。
『助けて! チャフが切れた! み、ミサイルが! 助けてくれぇええぇええ!! ――――ブツンッ! …………
無線から流れてくるもの。困惑し、死にたくないと懇願する断末魔で満たされていた。
かつて彼らが、熟練パイロット達に味あわせていた恐怖。それが皮肉にも、我が身に降りかかっていたのだ。
――立場が逆転したのは、なにも彼らだけではない。
撃墜されたスーパーホーネットの一機が、炎を上げながら降下していく。主翼に燃料を満載した機体が、ライブ会場のど真ん中に墜落――炎の華弁を咲かせたのだ。避難を初めていた観客たちは、その炎によって生きたまま火葬にされる。
ライブ兼、公開殺戮ショーを見に来たはずが、逆に命を奪われる結果となったのだ。しかもその光景が、ライブ会場に設置されていたカメラを通じ、全国ネットで放送される。それはもはや、見世物としてのスクープやハプニング映像ではない。画面越しでも焼ける臭いを感じるほどの、スプラッタ映像だった。
命より大事なライブ。それが台無しになった事に、リーダーは憤りを隠しきれない。
「くそ! 糞! クソぉ!! なんでだよ! なんでこうなった! いつもやってるライブだろうが! 老いぼれパイロット追い回して、無様にブッ殺すだけなのに!
それなのに、なんでクリスタル野郎がここにいるんだよ!! どうやって防空網を突破したんだ! なんで警報がならないんだよ!!!」
現状に対して不満を喚くが、それでは状況改善には至らない。
リーダーは管制塔のモニカを呼び出し、無線越しに「どうにかしろよ!」と八つ当たり気味に叫んだ。
「モニカ! なんで増援を出さない! 俺たちを見殺しにする気か!!」
『申し訳ありません。滑走路が破壊され、増援の発進ができない状況です。そのため他の企業と傭兵に救援要請を出しており、現在――ザザザザ ジジジッ キュイイィイン ザザザザザザ……』
モニカが謝罪と弁明を口にしている最中、無線に不可解な現象に襲われる。今までに耳にしたことのない、不可解なノイズが走ったのだ。
『これは?! まさかジャミング! ……ザザザ――、キュイィィン……ザザッ 聞こえますか? 電子戦機がこの空ザザザ……ただちに探し出して迎ザザザ……』
だがそれは、これから起こる異変の前触れに過ぎなかった。
「あれ? なんだ?! どうなってんだよこれはァ!!!」
――彼らは動揺した。パイロットでありながら、空の飛び方を忘れたのだ。
「わからない……あれ? どうやって操縦すればいいんだ? あれ? 嘘だろおい! どうなってるんだ! なんで飛び方が分からないんだ!!」
唐突に起こった異変。だがそれだけでは終わらなかった。
機体の操作モードが、突然、脳波モードからマニュアルに切り替わったのだ。コックピットの左右から、操縦桿とスロットルがせり出し、コンソールにデジタル計器が表示される。
リーダーは反射的に操縦桿を握るものの、喚くだけしかできない。どうやって操縦していいのか、目の前の計器がなにを示しているのか、その一切が分からないのだ。
「操縦桿? このレバーはなんだ? わからない……あれ? どうなってんだ! わかんねぇ!! いつもできていたのに! 操作方法が分からない! なんでだ!! ど、どうしてぇ!?」
この現象に襲われたのは、なにもリーダー機だけではない。ピンクエッジ・シューティングスターズ、すべてのスーパーホーネットが同じ症状に見舞われたのだ。
リンクシステムによって脳内に蓄積された情報――基本的な計器の見方やコンソールの操作方法、専門的な火器の扱い方や緊急対処マニュアル……それらすべての情報が突如、脳内から抹消されたのだ。
空に放り出された無垢な少年達に、為す術はない。彼らは飛行するための知識がまったくない、ずぶの素人と化したのだ。
そこからは一方的な虐殺だった。
飛ぶのがやっとの小鳥を、翡翠の侵略者という鷹が喰い殺していく。一匹、そしてまた一匹と、獲物を追い回し、羽を毟り取り、息の根を止めていく。
少年達にとって、翡翠の侵略者はエイリアンとは思えなかった。
少年達が老人パイロットにしていたように、追い回し、疲弊させ、力量差を存分に見せつけてから殺す――そう、まったく同じ手法なのだ。
エースパイロット達が、翡翠の侵略者と化して蘇った――底知れぬ恐怖から、彼らにそう錯覚させてしまう。
翡翠の侵略者は、エースパイロットと同格か、それ以上の技量で飛ぶ、猛禽類に等しい。その天と地ほどある力量の差。それは勝負にすらならないことを、明確に示唆していた。
だからこそ少年たちは「嫌だ! 死にたくない!」「お願いだから殺さないで!」と、侵略者相手に命乞いをする。飛び方を忘れた彼らにできるのは、もはや、それだけだった。
そして命乞いの返答はただ一つ――攻撃だ。一切の慈悲も同情はない。ベイルアウト不可能なグレイヴ式コックピットは、密閉された死の鳥籠――文字通り空を飛ぶ墓でしかない。広大な空のどこにも、逃げ場はないのだ。
リーダーは、そんな仲間達の死を尻目に、なんとか自分だけは助かろうと足掻いていた。だがここは戦場――第三者となることはできない。あらゆるすべてが当事者なのだ。ついに彼の身にも、侵略者の魔の手が迫ろうとしていた。
リーダーはノイズ混じりの無線に向かって怒鳴りつける。
「モニカ! おいクソババア! なにがどうなってる! なんとかしろぉ! てめぇ管制官だろうがぁ! ここで仕事しないで、いつ仕事するんだ! た、頼むから応答しろよぉ!! マジでやばいんだ……クソ……嘘だろ、嫌だ。死んじまう……死んじまうよぉ! 早く助けてくれぇ!!!」
前半は啖呵をきっていたが、後半は泣いているも同然の口調だった。
リーダーは万策尽きていた。しかしモニカなら、ネットワークを通じ、パイロット情報を再インストールできる。もうモニカだけが頼みの綱であり、彼女だけが状況打開の切り札だった。
しかし無線の通信状況は、一向に改善しない。未だ奇怪なノイズが走るばかりだ。
――だが唐突に、無線がクリアな状態へと復帰する。
チャンスだ! リーダーは無線にかじりつくように叫んだ。
「モニカ聞こえるか! モニカぁ! たた、助け――」
『うふふふふ……』
「え?」
『クスクス…… ウフフ、アハハハ! キャハハハッ! キャハハハッ!アハハハ! キャハハハッ! キャハハハッ! アハハハ! キャハハハッ! ウフフ、アハハハ! アハハハッ! キャハハハッ! アハハハ! キャハハハッ! アハハハ! キャハハハッ! キャハハハッ! キャハハハッ! ウフフ、アハハハ! アハハハッ!キャハハッ! アハハハ! キャハハハッ! アハハハ! キャハハハッ! キャハハハッ! アハハハ! キャハハハッ! ウフフ、アハハハ! アハハハッ! キャハハハッ! キャハハハッ! ウフフ、アハハハ! キャハハハッ! キャハハハッ! アハハハ! キャハハハッ! ウフフ、アハハハ! アハハハッ!』
しかし無線から聞こえたのは、幼子の狂気じみた笑い声。しかも一人や二人ではない。少なくても三人以上が、無線機越しでケラケラと笑っているのだ。
生きるか死ぬかの状況で、狂った嗤い声――それを聞かされて尚、平静を保てるのは、よほどの訓練を積んだ特殊部隊の人間ぐらいだろう。だが彼は軍人ではない――幼い少年なのだ。
リーダーは身を裂かれるような恐怖に、男性にあるまじき、情けない悲鳴をあげてしまう。そして何者かの視線に感じ、後方を振り向く。彼の目にしたもの。それは、翼に接触するギリギリの距離で並走している、結晶の戦闘機だった。
(――い、いつの間に?!)
もはや、リーダーに叫ぶ余裕はなかった。あまりの恐怖によって声が出ず、『あわわ、あわわ』と、口をパクパク動かすことしかできない。
そんなリーダーの眼前に、殺意の炎が走る。
――しかしそれは、翡翠の侵略者からではない。
リーダー機に並走していた一機が、機関砲によって翼を千切られたのだ。そして揚力を失い、結晶の鳥は地面へと落下していった。
随伴していたもう一機が、即座にスーパーホーネットから離れる。だが、すでに発射されていたミサイルを回避できず、胴体部を射抜かれ爆発――死散する。
リーダー機の無線に、ノイズ混じりで男性の声が響く。
『こちら、ザザザ……ヴォルフ13。たの……ザザザ…誰でもいいから……応答をザザザザ……ジャミング? どうなって……――』
無線の主は、本物のヴォルフ隊13番機――ジェイクだった。
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