第11話『過去の悲劇と、今の脅威』



           ◆



 墓守人はゆっくりと目を開ける。


 座席に佇み、一切動かないその姿はまるで、精巧に作られた蝋人形だ。


 彼の眼に魂はなく、感情は消え失せている。死人のような視線で空を見つめるその瞳に、精気がないのだ。すべてを諦めた眼差し。その視線は、スクリーンに注がれていた。



 そこはポップコーンの臭いが漂う、寂れた映画館だった。



 墓守人は、その映画館の座席に腰を下ろし、ひとつの寓話を眼にしている。


 巨大なスクリーンに映しだされる、セピア色の物語。


 映画の内容は、ある飛空士の半生を描いたものだった。




 突如どこからともなく出現した、翡翠の侵略者。そのエイリアンに対抗すべく、一人の若きパイロットが空へ上がる。彼は祖国を護るため、がむしゃらに戦歴を積み重ね、いつしか人々から、英雄と崇められる程に昇華する。


 そして、その鬼気迫る活躍ぶりから、天才、天使、悪魔、悪鬼、最終的には、敵に破滅の時を告げる魔王――そう呼ばれるほどの、卓越した技能を身に付ける。



 後に人類を裏切ったペリコム1……戦犯者を題材にした映画だ。



 ストーリーは終盤へと差し掛かる。


 ペリコム1は僚機である、ジェミナス02と空戦を繰り広げる。その原因は仲間割れではない――敵の侵入だ。


 物理的な侵入ではない。戦術情報共有システムを介した、ハッキングである。


 翡翠の侵略者は人類と交戦する中で、経験を積み重ね、着実に進化を遂げていた。その技術革新は目まぐるしいものだった。高度なダブルプロテクトが施されている、中枢AIへの侵入。それを可能にするまで、人類側の技術を解析していたのだ。



 ペリコム1はジェミナス02から逃げ回ることしかできない。


 ジェミナス02が人質に取られているのだ。絶対に撃つことはできない。家族を失い、親友や恋人、そして還るべき祖国を、結晶の中に閉じ込められてしまった。戦友の多くも侵略者によって葬られ、もう残るのはジェミナス02だけなのだ。


 ジェミナス02はAI――正確には人工汎用知能AGIであり、人間ではない。だがその関係は、もはや人とAIの関係を越えていた。


 『大切な仲間』、『戦友』、『相棒』といった、ありふれた表現では言い表せない存在。自分の背中を預けることのできる、唯一無二――魂を分けた伴侶だった。



 ペリコム1はわずかな希望を胸に、ジェミナス02の正気を取り戻そうと呼びかける。後方からミサイルや機銃の猛威に晒され、様々な警告音が鳴る。その喧騒とした中で、彼は呼びかけ続けた。


 想いはきっと届く。神の御旗の元に奇跡は必ず起こる――そう信じて。



 だが人生に脚本家はいない。フィクションとは違うのだ。 彼の愛は、奇跡を起こさなかった。


 唯一、ジェミナス02から届いたメッセージ。それはディスプレイに表示された、短い文面だけだった。





『私ヲ……破壊シテ……』





 ペリコム1を生かすため、ジェミナス02は、撃墜するよう懇願したのだ。

 ペリコム1の機体は、機銃やミサイルの破片によってボロボロになりながらも、ジェミナス02を最後まで救おうとした。最後の最後まで諦めなかったのだ。


 だがあらゆる策を使い果たし、彼は最後の決断を迫られる。




 ジェミナス02を撃って、自らを救うか。

 ジェミナス02によって、空に消えるか。




 そしてスクリーンに、その瞬間が訪れる。


 ペリコム1は奇跡的にも、ジェミナス02の後ろに回りこむことに成功する。そしてガンレクティルを目標に合わせ、トリガーに指をかけた。



――ペリコム1と墓守人の心音が重なる。



 人形のように微動すらしなかった墓守人は、スクリーンに映しだされたジェミナス02を目にし、涙を浮かべている。そして唇を震わせ、なにかを訴えかけようとしていた。


 墓守人の人指し指が、ピクリと動く。最初は指先を震わす微小な動きだったが、親指や中指、最終的に手全体へと痙攣が広がる。



 墓守人の鼓動が早くなる。それと起因するように口が微かに動き、彼は言葉を発した。


「よせ、止めろ……――」


 だがペリコム1は指を引き、トリガーを押してしまう。多銃身機関砲がモーターの力で回転し、望まぬ殺意を放っていく。それは吸い込まれるようにジェミナス02に注がれ、機体をズタズタに引き裂いた。



「ダメだ撃つな…… 止めろぉぉぉおおぉおおおぉ―――――ッ!!!」

 


 墓守人――いや、ペリコム1の慟哭が、映画館に響き渡った。




           ◆




 ピンクエッジ・シューティングスターズのリーダーが、『いったい何時までまたせるんだよ!』と苛立ち、管制官のモニカに怒鳴りつけた。


「あのさぁ、まだライブ中なんだけど。いつまで待たせるんだよクソババァ! これ以上待ってたらさぁ、下にいる客がシラケちまうんだよ!」


 理不尽な罵声にも関わらず、モニカは冷静かつ淑女な対応で、リーダーを宥める。


『申し訳ありません。現在生体データをダウンロード中です。あの男はもしかしたらペリコム1かもしれません。もしそうなら、他社に奪取される前に、我々の手に収めるのが適切――』


「はぁ? 超ありえねぇ。アイツがペリコム1なわけねぇだろ。外見からしても年齢が合わねぇし、そもそも最後の空戦記録では、ポリ窒素爆雷の飽和攻撃を受けたって話じゃん。いくら空戦の魔王でも、機体が蒸発するほどの超高温に晒されて、生きているはずがない。それともアレか? チープなファンタジーノベルよろしく、魔法でも使って防いだのか?」


『いえ、そのような記録は――』


「真面目に受け取ってんじゃねぇよババア! マジでぶっ殺すぞ! 皮肉言ってんの皮肉! 『お前はバカか?』っていう皮肉ぅ! そんなことも分かんないのぉ?!」


『不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ありません』


「クソが!! はぁ~つっかえね。にしても、おじさま方はいつまで、そんな化石染みた誇大妄想追いかけてんのかね~。ペリコム1が生きているなんて、クソみたいなお伽話をよぉ」



 スーパーホーネットの編隊から、リーダー機が抜け、コフィンホーネットの後ろに回り込む。そして機関砲の射程内に墓守人を捉え、リーダーはこう言った。



「ま。俺はライブが盛り上がれば、それでいいんだけどね――」



 その言葉にモニカは血相を変え、制止の言葉を放つ。



『どうかお待ちください! 待って! まだコネクトームの最終解析が終わってな――』



 制止の言葉は届かない。リーダーの頭のなかにあるのは、観客の熱狂的な声援――そしてライブの成功なのだ。彼は操縦桿の引き金に指を置く。制止の声を他所に、歓喜の声を上げる。



「やっぱ殺るなら翡翠の侵略者じゃなくて、人間相手に限るな。殺られる時の命乞いとか負け惜しみとか、アレ超ウケるし! ほんと公開殺戮ショーは最高だぜ!」



 無慈悲な殺意が機体を蹂躙していく。



 まるでジェミナス02を破壊したペリコム1のように、機体はズタズタに引き裂かれる。翼や機首が無惨に千切れ、オイルの血を流しながら死散した。


 機体が理不尽な暴力によって破壊され、燃料に引火して爆発する。その炎の塊が、都市へと落下していった。


――それはコフィンホーネットではない。編隊を組んでいた、スーパーホーネットの一機だった。


「なッ?!! 攻撃だと! いったい誰が!!」


 疑問を抱く暇を奪うかのように、リーダー機も攻撃を受ける。何者かからの脅威に晒されたのだ。コックピット内にミサイルアラートが鳴り響き、即座に回避行動を取るよう促される。


「――チッ! クソがぁ!!」


 リーダーは獲物を目の前にしながら、お預けを食らう。仕方なく、機体をロールさせながらエンジン出力を上げ、操縦桿を引いた。

 猛烈なGに襲われながらも、レーダーで敵の正体を探る。



「なんだ?! 敵? どこから湧きやがった! まさか……ジャンクヤードのクソ老害どもか!!」



 リーダー機はミサイル攻撃を回避するため、ディスペンサーからフレアを撒きながら、急速旋回する。敵から放たれたミサイルは、そのデコイ熱源に釣られ、スーパーホーネットを見失う。


 放たれたミサイルは、企業でも、ましてやジャンクヤードのものでもない。そもそも人の攻撃ではなかったのだ。



 リーダーは高速で、奇襲に成功した敵機とすれ違う。

 都市のイルミネーションに反射する、透明で煌めくシルエット。不覚にもそれに目を奪われ、驚愕した。


 それは――絶対にここにいるはずのない存在だった。



「翡翠の……侵略者?!」



 生態系の頂点に立つ存在――この世界の主である、翡翠の侵略者による攻撃だった。



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