第10話『大空戦――旧式 VS 新型機』【後編】


「企業の連中もこれで分かったろうな。顔の良し悪しで歌手を選ぶことが、どれだけバカなことかを!」


 コフィンホーネットがビル接触のギリギリの軌道で、一二〇度の急速旋回を行う。凄まじいGに襲われながらも、無事に曲がりきり、エンジンの出力を最大限まで上昇させる。


 旋回を終えた墓守人のセンサーアイに、あるものが映る。



「ん? あれは……――」



 コフィンホーネットは限界まで加速し、進行方向を都市中央部に変更する。その間、ミサイルや機関砲の掃射に晒されながらも、脇目も振らず目的地に向かう。


――時間がない。高出力兵器の冷却プロセスが終われば、彼は周囲の被害も顧みず、なんの躊躇いもなく撃つだろう。そしてここは直線が多いビルの谷間。レーザー兵器を当てるのに、これほど適した場所はない。


「間に合ってくれよ」


 墓守人が辿り着いた目的地。それはこの都市内でもっとも高い構造物だ。まだ増築中の巨大ヘリパッドが印象的な、クロームセキュリティ社の本社ビルである。


 コフィンホーネットはピッチを九〇度上げ、巨塔の根本から最高層部を目指す。ビルに接触するか否かの紙一重での飛行――ソニックブームでビルの強化ガラスが砕け散った。窓ガラスが夜の都市に反射し、キラキラと粒子のような輝きを放つ。

 その煌めく光跡をなぞるかのように、二機のスーパーホーネットが追跡する。


 リーダー機の胴体部が、不気味に光り始める。冷却が完了したのだ。



『ハハハッ! あばよ魔王!! 今までいろんなパイロットを殺してきたが、今回は最ッ高に糞楽しかったぜ!!!』



 そしてスーパーホーネットから、すべてを焼き殺す閃光が放たれた。



『別れっていうのは、辛いもんだな。死ねぇえぇぇえぇえええ!!』



 同時に、墓守人のコフィンホーネットも攻撃を行う。



「シーカーオープン。フォックス3!」



 ミサイルの破壊目標は、後方のスーパーホーネットではない。ミサイルの向かった先は前方。コフィンホーネットの進路上に立ちはだかる壁――もとい、ビルからせり出ているヘリパットだった。


 まだ増改築途中のため、ヘリパッドの根本には建設クレーンが聳えている。クレーンが固定されている足場を、ミサイルが破壊した。


 轟音と共に傾斜する巨大クレーン。その根本に並列していたヘリパットも、巻き添えを食らう形でビルから剥がれ落ちる。そして周囲の外壁や構造物を巻き込みながら、クレーンとヘリパッドは崩落を開始した。


 重力に導かれ、次々に落下していく無数の瓦礫群。


 コフィンホーネットは蛇行しながら鉄骨や外壁、防護ネットを華麗に躱す。瓦礫と瓦礫の合間にあるわずかな隙間――それに進路を定め、エアインテークに異物が混入しないよう厳選して飛行する。

 だが、墓守人に迫る脅威はそれだけではない。後方からは、レーザーの魔の手が迫っているのだ。


 レーザーは瓦礫を溶断しながら、墓守人へと突き進む。


 しかし射線上にそれを邪魔するものが現れる――今まさに、コフィンホーネットが回避したばかりの、建設用大型クレーンだ。

 射線を塞ぐ形で落下するクレーン。その太い支柱に、高熱量のレーザーが照射される。だがあまりの太さに、溶断するまでに時間を有してしまう。まるでその隙を狙っていたかのように、コフィンホーネットの機影が消える。


 スーパーホーネットに乗るリーダーが、瓦礫を避けながら獲物を探す。



『野郎、いったいどこに消え――な?!!』



 墓守人を追っているどころではなかった。スーパーホーネットに向かって、巨大なヘリパッドが落下していたのだ。獲物を仕留めるのに夢中で、ヘリパットに気付くのが遅れたのである。




「あぁ?! くそぉおぉおおおぉおおぉお――――――ッ!!!」




 悔しさと怒りに満ちた断末魔。その雄叫び染みた悲鳴が、スーパーホーネットの中に木霊した。


 一方コフィンホーネットは、ミサイルとレーザーによって開いた穴を潜り、ヘリパットを回避する。もう彼の前方に、脅威は存在しない。あるのは無限に広がる星の海だ。


 墓守人は星の海へと上がる最中、後方を確認する。コフィンホーネットの後方センサー。それに映るのは、崩落によってモクモクと立ち上る煙と、地面へ落ちていく巨大なヘリパッドだった。



「――ヤツは……どうなった?」 



 墓守人がそう言った刹那、煙を貫き、光の剣が出現する。

 天を貫く一閃。その剣先には、墓守人の駆るコフィンホーネットが存在していた。


「クッ?!」


 墓守人は半ば、反射的に回避行動をとっていた。ブランクが長いとはいえ、戦場で培った本物の勘――生存本能が、コフィンホーネットを動かしたのだ。


 コフィンホーネットは機体をロールさせ、レーザーを躱す。まさに紙一重。もし回避行動が遅れていれば、主翼は光の剣によって切断されていただろう。


 レーザーがコフィンホーネットを掠める。あまりの高熱で塗装が焼けたものの、幸い内部までダメージは及ばず、表面を熱するに留まった。


 しかし幸運なことばかりではない。レーザーがコフィンホーネットに放たれということは、目的完遂ならずということだ。


 部外者に傍受不可の秘匿通信。それを経由し、無線から不快な声が入り込む。



『惜しかったなぁ~、うんうん。マジでチョウ惜しかったぜ! さすが大戦を生き抜いた老兵様だ。こんなエキサイティングなイベントは初めてだぜ! で? 次はどうやって遊ぶ? さすがにもうネタ切れかな?』




 追撃を諦め、都市上空で待機していたピンクエッジ・シューティングスターズ。その彼らも集まり、再び編隊を組み直す。


 そしてさらに追い打ちをかけるように、秘匿回線にある人物が割り込んでくる。クロームセキュリティ社の管制官、モニカ・シンプソンだ。



『そこまでです。オーサー オブ イーヴル魔王



 墓守人は、編隊を組み直しているピンクエッジ・シューティングスターズに注視しつつ、モニカにこう告げる。


「文句ならアイツらに言え。これは忠告であり、警告だ。このままじゃ都市が瓦礫の山になっちまう。その前に奴らのマスターアームをオフにしろ。どうせリモートで操作できるよう、機体に細工してあんだろ」


『なるほど、噂以上に素晴らしい洞察力です。ただの退役軍人と侮っていたようですね』


 モニカが管制室のコンソールを操作し、マスターアームの施錠機能を立ち上げる。画面に映し出されたのは、スーパーホーネットではない。墓守人が乗り込んでいる、コフィンホーネットだった。


『貴方の役割は魔王を演じる事です。与えられた役割――そして歩むべきシナリオを無視する行為は、見過ごせません。そういった無作法な役者には、我々の舞台から降板して頂くのが礼儀というものです』


「無作法な役者、か。そのセリフ俺じゃなくて、あのガキ共に言ってやんな」


『致しかたありません。陛下、このような手段に出ることを、どうかお許し下さい――』



 モニカはコフィンホーネットのマスターアームを、強制的にオフへと切り替える。

 だがしかし、画面がビープ音と共に真紅に染まってしまう。

 ホロディスプレイには反旗を翻すが如く、『ERROR』と表示されている。システム自体が、モニカの要求を拒絶したのだ。



『エラー?! こ、これは! いったいどうなっているの?!』



――してやったり。墓守人はそんな口調で、呆気にとられているモニカを嗤った。



「ハハハッ! 手の内バレバレなんだよ。ジャンクヤードを空爆するリスクを冒してでも、この機体に乗らせる必要があった。俺に好き勝手されないために。そして大事な広告塔を守るための、安全装置セーフティー付きの機体に――、だろ?」


『甘く見ていたようですね』


退役軍人の寄せ集めロートルルーザーズには、なにもできない。そう甘く見ていたツケさ。良い勉強になったな。敵を侮って見ていると、痛い目を見るのさ」



 その言葉に対し、モニカは気分を害するどころか、笑みを含んだ台詞を返す。それは不気味なほど優しく、策士的な口振りで。



『いいえ。甘く見ていたのは――フフフ、貴方の方ですよ』


「んだと?」



 墓守人の脊髄に、突如、激痛が走る。




「ぐあぁあぁあぁああぁああぁあああ!!!」




 背骨から肉を剥ぎ取られるような痛み。墓守人は雄叫びのような絶叫を上げ、大きく仰け反った。そして脳のシナプスが焼きつくような拷痛に、眼球が飛び出るほど見開き、顔を大きく歪ませる。


 墓守人がその激痛と葛藤する中、モニカがどうして負けたのかを語った。



『あの短時間にも関わらず、我が社のセキュリティを突破して、ソフトを書き換えた腕前。それは思わぬ誤算であり、正直、こちらとしても意外でした。常時診断プログラムにも、こちらに感知されないよう細工が施されていますね。

 間違いなくハッキングの腕は、一流でしょう――しかし、対クラッキング用バックアップシステムと、それらを補佐する自己修復AIフェールセーフの存在。それらを見抜くことが、できなかったようですね』



 モニカは墓守人の叫びに対し、一切気に留める様子すら見せず、淡々と説明を続ける。まるでそれは、自社がどれだけ優れているのかを謳うだけの、白々しい宣伝広告のように……。



『所詮は退役軍人。それが個人という限界であり、企業との明確な差なのです。あなたが使用しているテクノロジーは、すべて我々企業から産まれたもの。そしてそれらは、毎秒ごとに進化を遂げているのです。

 その加速する時代の流れに、振り落とされることなく、剰え、時代の最先端を歩む者――それこそが私達、エポックメイキング・カンパニー、クロームセキュリティ社なのです。最初から勝ち目などありません。まさに、約束された敗北だったのです』



 そしてモニカは、作業的な口調で恐ろしい言葉を突きつけた。



『最後に貴方の脳から、すべての情報を引き出します。貴方のパイロットとしての生体情報は、我が社のUAVやパイロット育成に活かされるのでしょう。どうです? 肉体と精神が滅んでも、世界に貢献できる――素晴らしいとは思いませんか?』


「――ッ?! や、止め……ろ……止め…ろ がぁああぁ!!!」


『永遠に電子の空を飛び続ける。もちろん礼はいりません。その無意味な人生に意味をもたせる――これもまた、世界を牽引する我が社の使命ですから。

 それでは情報採取後、この演目に幕を下ろしたいと思います。お疲れ様でした陛下。その翼で破壊の軌跡を描き、都市に疫災を齎すその姿は、まさしく魔王そのものでしたよ』



 墓守人の脳内にある記憶、性格、感情、思考と判断のプロセスとパターン……彼がどんな人生を歩み、どう生きてきたのか。本名は? 出生は? そのすべてがスカイネットを通じ、情報化され、企業の各サーバーへ送られる。



 墓守人の脳が電子の海に溶かされていく。彼の意識は、真っ暗な深淵へと堕ちていった。



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