第9話『大空戦――旧式 VS 新型機』【前編】
――ライブ会場上空。
墓守人の乗るコフィンホーネット。そのコックピット内に無線のコール音が鳴る。
墓守人には、誰からの無線か容易に想像がついていた。
「傍受されないよう
無線に応答するやいなや、開口一番、汚い罵声が飛び出す。
『クソ野郎が! 危うくライブが台無しになるところだったじゃねぇか! 時間を理解できない猿かよてめぇ!』
「ハハハッ! んん? おやおや? スチームポッドみたいにカンカンだなぁ! そういうお前さんは、人に口の利き方を知らないらしい。年長者は敬えって、ママに教わんなかったのかぁ?」
『口の減らない老いぼれが!!』
「戦闘機を粉々にした礼だ。あぁいうサプライズが好きなんだろ? 礼には礼を。サプライズにはサプライズをってわけさ。会場は、さぞかし大ウケだったろうな! ハハハハハッ!!」
『ライブは俺の生き甲斐! 俺のすべてだ! それを邪魔する奴は、誰だろうが殺してやる! お前は今日ココで、魔王として汚名と共に死ぬんだ! せいぜい無様に逃げ回るんだな! 哀れな負け犬の老犬め!!』
墓守人は神経を逆撫でするため、犬の鳴き真似をする。しかも妙に上手い。それがピンクエッジ・シューティングスターズの怒りの導火線に火を点けた。
まだこの時点では冷静さを欠いてはいたが、理性は残っていた。しかし墓守人の最後の一言が、それすらも木っ端微塵にぶち壊す。
「ワンワン! 昨今のクソガキは、煽り耐性なさすぎるワン! 老いぼれ相手に一対一の対決できない腰抜けが、何を言っても説得力ないワン!」
まさに言葉のダイナマイト。感情を抑制していた理性という堤防――それを破壊する、トドメの一撃となった。
勇者の本性――いや、化けの皮が剥がれる。
『あぁそうかよ……――ぶっ殺してやる!! この手で二度と戯言聞けないようズタズタにして、ぶっ殺してやるからなァ! 死ねぇえぇえ―――ッ!!!』
勇者御一行はレンジ外にも関わらず、機関砲で牽制。気の早い者はミサイルを発射する者もいた。――もはや誤射や事故による隠蔽も忘れ、怒りに身を任せていた。
魔王はそんな彼等をあしらうかのように、バレルロールで華麗に回避。螺旋を描きながら、チャフを散布してミサイルを躱す。そしてコフィンホーネットは、その機首先を空ではなく、地面へと向けた。
「忍耐を知らん奴らだ。マスターアーム オン。さぁ、ワンマンライブの始まりといくか!!」
墓守人の意外な行動に、勇者達は驚く。
敵とヘッドオンした際、高度を稼ぐために上昇するのがセオリーなのだ。
にも関わらず、墓守人は高度を上げるのはなく、わざと高度を下げている。その思いがけない行動に、少年達は戸惑い、多くは追撃を断念した。だが怒り狂ったリーダーと度胸ある三機は、果敢にも墓守人の後を追う。
墓守人は森のように生い茂る、ビルとビルの間へ逃げ込む。
狭い空間を限界まで使った曲芸飛行――逃げる方も大変だが、追撃するほうはより一掃大変だ。なにせ飛行船や空中回廊、ビルを支える支柱、そしてモノレールに注意しながら、コフィンホーネットをロックオンしなければならない。ロックオンできたと思いきや、射線上に飛行船や空中回廊が現れ、邪魔される。逃げる方は機動に集中すればいいのだが、追跡する側は、攻撃と回避を同時に専念しなければならない。どちらかを疎かにするか、集中力を欠けば、問答無用で死が待ち受けている。
アクロバテックな飛行。並みの人間なら、上下左右の感覚を容易に喪失するだろう。
不規則な軌道を描くコフィンホーネット内に、無線のコール音が鳴る。
「あー、今ちょっと忙しいんだ! 後にしてくれ!」
『クロームセキュリティ社のモニカ・シンプソンです。これはどういう事ですか? 打ち合わせよりも早いライブ会場侵入に、都市内への領空侵犯。これは重大な契約違反です』
「苦情言う相手を間違ってるぜ。あのガキども、俺を殺しに来てるんだ。言っておくが嘘でもなければ比喩でもねぇ。この都市に住む市民全員が証人だ。分かったら、あのガキどもから物騒なもの取り上げてくれ。 奴ら、ところ構わず機関砲を乱射しやがる。ライフラインに直撃すれば、都市が大損害を被るぞ」
『……。図りましたね』
「図る? おいおい、いったいなんの事だ? 俺は殺人鬼に追われる哀れな被害者だ。さぁ、俺を救ってくれよ管制官。それがあんたの仕事だったよな?」
墓守人は嫌味混じりにそう告げると、一方的に無線を切る。あの管制官が、自分を救う気はないこと知っていたからだ。耳を傾けるだけ労力と時間の無駄であり、最悪の場合、罠に誘導される危険性もある。聞くだけ無駄なのだ。
コフィンホーネットはさらに高度を下げ、高速道路下の架橋下に逃げ込む。高速道路を支えるH時型の支柱を利用し、追撃する三機を撒こうとしたのだ。並みのパイロットには不可能な機動で、支柱の間をジグザグに――まるで縫うようにして飛行する。
しかし彼等はリンクシステム導入世代。かつてのペリコム1――魔王の飛び方すら習得しているのだ。まるで飢えたワイバーンの如き喰らいつきで、墓守人の後を執拗に追う。
かつてのペリコム1を彷彿とさせる飛び方に、墓守人は驚愕する。想像はしていたが、改めてそれを見せられると驚く他ない。歳幾ばくもない少年が、熟練者顔負けの操縦技術を手に入れているのだ。
「まさかここまでとは……。これがリンクシステム導入世代の力か」
墓守人は少年達のテクニック――いや、リンクシステムという技術革新に驚愕しつつ、次の手に出る。フレアを散布して追跡者の目を撹乱。――その隙に、架橋下から脱出する。
眩い光に視界を奪われ、三機のうち一機が支柱に接触。墜落は辛うじて免れたが、左主翼の3分の1を喪失する。
仲間の失態に、リーダーが苛立ち紛れに怒鳴りつけた。
『なにやってんだマヌケ! 俺達はプロだぞ! この程度の罠に引っ掛かってんじゃねぇ!』
『すみませんリーダー! り、離脱します!』
無線を傍受していた墓守人は、上官とはどうあるべきかを説く。
「指揮官が部下に苛立ちをぶつけるな。お前みたいな人徳もなければ人望もない、顔だけリーダーに、わざわざ付いて来てくれるんだ。それだけでも有り難いってもんだろ。そんな懐深~い有望な部下を、もっと大切にしてやれよ」
『部下だと? そんなモノの代わりは、腐るほどいる! それこそ一年中メンバー加入オーディションできるほどにな! 俺は大人気アイドルグループのリーダーなんだ。人望がないわけねぇだろバァカ!』
「人望って文字、辞書で調べたか? それにしても、自惚れもそこまでいけば……ある意味、才能かもな」
『黙れ!』
翼を損傷させた機体は、追撃を断念して離脱。折れた翼を引きずりながら、ビルの谷間から空へと上がっていく。残る追跡者は二機だ。
ビルとビルの間を舞台にした、激しいエアチェイスが再開される。高速道路下とは違い、今は上下の移動ができる。墓守人にとってはやはりこの場所のほうが有利だ。ビルの谷間という狭き空を存分に使い、攻撃をやり過ごす。
回廊やモノレールを掠めるようにして飛ぶ三機の姿は、まるで木々の合間を飛ぶ鳥だ。鳥との明確な違いがあるとすれば、その突出した牙だろう。
スーパーホーネットに装備された機関砲が吠える。レドーム根本にある銃口が火を吹き、弾丸という長き牙が射出される。
弾丸は墓守人に向かって注がれたが、直撃することはなかった。代わりに支柱や回廊に直弾する。残骸の一部が滑落し、一般道へと降り注ぐ。
そのなりふり構わない攻撃に、墓守人が忠告する。
「アイドルグループが市民を危険に晒すとはな。もうちょっと周りのこと考えて攻撃しろや」
『だったら大人しく攻撃に当たれよ! お前が死ねば、都市に被害が出ることはないだ!』
「正気か? そんな頼み事して恥ずかしくねぇのか? 『弾当てることができないんで、どうか当たって下さい』だなんて。仮にも俺のこと殺そうとしてるんだろ? こちとら、お前の倍以上のパイロットやってるが、お前みたいな恥もプライドもない糞ヘボパイロット、生まれて初めて見たぞ」
『うるせぇクソが! ヘボだと? 逃げることしかできない
「おっと! 三流騎士とは聞き捨てならないな。今の俺は人間達から恐れられている、魔王様なんでね。三流騎士って言うのは、俺に一発も当てることのできないヘッポコパイロットを言うんだ――つまり、お前さんのほうじゃないのか? 魔王討伐できない、哀れでヘボい勇者サマ」
あぁ言えばこう言う。墓守人は受ける言葉をそつなく、そしてもれなく三倍にして返却していく。それは相手から冷静さを奪い、ミスを誘引させる狙いだった。
翡翠の侵略者には微塵も効かない手だが、対話が成立する人間相手では、有効手段である。現に少年たちはホームグラウンドでありながら、墓守人に主導権を掌握されいた。
神経を逆撫でされた少年達にいたっては、非戦闘区域でミサイルや機関砲をぶっ放す醜態を晒している。明らかに彼等は冷静ではない。崩されたプライドを取り戻すため、墓守人を殺すことしか目に入らないのだ。もはや周囲のことなど、一切気に掛けていない。その余裕ですら、墓守人が奪っていた。
『死にぞこないの老犬風情が! いい気になるのも今のうちだ!』
リーダーは奥の手を使う。彼は脳内で
脳内ディスプレイに映しだされた画面。そこには、警告と武器名が表示されていた。
===================================
【Warning!!】SUB ARM・ON
Prototype High compression Directed-Energy Weapon
[BUSTER CANON ALPHA] ―Active―
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脳内からの指示がスーパーホーネットに反映される。機体の胴体下部に装備されていた殺意が、雷光を身に纏いながら蠢き出す。
『俺を本気にさせた報いだ! 死ねぇえぇええぇ!!!』
人の手によって創生された神の
そしてビルの谷間が光で満たされる。直線上に描かれる光跡――その進路上にいた物体は、すべて高熱によって溶解する。まるでガスバーナーで熱せられた飴細工のように、あらゆる物体が例外なく、焔色に溶けていく。
事前情報に記載されていなかった、まさかの奥の手。墓守人は予想外の攻撃を目の当たりにし、喫驚する。
「高圧縮レーザー兵器?! なんてもの持ち出してんだ! あのバカは!」
いくら冷静さを欠いているとはいえ、それを振り回すとは思っても見なかった。しかも民間人が多く行き交う市街地のど真ん中で――。
無線越しからはその破壊力に気をよくした、楽しげな笑い声が響く。
『ハハハッ! うっひょーッ! おい、今の見たか糞野郎ぉ! コイツさえあれば、もう無敵無敵ぃ! フゥ!! 最ッ高に俺っ強ぇができるぜぇえぇッ!』
『やり過ぎだリーダー! ここでそんなものを使用したら、市民に被害が及んじまう! やめるんだ!!』
『うるせぇバカ! あれだけミサイルや機銃撃っておいて、今更ビビってんじゃねぇよ!! どうせ後で適当に話しをでっち上げるんだ。空気なんて気にせず、いつも通り存分に暴れまくれ!』
『いつもは誰にも被害が及ばない空だが、ここは違うだろ! 周りに市民が大勢――』
『ハァ? じゃあさ、お前外すわ。明日引退会見してメンバーから脱退させるから。ヤクとか犯罪に手を出したとか、適当に理由つけてよ』
『そんな?! じょ、冗談だろ、そんなの有りかよ!!』
『社会的に殺されるのが、そんなに嫌か? ならせいぜい、俺のバックアップに専念するんだな! 無駄口叩いて働かない奴は、うちのチームに要らねぇんだよ!』
そんな口論を他所に、墓守人は状況改善を図ろうとしていた。連中は思いもよらない切り札を用意していたのだ。番狂わせも良いところである。
「高圧縮レーザータイプのD.E.W.……だがあれだけの出力だ。さすがにおいそれと連射はできまい」
彼の予感は幸いにも的中していた。
レーザーキャノンをクールダウンさせるため、ランチャー後部の冷却口が開放され、そこから一気に熱が吹き出す。スーパーホーネットは煙の糸を引き――その凶悪な兵器に、ゆっくりと次弾が装填されていく。
スーパーホーネットのコンソールには、それを報せる『Charging……』という不吉な文字が踊っていた。
その爪が研がれている隙に、墓守人は、次なる手を考えなければならなかった。無論、その猶予はわずかである。
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