第8話『墓守人、ライブをぶち壊す』


 太陽が地面に接し、一日の終りを告げる頃。クロームセキュリティ社の収める超巨大都市は、まるでそれを拒否するかのように、煌々とした灯りに包まれていた。まるで『本当の一日はこれからだ』と言わんばかりに。


 数えきれないほどの高層ビルが立ち並び、色鮮やかなイルミネーションで都市の美しさを助長させ、摩天楼の味わいに深みを与えていく。


 AIによって自動航行している飛行船――その両サイドには、ホロスクリーンで自社製品を宣伝され、悠然とビルの間を進む。そして、その飛行船に随伴するように、ホログラム投影された巨大なクジラや無数の魚が、空という海の中を泳いでいた。


 まさに、ハイテクの要塞である。


 その大都市にある、巨大なライブ会場。大都市のイルミネーションに負けじと、黄色い歓声に包みこんでいた。


 スポットライトを浴び、汗を流し、スタイリッシュな踊りと共に愛を唄う少年たち――ピンクエッジ・シューティングスターズ。彼等は魔王を斃す勇者に扮している。白に金色のエングレーブが刻印された、豪華な鎧に身を包んでいた。


 彼等のファンは、惜しみない声援を送る。

 目の前で歌を唄う少年達は、単なるアイドルグループではない。実際に翡翠の侵略者という魔族と戦い、命を賭けて人類を護る勇者なのだ。天翔ける戦士の唄――それに酔い痴れ、ライブの熱に肢体を燃やす。


 演出用のレーザーが空を彩り、その盛り上げに拍車をかける。ライブ会場には立体ホログラム映像によって、聖騎士の乗るグリフォンや妖精が舞っている。

 まるで異世界に足を踏み入れたかのような、現実離れしたファンタジックな空間。ファンは迫力ある演出に目を輝かせ、興奮に身を委ねる。


――底知れぬ熱狂。


 己の信仰心を示すかのように、ファン達はライブ会場という祭壇で、力の限り声を上げた。


 そのライブも佳境に入る。ファンが待ちに待ち望んだ新曲――『Great Satan Punitive force』が披露されようとしていた。



 チームを束ねるリーダーが、ステージ中央で汗を拭いつつ、ファンに向かって感謝の言葉を叫んだ。



「みんなァ―――ッ! 今日のライブ! 楽しんでくれたかなァ!」



 ライブ会場に怒轟のような歓声が轟く。

 溢れんばかりの歓声に、ピンクエッジ・シューティングスターズは満足気な表情を浮かべ、ファンに感謝の意を伝えるべく、大きく手を振った。



「ありがとう! じゃあそろそろ俺達の新曲! 聴きたいかァ――――ッ!!」


 先程とは比例にならない歓声が沸き起こった。ライブ会場にいる者達は、まるで今日、この日のために生きてきたかのような瞳をしている。現に新曲を誰よりも早く、そしてライブというこの場所で聴くために、高額のチケットを購入してまで来ているのだ。この空間にそれだけの金を費やすほど、生の新曲をココで聴きたいのである。


――そしてファン待望の瞬間が訪れる。


「それじゃぁ聞いてくれ! 俺達が戦犯者を越えるために創った新曲! 『Great Sata―― 」



 だが、リーダーが新曲の名を口にすることはできなかった。


 ライブ会場にいる者達を押し倒すほどの爆風。曲名を掻き消さんばかりのソニックブームが襲ったのだ。それは断じて風の悪戯ではない。


――犯人は墓守人だった。


 予定時刻よりも早く、打ち合わせより桁の違う倍以上の速度。――そして会場接触ギリギリの、危険な超低空という念の入れようだ。



 ファンたちはいったい何が起こったのかと戸惑い、あれほど沸き立っていた歓声が、悲鳴に変わる。


 リーダーが動揺するファンを鎮めようと、咄嗟に思いついたアドリブで、この危機的状況を乗り切ろうとする。



「おぉっと! どうやら俺達の絆を切り裂くために、魔王が単身乗り込んで来やがった! みんなはココで待っててくれ!! 俺たちピンクエッジ・シューティングスターズが、愛する君たちを守るため、あの憎き魔王を斃して見せる!!」



 ウィンクと歯の浮くような台詞を残し、メンバーは舞台袖へと駆け出す。その後をドローンカメラが追う。カメラの映像は、ライブの大画面ホロスクリーンに映し出された。まるで観客が戦闘機に乗り込んでいるかのように、リアルな臨場感を味わうことができるのだ。


 衣装スタッフが鎧を外し、即座にパイロットスーツが手渡される。まるで流れるような早着替え。その足で格納庫へと向かった。


 格納庫に並ぶ戦闘機は、グレイヴコックピット化されたF/A-18Fだ。

 墓守人の乗るホーネットF/A-18Dとはまったく異なる。エアインテークはステルス性を考慮したデザインとなり、全長や全幅、主翼部が大型化している。


 操縦性、整備面、アビオニクス――あらゆる点でホーネットを超越している。その事から、スーパーホーネットという名を冠する、ホーネットファミリーの決定版となった。


 メンバーはそれぞれの愛機に乗り込むと、スクランブル発進で滑走路から飛び立つ。




 空へ上がる勇者達。彼等はアローヘッドという矢を模倣した編隊を組み、魔王――墓守人とヘッドオンする。




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