第7話『自ら魔王になった男』


――翌日の夕刻 ジャンクヤード 滑走路



 沈み逝く太陽に照らされた滑走路。そこに灰翼の戦闘機が着陸する。教科書を忠実に再現したかのような正確な着陸。そして誘導路から駐機場へと、その姿を現す。ゆっくりと歩むその姿は、まるで自身の存在を誇示しているかのように見えた。


 AIによる自動操縦によって飛来した、機械の鳥。その正体は、クローム社から提供されたF/A-18Dコフィンホーネットだった。


 異形の鳥に向かって、ジャンクヤードの住人達が集まってくる。企業からの奇襲を受けた昨日の今日だ。万が一に備え、銃器を手にしている者さえいた。


 こうした来訪者自体が珍しいのもあるが、彼等にとって、それ以上に目を見張る要素が、その戦闘機にあった。


 本来、機首部にあるべきキャノピーがなく、代わりに黒い装甲が施されていた。灰色のボディと相まって、黒い装甲がまるでキャノピーのように見える。さらに注意深く見ると、コックピットの周囲や尾翼、機体上面や下部に超小型カメラが設置されている。F-35のように、この戦闘機に死角はないのだ。 


 世にも珍しいコフィンホーネットを取り囲み、ざわめくジャンクヤードの住人達。その人混みをかき分け、パイロットスーツに身を包んだ男が現れる。


 彼等がその人物に視線を向け、か細い声で名を口にする。


「……墓守人」


 ジャンクヤードの住人たちは、墓守人の身を案じていた。彼はこの場所を守るためにあえて悪役を演じ、自ら危険に身を投じようとしている。なにもできない無力さが歯痒く、罪悪感を抱く者さえいた。


 そんな彼等と違い、墓守人は『さぁ! いっちょ行ってきますか!』という、なんとも軽いノリだった。とても戦いに行くような面持ちではない。彼はすれ違いざまに仲間の肩を叩き、逆に気合を入れる余裕すら見せている。


「なんだなんだ、みんな湿気た顔して。葬式じゃないんだから、もうちょっと明るくいこうや!」



 だがジャンクヤードの住人達にとって気が気じゃない。墓守人の乗る戦闘機は、彼を殺そうとする企業が拵えたものだ。まさに空飛ぶ棺桶に他ならない。


 墓守人は黄色い梯子を登る。コフィンホーネットの人体センサーが反応し、自動で棺桶の蓋が開く。墓守人は乗り込む前に、PDAでハッキングを行う。恐らく企業側に、コックピット内の映像や機体情報がモニタリングされている。その映像シグナルを反復させ、これからなにをするのかを悟れられないようにするのだ。


 PDAの画面に『HACKING COMPLETE』と表示される。それを確認した墓守人は、仲間に合図を送る


「昨日話した通りだ! さぁ! おっ始めてくれ!」


 その合図にジャンクヤードの住人たちが一斉に動く。皆、戦争体験者の強者揃いだ。中にはかなり高齢の者もいるが、老いていても自然と体が動く。体の隅から隅に染み込んだ経験の数々――若き頃の記憶が染み出し、不思議とそれが、体を突き動かすのだ。


 青い模擬弾頭が外され、予め装填されていた機関砲の弾薬が抜かれていった。そしてジャンクヤードで用意された、弾薬やミサイルへ換装されていく。色は模擬弾頭と同じ青色だが、中身はシーカーと固形燃料を備えた本物だ。


 その作業する者達の間をすり抜け、一人の若者が姿を現す。


「墓守人!」


 ジェイクだ。彼も墓守人と同じようにパイロットスーツに身を包んでいる。そしてその腕には、かつて所属していたヴォルフ隊のパッチが付けられた。



「墓守人! 待て!」


「こんな時になんだ? 昨日言っただろ。これは俺の戦いだ」


「馬鹿言うな! まさかそのホーネットで、奴らと戦うつもりじゃないだろうな!」


「だったら?」


「どう考えたってこれは罠だろ! 昨日の爆撃だって、あんたをこの戦闘機に乗せるための攻撃! わざわざこんな、見え透いた術中にはまることなんてないんだよ!」


 ジェイクは自分のバンカーを指さして告げる。


「あんたの機体は潰されたが、俺の愛機は無事だ。だから俺が行く!」


「ああ知ってる、ヴォルフ隊仕様のSu-37だろ。だがあの機体は、まだカナードとフラップの整備が終わってないし、電気系統の断続的な不具合――あれの原因特定できてないだろ?」


 痛いところを突かれたジェイクは。思いもよらない図星な指摘に、動揺を隠しきれず言葉を詰まらす。


「なッ?! なぜそれを!」


「俺みたいな一匹狼は、誰とも話さない分、耳を研ぎ澄ますことが多いんだよ。だから自然と、いろいろなことが聞こえてくるのさ」


 墓守人はコフィンホーネットの座席シートに座る。グレイヴ式コックピットは独特な作りだ。普通の操縦席とは違いシートの角度が浅く、まるで寝るような態勢で機体を操縦しなければならない。操縦とは言っても操縦桿を握るわけではない。脳波――つまり思考によって操作するのだ。


 墓守人は、まるでSF映画に出てくる宇宙船のような空間で、コンソールを操作しながら語る。このグレイヴコックピットのすべてが、優れているわけではないということを。


「グレイヴコックピットが、ノーマルコックピットに絶対に勝てない点。それは生存性だ。

 グレイヴは機体の性能と引き換えに、脱出装置の類を設けることができなかった――文字通り空飛ぶパイロットの墓であり、棺桶だ。

 だがノーマルコックピットは違う。グレイヴより性能面では劣るが、パイロットを生かすために、機体を棄て、ベイルアウトできる機能がある。だがもしも、電気系統のトラブルで脱出できないようであれば、ノーマルコックピット最大の利点を、自ら潰すことになるぞ」


「でも整備を急がせれば――」


「それこそ馬鹿な話だ。これは現実。映画やアニメじゃねぇんだ。整備員一人で半日かかるところを、無理矢理一時間に短縮すればどうなるか。パイロットのお前が一番理解しているだろ。整備士はパイロットを殺すために整備しているんじゃねぇ。パイロットを生かすために、限られた時間で整備してんだ。時間には理由がある。そして整備士に罪の十字架を背負わせちゃいけねぇ」 


 結局、事の成り行きを見守ることしかできない。ジェイクはそれを悟り、悔し気な表情で俯く。


 墓守人はマニュアルモードでの操縦を確認するため、収納されていた操縦桿を引き出す。コンソールをワンタップするだけで、シート両端に格納されていた操縦桿が、オートメーションでせり上がる。


 墓守人は操縦桿を手に馴染ませながら、冗談交じりでジェイクにこう言った。


「ま。その言葉はクローム社の整備士に言うべきだがな。あいつらどんな気持ちで、このコフィンホーネット棺桶を整備したんだが……その時のツラを拝みたいぜ」


 墓守人は操縦桿を操作し、実際に機体に反映されているかを確かめる。エルロン、ラダー、フラップ、エレベータの動作を確認した。操縦系プログラムにも、妙な細工はない。


 ジェイクもそれをサポートする。彼は梯子を上がり、墓守人の死角となる場所を目視で確認する。


「異常なし。すべて正常に動作している」


「なぁジェイク。こういう時、俺達は『整備員に感謝』って言うもんだが……ハハハッ さすがに言えねぇよな。『棺桶を整備してくれてありがとう』なんてよぉ」


 墓守人の楽しげな笑顔に、ジェイクも釣られて笑ってしまう。これから生きるか死ぬかの空戦なのに、墓守人には、底知れぬ余裕があったのだ。どこからその自信がみなぎってくるのか? その根拠は? ジェイクは笑いながらも、それが不思議で仕方なかった。


 コフィンホーネットの武装換装が終わる。ジャンクヤードの住人の一人が、ハンドサインで換装作業終了を報せた。


 そのサインを目にした墓守人。彼は頷きつつ、ハンドサインで了承を報せる。そしてジェイクに視線を向けて、約束した。


「安心しろジェイク。ヴォルフ13の名は、誰にも汚させはしない」


「ヴォルフ01――賢狼部隊の隊長が、戦犯者ペリコム1追撃の際に、演説の締めでこう言っていた。『どんなことがあろうとも、生きて帰還せよ』 その言葉を今、あんたに捧げるよ」


「その言葉、たしかに受け取った。安心しろジェイク、俺は死にはしない」


「想いを寄せている人がいるのか?」


「この歳でか? ツケだよツケ。まだ酒場の大量のツケが残ってんだ」



 そして墓守人はふと、淋しげな視線でコンソールを見つめながら、昔を懐かしむように呟いた。



「ペリコム1。小人の新米ノームペリコムから空の聖騎士を経て、魔王にまで昇格した男……か」 


「昇格? 『堕ちた』の間違いだろ。奴は人類を裏切り、翡翠の侵略者への切り札を破壊したんだ。それだけじゃない。相棒だったAI戦闘機、ジェミナス02を口封じに破壊した。人類を裏切っただけでなく、証拠隠滅のために相棒を破壊した野郎だ」


「人類を裏切った戦犯者……か。どうかな。彼が本当に悪人だったかどうかなんて、もう誰にも分からじゃないか。なにせ彼は、もう死んでいる身だ。だからさ、こうやってどうとでも言えじゃねぇか。極悪人だの戦犯者だの魔王だの――ってな」



 墓守人はどこか遠くを見るような寂しげな表情を浮かべる。そして気合を入れ直すかのように、「さぁハッチを閉めるぞ! 下がってくれ!」とジェイクに告げる。

 ジェイクは頷き、待機場へと降りる。そしてコフィンホーネットから梯子をどかし、安全圏まで待機した。


 コフィンホーネットが発進する。機体はゆっくりとした足取りで、滑走路へと向かう。誘導路から滑走路上に出たコフィンホーネットは、末端標識の上で停止する。


 墓守人はレーダーをONにし、ハーネスをチェックする。そして舵動作を機体外部のカメラ再確認し、コックピット内が密閉されているのか目を通す。


「……すべて問題ない。行けるな」



 墓守人は無線で管制塔に呼びかける。



「ジャンクヤード管制塔、聞こえるか?」


『感度良好だ、墓守人。んで、コールサインはどうする?』


「コールサインオーサー オブ イーヴル魔王で頼む」


『おいおいマジかよ。そ、それでいいのかい?』


「ガキどもをチビらせたいんでね。やりすぎか?」


『ガハハハッ! いいぜ墓守人! 気に入った、ソレで行こう! シートがビチョビチョになるまで怖がらせてやれ!』



「了解管制塔ぉ! オーサー オブ イーヴル! 出撃するぜ!!」



 墓守人はブレーキを離し、スロットルを80パーセントまで上げるF/A-18Dコフィンホーネットは加速する。120ノットまで達しローテート。ピッチ角を10度にして上昇していく。



 魔王の烙印を自ら科した墓守人。彼は大空へと羽ばたき、ジャンクヤードを後にした。



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