第6話『企業の策略』
――試合前日。深夜 11時45分
12時を過ぎれば試合当日となる、夜深き時間帯。墓守人は自室で明日のブリーフィングを行なおうとしていた。
BGM代わりに流している、点けっぱなしのテレビ。その画面からは、ピンクエッジ・シューティングスターズの新曲発表を報じていた。
『ピンクエッジ・シューティングスターズの新曲が発表されました! そのタイトルは、ななななんと! “Great Satan Punitive force” 明日のライブで、その新曲がお披露目されるそうです!』
新曲のタイトルに対し、墓守人はこんな独り言を呟く。
「あのガキ共が
会場のアナウンサーも、熱烈な彼らのファンなのだろう。あの少年たちの正体を知らない彼女は、まるで恋する乙女のような瞳で語る。『明日のライブは素晴らしいものだ』と。
『そして噂では! 魔王がこのライブをぶち壊そうとしているとのこと!
でもでも大丈夫! ピンクエッジ・シューティングスターズが、魔王から私達を守ってくれるもの! 今世紀最大のイベントに、皆さんも是非、御参加下さい! 人生を変えるほどのスリルと興奮が味わえちゃいます!!
――以上ライブ準備会場から、アン・ハリントンがお伝えしました!』
墓守人は『なんとも胡散臭い広告だ』と思いながら、企業側からの通信を開く。室内のホロスクリーンに空域マップが表示される。
室内の情景とは不釣り合いな、清涼感に満ちた美声が響く。
『失礼します。私、クロームセキュリティ社のモニカ・シンプソンです。今回貴方の管制官を担当します 短い間ですが、何卒よろしくお願いします。
それでは、仕事の話しに移りましょう。
貴方の目的は明日のライブにおける敵役――魔王を演じてもらいます。所定の時刻にライブ会場上空に侵入。高度420 速度600でライブ会場真上を通過後、空戦可能高度まで上昇。ピンクエッジ・シューティングスターズと模擬戦闘を行なってもらいます。三秒間ロックオンされた時点で戦闘は終了。被弾を表現するためにスモークをたき、空域から離脱してください。魔王に恥じない空戦で、ライブを盛り上げて下さい』
「はいはい、了解しましたよ」
『機体の武装に関してですが、機関砲の弾薬は搭載せず、ミサイルはすべて模擬弾頭になります』
「所定は把握している。すでに模擬弾頭に交換済みだ」
『――その必要はありません。戦闘機はこちらで用意しますので』
「なに? おい、どういうことだ! 話が違う! 戦闘機はこっちで用意するはずだ!」
『ここ数ヶ月、ライブにおける事故が多発しているためです。意気揚々と飛ばれるのは結構なのですが、雇った傭兵の多くが墜落しています。こうした不慮の事故を避け、我が社が安全に配慮しているというイメージを消費者に抱かせる必要があるのです。これは上層部の意向です。御理解と御協力をお願いします』
「なにが不慮の事故だ、笑わせてくれるぜ。だったらあのガキどもの乗る戦闘機から、機関砲とミサイルを撤去しとけ。事故を未然に防ぐ気がないくせに、白々しい言葉を並べやがって!」
モニカ・シンプソンは、墓守人の苦情を無視する。そして不気味なほど丁寧な営業トークで、貸し出す機体の説明に入った。
『我が社のベストセラー艦載機、F/A-18Dホーネットのシステム対応型、コフィンホーネットを提供します。御安心下さい。よりすぐりの整備士による、最適なチューニングが施されております。実験用としてグレイヴ式に改良されていますが、従来のマニュアルモードでの操縦も可能です。脳波による機体操縦に馴染まない時は、そちらを御使用下さい』
「いらん。俺には自前の機体がある」
だが墓守人は、企業側からの提案を呑まなければならない、不測の事態へと陥る。
突如として轟音が轟き、地鳴りのような音が部屋を揺らす。そして空襲を報せる警報が、ジャンクヤードの夜空に響き渡った。
「攻撃?! こんな内陸まで侵攻を許すはずが――」
墓守人は急いで部屋を抜け出し、外へと出る。そしてジャンクヤードを見渡し、被害状況を確認した。
「――あれは?!」
被害箇所は一箇所だけだった。
墓守人の目に、遠方で燃え盛る炎が映る。彼は『まさか!』という表情で、その場所へ駈け出した。戦場で培った感は、良くも悪くも当たるものだ。――そして今回も、悪い予感は的中してしまう。
爆撃地点で墓守人が目にしたもの。それは、分厚いコンクリート製の天井を無惨に射抜かれた、バンカー357の変わり果てた姿だった。アーチ状の内部は獄炎に包まれ、かつて戦闘機の一部だった残骸が、外にまで飛び散っている。
『E:MB.S』の導入やコックピットのグレイヴ化という、逆らいようのない時代の波。それに押され、この墓場に流れ着いた戦闘機――F-15S/MTD その鳥が再び大空を舞うことはなく、地上で息絶えたのだった。
墓守人はこの惨状に立ち尽くし、悔しさと申し訳無さを噛み締めた表情を滲ませる。非干渉地帯は、どの企業も絶対に手を出さない――だがクロームセキュリティ社は、その暗黙の了解を堂々と破り、このジャンクヤードに直接手を出したのだ。
まるで『古き企業の決め事など、我々には無意味である』とばかりに。
「クソッ。やってくれたな……」
思わずそんなことを口にしてしまう墓守人。そんな彼の後ろに、化学消防車が到着する。赤いパトランプに照らされた墓守人 ――その顔は、まるで血塗られた復讐鬼だった。
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