第5話『狼の名は』



 驚くマスターだが、彼以上にジェイクも驚いていた。




 群れるのを嫌う墓守人。そんな男のところに、まさか酒場のマスターがいると、誰が想像できただろうか。



 ジェイクはしどろもどろで尋ねる。



「あ、え? マスター?! 貴方こそなぜここに! 俺は、その……墓守人に話があって――」



「野暮用さ。ジェイク、そこじゃ日の光で熱いだろ。早くバンカー下に来なさい。こっちは少しばかり涼しいぞ」



 墓守人のバンカーにも関わらず、マスターがジェイクを招き寄せる。



「それでジェイク。墓守人になんの用かな?」



「昨日の件で……すみませんマスター。二人にしてもらえませんか」



 マスターはすべてを察し、ジェイクに頷く。そしてこの場を墓守人に託し、ハンガーから立ち去った。





 ジェイクはマスターが立ち去るのを待つ。しばしの沈黙の後、墓守人に怒りをぶつけた。




「どういうことだ墓守人! お前はヴォルフ13じゃない!!」


「――ん? なんのことだ?」


「とぼけるな! 俺がヴォルフ13だ! まさか、俺の経歴を知っていたのか!」


「いったいなんの話だか……」


「あくまで、しらを切るつもりか!」



 ジェイクは自分と墓守人との間にある、作業台へと向かう。スパナーやレンチが並ぶその上に、一つの勲章を置いた。それはヴォルフ13が授与したとされる、七星勲章だった。並みのパイロットでは触れることすらできない、至高の名誉だ。


 ジェイクは本物の証拠を見せてから、再度、墓守人に尋ねる。



「これでもまだ、自分がヴォルフ13と名乗るのか?」


「質問を質問で返して悪いが、分かっているのか? あのガキどもの狙いは――お前だぞ。ヴォルフ13を墜として、自分たちの名声に箔をつけるつもりだ」


「余計なお世話だ。あんなガキに負けやしねぇよ!」


「自惚れるな。相手はリンクシステム導入世代だぞ。お前の飛び方はすでに模倣クローンされている。パイロットが空を飛ぶのに三年かかる訓練課程を、奴らはたったの5分でマスターする。5分だぞ。かつての俺たちの飛び方――その癖まで身に付けてな」



「んなもん知ってる! 脳内に直接、飛び方をインストールすんだろ! 人工的に造られたエースパイロット。だが所詮、仮想現実で構築された偽物! 本当に空を飛んで学んだ知識が、負けるはずがない!!」



「俺もそう思いたいが、現実はいつも非情で、そういったご都合主義は罷り通らぬものなんだよ。


 システムには、あらゆるエースパイロットのデータが蓄積されている。俺だけじゃない。AI戦闘機のジェミナス02や、お前の指揮官だったヴォルフ01――そして空の英雄と呼ばれ、戦犯者となったペリコム1の飛び方さえも、だ。


 分かるか? それがすべて、あの子供たちの脳みその中にあるんだぞ。 しかもただあるのではない。それらの知識は彼等の中で混ざり合い、エースパイロットの複合体キメラと化している。そんなバケモノと戦って、勝てるとでも?」



「じゃあ、あんたはどうなんだ! システム導入世代に勝てるほどの腕前なのかよ!!」




 墓守人は口端の口角を上げつつ、自信に満ちた表情でニヤリと笑う。




「ああ、勝てるとも。あのガキどもは、ヴォルフ13との交戦を想定している。その先入観を逆手に取れば、こっちにも分はある」



「分があるって――それでも無謀すぎる! あんたエースパイロットじゃないだろ! そもそも乗る機体はどうすんだよ!」


「少なくとも、お前さんよりか年季は入ってる。――コイツもな」


 墓守人は親指で自身の後方を指さす。その先には、彼が整備していた戦闘機の姿があった。

 ジェイクは、その指差された戦闘機に視線を送る。


「コイツ? こ、これは?!」


「対EAR用に開発されたF-15S/MTDだ」


「F-15の短距離離着陸・機動技術実証機。どうしてココに?!」


「コイツは、E:MB.Sシステム導入前に製造されちまった、ちょいと不運な鳥さ。棄てられて隠居生活していたものを、俺が飼い慣らレストアしたのさ」


「いつからここに?」


「こいつがこのジャンクヤードに来てからずっと。もう我が娘同然の仲よ。E:MB.S非対応とはいえ、さすがにこんなレアレディ、モスポールで野晒し放置ももったいねぇ。それに本人が、まだ飛べるって言ってるんだ。飛ばしてやるのが父親の務めってやつよ」


「親馬鹿だな」


「ほっとけ」


 ジェイクはF-15S/MTDの機体に触れ、感動にも似た声で呟く。


「それにしても美しい機体だ。カナード付きのF-15。それも今主流のグレイヴコックピットじゃない、純粋なキャノピー型……」


「機械の眼に頼るグレイヴコックピットは、どうも肌に合わなくてな。邪道とまでは言わねえが。やっぱりこの目で空を見たいのが、パイロットの性ってもんさ」



「墓守人はグレイヴ式コックピットの搭乗経験が?」



「あ? もちろんあるとも。外界から完全にシャットダウンされた、文字通り墓のような空間。ありゃ棺桶にでも入った気分になれるぜ。

 だが脳波で動かすグレイヴは、操縦桿で動かすよりも遥かに反応速度は良好。まるでそう……体が戦闘機の一部になったような、不思議な感覚だ」



「やはり従来の戦闘機を凌ぐ性能なのか……」


「だが果たして、本当にそう言い切れるかな?」



「あ? そりゃどういう意味だ?」



「明日の空戦で見せてやるよ。グレイヴコックピットが、いかに危ういかを」



 墓守人はいったい何者なんだ? ジェイクはその疑問と共に尋ねた。



「墓守人の戦歴を知らないから訊くが、これで戦えるのか?」


「伊達に地獄は切り抜けていないさ。それより自分の心配しろ。俺がヴォルフ13じゃないってバレたら、奴ら、またお前を探しに来るぞ」


「クッ……」


「まぁそんな神妙な顔すんな。クレジット8540000000。それだけあれば、十分すぎるだろ?」


「十分? なにが?」


「お前は俺と違って、まだ若い。まだ……やり直せるんだ」



 言葉の意味を理解したジェイクは、墓守人からの厚意を拒否する。これだけ法外な額を、おいそれと受け取れるわけがない。そもそもそれだけの施しを受ける理由がなかった。



「ふざけるな! まさかここから――ジャンクヤードから出て行けって言うのか?! そもそもそんな大金、見ず知らずのあんたから受け取れるわけないだろ!!」


「ならジャンクヤードを巻き込んでもいいのか? 昨日酒場であったようなことが、また起こるぞ。それに、お前を狙っているのは子供だが、裏には資本という釘バットを振り回す、大企業様がついている。奴らが本気になれば、お前一人を消すくらい簡単さ。社会的にしろ物理的にしろな」



 それを聞いたジェイクに、返す言葉がなかった。

 墓守人は、ジェイクの肩に優しく手を置く。そしてこう告げた。



「初めてお前がここに来た時……夢も希望もない、生きる屍だった。それが今じゃどうよ。みんな、お前を頼っている。そしていつだって、ジャンクヤードの笑顔の中心だった。眩しいくらいにな。優しくて気立てが良くて世話好き――少し生意気なところがあるが、間違いなくお前は良い奴だ。ここで終わらせるのは、あまりにもったいない話だ」



 墓守人は年長者としてジェイクを諭す。もちろんジェイクは大人だが、墓守人にとってはまだ子供であり、自分と比べれば彼の人生はこれからだった。



「助ける理由が気になるか? それはお前と俺がかつて、同じ空を飛んでいたからだ。パイロット同士、助けあうのは空戦の基本中の基本だろ。どんなに時代が変わろうと、それだけは変えてはならないものだ。

 8540000000クレジット。それだけの大金だ。うまく使えば、幸せな人生に返り咲ける。再起を果たせ! お前みたいな若いもんが、ここで燻る必要はない!」


「でも何処へ――」


「好きな場所で好きなことをしな。ジャンクヤードで学んだことを、これからの人生で活かすんだ。じゃねぇとあれだぞ! あの酒場のマスターみたいに、俺ら老いぼれ相手に酒を出すことになるぞ! それでもいいのか?」



 墓守人から初めて聞くジョーク。ジェイクはそれに笑みを零しつつ、彼の優しさに感謝した。



「酒場のマスターか、それもいいかもな。墓守人。俺、なんてお礼を言っていいのか――」


「そんな気にする必要なんかねぇよ。俺もお前と一緒で、お節介好きなだけさ」




 そう告げた墓守人の顔は、今までに見たことのない、優しい表情をしていた。



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