第4話『狂った世界に、束の間の安らぎを』



――翌朝 バンカー357



 分厚いコンクリートの天井。それは敵の攻撃から戦闘機を守る掩体壕バンカーだ。その中で、墓守人は整備に勤しんでいる。


 『ピンクエッジ・シューティングスターズ』。不良少年達が申し込んだ試合に向け、準備を行なっていたのだ。



 墓守人はオイルで汚れた顔を拭い、小休止に入る。



 そのタイミングで、バンカーに来訪者が現れた。来訪者は皮肉めいた口調で警告する。



「馬鹿な真似をしたもんだ。相手は子供とはいえ、押しも押されもせぬアイドルグループ。グッズや関連商品はバカ売れ――企業の看板にして、今や大人気広告塔だぞ。下手なマフィアより質の悪い。そんな連中に、お前は喧嘩をふっかけたんだよ」




 訪れた人物――それは酒場のマスターだ。彼は墓守人から頼まれた情報を、わざわざ手渡すために赴いたのだ。



 墓守人は手にしていた工具を置き、来賓者を歓迎する。



「――で、奴らのことは分かったのか」



「引退したとはいえ、まだこの腕は鈍っていないよ。まぁ今じゃ、諜報は趣味の一環だがね」


「趣味ねぇ。そのわりには、ずいぶんと本格的じゃないか」



 マスターは墓守人が整備している戦闘機を見ながら、顔を横に振ってこう答えた。



「やるからには徹底的に――っていうのが心情でね。ま、あんたには負けるがね。俺の場合は、まだ昔のツテが生きているだけさ」



 墓守人は、クリアファイルの中から書類を取り出し、ひと通り目を通しながらこう言った。



「謙遜だな。軍隊仕込みとはいえ、これだけ正確な情報を手に入れられるのは、あんたぐらいだ」



「奴らの情報を集めさせたのは、斥候か?」


「あぁ。敵の情報は多いほうがいい」


「お互い、元軍人のさがってやつだな」



 同業者扱いされた墓守人は、自分の半生を振り返りつつ、申し訳なさそうにそれを否定する。



「正確には……俺は軍人じゃないんだがな」


「なに?」


「ん? いや、なんでもない。そもそもどこの企業だって、このぐらいの探り、、は入れているだろ」



「それが今じゃ、全部スカイネット頼りだ。デスクワーク諜報が主流となった今。亜流である俺たちアナログ諜報員は、すでに過去の遺物――お払い箱なんだとよ」



「便利になった反面、世知辛い世の中になったもんだ」



「まったくだよ墓守人。もう危険を冒して敵地に潜入する必要はない。そういうのは無人機やAI偵察機の仕事になっちまったよ。それにありとあらゆる情報は、すべてネットという海の中ときた」



 それを聞いた墓守人は、反射的に冗談を呟く。



「アナログ諜報員が、電子の海の中で泳ぐわけにもいかんしな」


「ボートさえあれば……」


「やめておけ、溺れるぞ」


「そのうち翡翠の侵略者も、ネットで出会い系チャットし出すだろうよ」


「ハハハッ。なら今のうちに、アカウント登録しとくか?」



 墓守人とマスターは自虐的な冗談を混じえ、互いに笑みを零す。昔を懐かしみつつ、移ろいゆく時代の早さを実感した。



 そしてマスターが、脱線させてしまった話しを、元へ戻す。



「あのピンクエッジ・シューティングスターズだが、調べれば調べるほど胸糞悪くなるばかりだった。ビス一本から戦闘機まで、使うものすべてが高級品。私生活は豪遊と贅を極めている。それだけならまだ良い。それだけなら……」



「じゃあ、あの噂、、、は本当だったのか」



「あぁ。昨日みたいに、退役軍人や傭兵に挑発や喧嘩をふっかけて、空へと上げるんだ。時には多額の賭けや報酬。またはエースとしてのプライドを煽ってな。そして観客の目の前で、誤射を装って故意に撃墜させる――その余罪は、すでに一件や二件じゃ済まない」



「なるほどな。建前上、ライブの演目を装っているが、中身は本物の空戦ってわけか」



「観客も観客さ。ネット上にアップされていた動画を見たが、最悪の一言に尽きる。戦闘機が墜落した瞬間、悲鳴ではなく歓声が沸き起こるんだ。まるでヒーローが悪の権化を斃したかのように……それも、ステージを揺らすほどの熱狂っぷりときた。

 狂ってやがる……相手は人間――しかも、侵略者と戦った功労者なんだぞ! 彼等はあんな死に方をして良い人達ではない。

 本当に矛を向けるべきは、翡翠の侵略者のはずだ! こうしている間にも、大地は結晶に覆われてるっているのに……」



「まだ産まれて数10年ぽっちの子供だ。現実が見えていないのさ――いや、現実が見えているからこそ、こんなバカなことしちまうのかもな」



「現実が見えている? どういう意味だ」


「いやなに、子供の身になって考えてみただけさ。両親は朝から晩まで企業のために、身を粉にして働いている。中にはハードワークやノルマに耐え切れず、高層ビルから飛び降りる者や、トラム列車に飛び込むヤツまでいる。

 うつろな目をして企業に身を捧げる大人達。そんな背中を見て育った子供たちは、


『俺達も、こんな夢も希望もない人生を歩むのか』と絶望する――まぁそうなるのは必然だ。子は親の背中を見て育つんだからな。


 そして逃げようにも、外に逃げることもできない。外界は、結晶に侵食された終焉の世界だ。


 そう……どこにも逃げ場はない。


 企業が建国した都市の中で産まれ、企業のために働き、企業のために死ぬ。それが企業に属する、市民のあるべき姿だ。


 それでも子供たちは抗う。生きる実感を見出すために、血が沸騰するほどのエンターテイメントを渇望して、それに狂酔しちまうんだ。圧倒的スリルと興奮、そして快感。気休めのフィクションではなく、見ているだけて生きている実感を得るほどの……本物のスリルってやつを――」



「現実に辟易して、その不安を解消させるために、事故を装った公開殺戮ショー? 笑えないぞ。冗談でも、笑えない話だ……」



 マスターは子供たち以上に、この現実に辟易する。


 彼は軍人として、結晶に沈み逝く世界を守ろうと、様々な苦難を乗り越え、作戦を遂行してきた。少しでも良い世界を創ろうと、奮闘した結果がこれなのだ。これでは死んでいった戦友も浮かばれぬ。


 こんな安らぎも救いもない、ユートピアの皮を被った純然たるディストピア――。そんなモノ、誰も望んでいなかった。



 だが子供たちのように、目を逸らすことは許されない。


 大人には、現実から目をそらすことは許されている。しかし、現実を拒絶する権利はないのだ。然るべき手段を行使し、世の中をより良く改善しなければならない。



 かつて武器を手に、今の世界を創ったものとして……その義務があるのだ。



 少し遠い目をしているマスターに、墓守人は皮肉を口にする。ただ彼等を馬鹿にするのではなく、彼の感想を添えて。


「ムカつくが、ガキの考えにしちゃ利口だよな。企業というお仕置き棒を持った大人には、絶対に逆らえねぇ。


 でも企業の外にいる俺達はどうだ?

 殺しても、企業はいっさい口出ししない。だって俺達は、どの企業にも属してねぇ――つまるところ、後ろ盾になってくれる奴がいないんだ。しかも、パイロット狩りをしているアイドルグループは、企業にとって大事な収入源の一つ。企業のイメージカラーと言っても過言じゃない。


 企業っていうのは、自社のイメージを守るためなら、どんな手段でも使う連中さ。例え、法執行機関による捜査のメスが入っても、事故いう線で有耶無耶にされちまう」



 その言葉を聞いたマスターは、沈んだ話題に清涼感を加えるべく、場を和ませるためジョークをかます。



「企業さまサマだな。じゃあ俺も、企業専属の諜報員に転職するか。真っ暗なパソコンルームで、こうやってラップトップの画面に目を細めて」



 マスターは目を細め、キーボードを叩くギークの真似事をする。

 墓守人は『ご自身の生き甲斐をお忘れでは?』という顔で、マスターに質問した。



「マスターが小奇麗なスーツ着て、電子の海でスイミングとは驚きだ。ご趣味のアナログ諜報活動はどうすんだ? それともう一つの生き甲斐、酒場の経営は? あのジュークボックスやビリヤード台、そしてこだわりの酒コレクションの数々。手放せないだろ?」



「引退記念の選別として……お前に全部くれてやるよ、墓守人」



「いらんいらん! お~い、よしてくれマスター。俺が接客業に向かないこと、あんたが一番知ってるだろ!」



「ハハハハッ! 墓守人はほんと、人付き合いが嫌いなんだな。でも意外に、天職かもよ?」



「天職だと?! あー、笑えない。ほんと笑えない冗談だ。言っておくがそれだけは、天地がひっくり返っても絶対にねぇからな!」



 マスターと墓守人に笑顔が戻る。絶望と隣合わせの環境下でも、時として他愛のない冗談を交えるだけで、生きる喜びが沸き起こるものだ。



 二人がそんな談笑をしていると、二人目の来客者が姿を見せる。


 それにいち早く気づいたのは、マスターだった。彼はその人物の名を呼ぶ。




「ジェイク! どうしてここに!」



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