第3話『エースのプライド』
場違いな若者の声が酒場に響き渡った。一人ではない。ぞろぞろと徒党を組み、落ち着きのなく、無駄に声を張り上げながら酒場に雪崩れ込んでくる。
彼等は酒場を見渡しながら、なにも考えなしに感想を垂れ流した。
「ダーツねぇし、今どきジュークボックスぅ! ココ酒場じゃなくて骨董品店じゃねぇのぉ?」
「ハハハ! ウケる! 客の面子もシケてるし! 化石並みのお古ばっかだ!」
「でもでもホラぁ。こんだけ古い酒場ってことはさ、酒も古くて美味いんじゃね~?」
「いやいや。こんだけ古いんじゃ、酒にカビ生えてんだろうよ!」
「ハハハハハ! ウケんよソレ! ハハハハハハッ!!」
少年達は店に入るな否や、好き放題を始める。ある少年は客からテンガロンハットを奪って被り、ある少年は客のテーブルから飲み物を勝手に拝借している。しかもその飲み物がまずいと、毒霧を吹きかける者や、頭に垂れ流して返却する者もいた。
群れをなして騒ぐのは、幼い子供の特権だ。誰しも子供の頃は些細なことで笑い、馬鹿げたことをするものである。
――しかし彼等は違う。子供とはいえ、その発言や行動は限度を越えたものだった。そもそも未成年でありながら、悪怯れる様子もなく酒場に入ってくる時点で、常識はないに等しい。
ある男が我慢ならぬと椅子から立ち上がり、無法者の子供たちに向け、一喝する。
「おい! なにやってんだ糞ガキども!!」
その男は、このジャンクヤードのボスでありまとめ役。――ジェイク・ヘッジホッグだ。
「ここはテメェらガキの来る場所じゃねぇ。出ていきな」
「うせろ? おいおい、誰に口きいてんだよおっさん!! 俺たちが誰なのか、まさか知らないわけ?」
酒場のテレビが空気を読んだかのように、ブラウン管にあるアイドルグループを映し出す。それは酒場にいる子供達とまったく同じ顔をした、企業お抱えのアイドルだった。
ライブで新曲を披露しながら、バックの大画面では彼等の愛機が、これ見よがしに大空を待っている。そして企業エンブレムに続いて、チームのエンブレムが映し出された。
少年達の羽織っているジャケット。それに描かれているワッペンと、寸分違わず同じエンブレムだった。
「まさかお前ら――」
「そう。俺達はクロームセキュリティ社所属、ランカーフライトチーム 『ピンクエッジ・シューティングスターズ』だ!」
ジェイクは悔しげに「企業専属のランカーチームか……」と呟く。バックに大企業がいるのだ。平民以下であるジャンクヤードの住人は、下手に手を出せない。
「そのランカーチーム様が、この酒場に何の用だ! お前らの歌なんて聞きたくねぇぞ!」
「は? ボケてんの? タダで貧乏の――それも野郎相手に、歌うわけねぇじゃん。俺達がこんなガラクタ置場に来るのは、それなりのワケがあんのさ」
「ワケだと?」
「かつてペリコム1と呼ばれ、ジェミナス02と共に空を飛んだ、伝説のエースパイロット……」
「ペリコム1? 空の聖騎士を気取ってた
「んなこと知ってんだよバーカ。俺達の目的はペリコム1じゃない。そのペリコム1討伐作戦に参加した、エースパイロットだ。そいつと戦いたいと思ってね。このジャンクヤードを賭けて――」
その言葉に、酒場がざわつく。自分の家であり故郷が、子供たちの手によって奪われようとしていた。ビリヤード台に腰掛けていた一人が、青筋を立て、少年たちに詰め寄ろうとする。
「なに? ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ糞ガキ!!」
殴りかかろうとしていた仲間を、ジェイクが引き止めた。ここで感情に従って殴れば、戦いの場は裁判所に移ってしまう。そうなれば益々、こちらが不利だ。
ジェイクは「ここがどういう場所か解っているのか?」という口振りで、少年たちの言葉を否定する。
「ジャンクヤードを賭けて?! 馬鹿言うな! ここは様々な企業が出資している非干渉地帯だ!」
「お古の企業が考えた、カビ臭いローカルルールだろ。新興企業には関係ない話じゃん。そもそもこのジャンクヤードって、使い古したもん使う貧乏企業や、旧式戦闘機を使ってる傭兵達を救済するための、クソ古びたシステムじゃん。
生憎、うちの企業は低レベルじゃないんでね。ミサイルから部品まで、ぜ~んぶ自社製品のリサイクルでまかなってんの。地球に優しいエコってやつ。だからココが無くなろうが消えようが、俺らはいっさい困りゃしない――」
「自分のことしか考えていないのか! 世界各地で戦っている傭兵たちはどうなる! ここが無くなれば、彼等は部品供給手段を失うんだぞ!」
「自惚れてんじゃねぇよ!
ここぞとばかりに、少年たちは酒場にいる者達を脅し始める。
「いるんだろ! ここにエースパイロットがよぉ! ビビってねぇでさっさと名乗れよ!」
「いいのかいいのか? お前らの大好きなジャンクヤード、取り上げちまうぞ!」
「俺たち企業に歯向かえると思ってんのか! ほら! さっさと出せよ!」
「企業に属さない非市民の分際で、調子こいてんじゃねぇぞ!!」
もはや子供ではなく、その姿は子供の皮を被ったゴロツキ――もしくはストリートギャングだった。彼等はテーブルを蹴飛ばし、老人にまで詰め寄り、罵声を吐きかける有り様だ。
もはや我慢ならない。ジャンクヤードを守るリーダーとして、ジェイクが行動に起こそうとした――その時だった。
「よさねぇか! エースパイロットだぁ? それなら、ここにいるぞ」
バーカウンターの端から、ある人物が名乗りを上げる。彼はグラスに入ったウィスキーを飲み干すと、少年たちへと向き直る――それは墓守人だった。彼は少年たちを一瞥しながら、彼等の元へ向かっていく。
「このジャンクヤードで戦闘機のパイロットは……この俺だけだ。輸送機のパイロットはいるにはいるが。空戦で使い物にならないぞ」
「じゃあ、あんたが例の……――。 コールサインは?」
「ヴォルフ13。戦犯者追撃戦に参加。その後エキュラム戦域と首都撤退戦の功績により、七星勲章を授与。退役後はアーマカム社のエアセキュリティ部門専属傭兵として従軍した。言っておくが、おたくらみたいな宣伝部門じゃねぇからな」
「へぇ。おっさん、まぁまぁの経歴じゃん」
「満足か? 相手にとって不足なし?」
「あぁ。で、勝負に乗るか?」
「もちろん相手になってやるよ。でも賭けの対象が、寂れたジャンクヤードっていうのが気に入らねぇ。俺はここの連中に心底、嫌われてるんでね。こうして誰とも酒を交わさない程にな。だからこのジャンクヤードなくなっても、メリットしかねぇんだよ」
「じゃあ、なにがお望みだ」
「所詮、世の中は金。こんな寂れた場所とは、もうおさらばしてぇんだ。てなワケで、人生の勝ち組になるためのお駄賃、クレジット8540000000でどうだ。あんたら企業市民には、はした金だよな?」
思いもよらぬ要求に、少年たちは目を丸くする。
「はした金だと?!! ふ、ふざけんな! 新型ステルス戦闘機が新品で下ろせる額じゃねぇか!」
「おいおいおいおい。贅沢なこと言うもんじゃねぇよ青二才。広大な滑走路に管制塔付きのジャンクヤード。その値段よりかは、遥かに安上がりだろ。そもそもアレか? まさか勝てる自信がないのか?! 俺みたいな老いぼれ相手なのに!」
墓守人はわざとらしく驚いた表情を見せ、臆した彼等を煽り立てた。
「そいつはすまなかったな。いいんだぜ~怖気づいたんなら。素直にそう言ってママに泣きつくんだな。明日のママ友会議の議題は、きっとこうだ。『ピンクエッジ・シューティングスターズ、老いぼれに喧嘩を売るも、ビビって逃げ出す』――てな。どうだ、笑えるだろ?」
墓守人の皮肉に対し、少年たちは皮肉で返す。『老いぼれ風情に、いったいなにができる』といった表情で。
「あぁ、超ウケる。俺らの人生史上、最大にクソ笑えるジョークだ。老いぼれ相手にビビるだと? ハあッ?! ありえねぇ! 超ありえないんですけどぉ!! こっちは現役のエースだぞ! 俺達が今の空を守っているヒーロー。英雄なんだよ!! 賞味期限切れの酒漬け老害なんかに、負けねぇだろ!!」
少年たちは皆、喧嘩上等といった面持ちだ。まさに「おまえなんか怖かねぇ!」と、顔にデカデカと書いてある。
墓守人はパンと両手を叩き、話しの締めに入った。
「上等! じゃあこれで、
「待てよおっさん。あんたが負けたらどうすんだ!」
「あぁ? 俺が負けたらだと? 煮るなり焼くなり好きにしろ。嬉しいことに、こっちには奪われるだけの稼ぎも蓄えもねぇ。失うものはもう、なにも残ってねぇんだ!」
少年たちはニヤニヤと嗤いながら、仲間同士で意味ありげな目配せする。そして、すでに勝っているかのように吐き捨てた。
「へへへ。ほんとこのおっさんウケるわ! 『失うものはなにもない』――だと? その言葉、高くつくぜ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます