第2話『ジャンクヤードの守り人』



――ジャンクヤード666




 人と同様に、戦闘機にも寿命がある。



 かつて世界の国を守るため、数多の空を駆け抜けた猛鷹の群れ。今はその役目を退き、ジャンクヤードで再生の時を待っている。


 吊り天井に吊るされ、痛々しく解体されていく戦闘機の体。だがそれは単純なリサイクルではない。まだ空で戦っている同胞に、体の一部を差し出す行為だ。


――まさに移植手術、いや、再誕と言えよう。


 体から摘出された部品という命のバトン。それが、かつて共に空を飛んだ後輩やライバル、そして英雄エースの一部となるのだ。



 しかし、その神聖な行為が行われている場所は、清潔感や神秘さとは程遠い、相反する場所だった。



 砂漠地帯故に乾燥し、雨の降らないジャンクヤード。機体を保存するには最適な環境であるが、生物にとっては酷である。削り取るように喉から水分を奪っていくのだ。



 その環境下で、戦闘機を少しでも、生きながらえさせようとする者がいた。彼はなにかに取り憑かれたかのように、戦闘機を解体し、状態の良い聖遺物イコンをかき集めていた。


 その中年の男性は、長年こうした重労働に勤しんでいたためだろう、年配者とは思えない屈強な体つきを保持している。過酷な作業で汗ばみ、戦闘機の黒い血液で汚れていた。


 彼は仲間から墓守人と呼ばれている。この先の人生を、このジャンクヤード航空機の墓場に捧げる者として……。


 このジャンクヤードで働く人間はなにかとワケありの人間が多い。それ故に、仲間を詮索しようとする者はそういない。


 ここでは、興味本位の詮索は死に匹敵する。


 ただ気の合う仲間同士で解体作業をする者もいれば、墓守人にように、誰とも関わることなく、一匹狼で仕事をする者もいた。







           ◆






 夕刻 ジャンクヤード 酒場『HOT ZONE』



 ここに住む者達にとって、酒場とは単なる憩いの場ではない。

 過去という赦しも救済もない、後悔募る思い出。償いで色褪せたそれを束の間、忘れさせてくれる場所――それが、ジャンクヤード近くの国道沿いにある、この酒場だった。


 こういった荒れた地にオアシスは欠かせない、女という華は皆無だが、魂を潤す酒と、笑いの絶えないテーブルトークは健在である。そして、小さな賭け金で行われるポーカーやビリヤードさえあれば、こんな寂れた場所でも十二分に盛り上がることはできる。



 静かな祭りの場。BGMはジュークボックスから流れる懐かしのメロディと、古めかしいテレビの雑音だ。テレビからは、ジャンクヤードの外で何が起こっているかを報せる、世界情勢が流れていた。





『時代は今、新時代に突入しました! 今を時めくアークセルサイトカンパニー社から、最新鋭ガイノイドが発表されました! 介護医療から国土防衛まで、様々な分野で人の役に立つガイノイド! その活躍に期待が高まります!』 



 レポーターがカメラの邪魔にならないよう、横に退きつつ、ガイノイドを指さす。



『御覧下さい! あの愛くるしい少女の姿から想像もできない、超高性能! 一部過激派からは、就職難を招く懸念材料と非難されていますが、彼女達の平和的で麗しい姿を見れば、それが人類の新たなパートナー、ガイノイドに対する嫉妬である事は、誰の目から見ても明らかでしょう。笑顔で人々に手を振る彼女達は、人の手によって創られた天使なのです!!


 現在アークセルサイトカンパニー社は競合他社に対抗すべく、対アンバーレイダー用アイドルグループ『cybernetics girlish angEl “twilight aQua”』を結成。人類を脅かす敵から守る、本物の守護天使として羽ばたくとの事です! ガーリッシュ ガイノイド! 彼女達の活躍に、目が離せません!!

 以上、アンナ・マリーが国際兵器市場博覧会から、お伝えしました』




 ここに居る者にとって、テレビから流れる光景は無縁で、別世界のお伽話だった。



 テレビのニュースは、昔とは大きく異なる。今のテレビは見栄えの良く綺麗にデコレートされ、その多くが新兵器の宣伝に費やされている。番組の間に挟まれるコマーシャルでさえ、視聴者に軍事産業への参加を促し、戦意高揚を掻き立てものばかりだ。



 それ自体、悪ではない。時代が時代なのだ。



 現に人類は、翡翠の侵略者による侵攻を受け、広大な大地を結晶に覆われている。人ならば、その危機に立ち上がるのは必然だろう。


 しかし、人類存亡の危機にも関わらず、テレビは危機ではなく、華々しい商品広告に侵されている。あらゆる企業が、人類の危機を商業として利用しているのだ。



 結晶の侵略によって国家が衰退。――それと入れ替わるように、企業が国の機能を代行するようになって……早数十年。それによって人類の大半がグリーンカラーとなり、自国の文化を過去に棄てていた。



 大企業によって建設された都市で、新商品開発のために働く。それがこの世界の住人にとって普通の生活であり、ジャンクヤードの住人のように企業という国家に属さない人間のほうが、異端者なのだ。



 そして人々は、企業の用意したヒーローやアイドルに熱狂する。彼ら、彼女らはフィクションではない。現実に翡翠の侵略者EARと戦う英雄なのだ。

 メディアがヒーローを応援するよう煽り立て、スポンサーである企業が、少年少女に高価な兵器を提供する。


 真に哀れなのは、今も戦場を歩んでいる大人達だ。国家の喪失によって軍属の多くは、金で仕事を請け負う傭兵となった。彼等はアイドル兼業で戦う子供に負けじと、中古の兵器で戦場へと赴く。


 子供たちはライブで唄を歌いながら、高価な兵器で人類を守る。そしてかつて国を護っていた大人達は、それに競い合うかのように、戦果を上げようと躍起になる。


 そして……。その歪な世界が当たり前になり、もはや違和感を抱かなくなった人々……。




 世界は変わったのだ。




 墓守人は、グラスに注がれたウィスキーを口にしながら、テレビから流れる世界情勢に耳を傾けていた。



 人目を避けるように、酒場のカウンター端に座る墓守人。彼は、この変わり果てた世界で嘆息をつくことも、憂いを抱くこともなく、ただ遠い瞳でグラスを見つめ、静かにウィスキーを嗜んでいる。



 酒場に居る者達は、そんな墓守人に声をかけようとはしない。

 ここには心の傷を負った者も多く、なにかとワケありな者も多い――故に、誰とも交わろうとしない彼の意向を、誰が言うまでもなく尊重しているのだ。



 子供は他者の時間を尊重しないが、見識ある大人は、一人の時間がどれだけ大切かを知っている。


 興味本位で無粋な詮索をする、野暮な者はいなかった。




――彼等を除いては。




「んだよこの酒場! 臭ッ! つーか超ボロいんですけどぉ!」



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