魔王と妖精の空戦記録 ~レガシーエアフォース~

十壽 魅

第1話『結晶の戦闘機』



――514企業試験空域





『ブラボー2! 後ろに敵機! 回避だ! ブレイク! ブレイク!』




 管制官の声が、パイロットの鼓膜を震わす。しかしその声が、ブラボー2を救うことはなかった。



 敵機から放たれた鏃が、灰色の翼を射抜く。翼を失った戦闘機が、大空を舞うことができるはずがない。その揚力を喪失した巨鳥に、更なる追い打ちが掛かる――ミサイルだ。木の葉のように舞う機体にミサイルが着弾。爆発を引き起こす。



 戦闘機の血液であるオイルが飛び散り、爆煙が空を穢す。そして煙を貫き、ブラボー2を射止めた戦闘機が姿を現した。



 端から見れば、それは戦闘機とは思えないシロモノだった。



 空力を最大限に活かすための流線的なフォルム。そして兵器とは思えない半透明の機体――。



 それは、この世界における生物の頂点に立つ者だった。


 

 無機質な結晶の鳥が、光の鼓動を刻みながら、新たな獲物に狙いを定める。




『デルタ6! 5時の方向より敵機が接近中! 回避行動をとれ!!』 




 再び、管制官の感情的な声が響く。


 本来、管制官は冷静な声で交信しなければならない。――だが、無線から流れる管制官の声は、明らかに冷静さを欠いていた。汗の流れる音すら感じさせるほど、鬼気迫る焦燥感に満たされている。無理もない。侵略者に対抗するために、満を持してロールアウトした新型機F‐32D。それが一方的に墜とされているのだ。



 管制官はこの圧倒的不利な状況下で、一機でも救おうとしていた。このまま全滅すれば、彼等の死すらも無意味なものとなる。侵略者との交戦記録――。それを無事、基地へ持ち還らせれば、まだ挽回の手立てはある。



――そして彼らの死は、無駄死にではなく意味のある死になるのだ。



 敵機に追い回されているデルタ6は、まるで見えない木々の間を飛ぶ鳥のように、不規則な軌道で攻撃を避ける。



 パイロットは強烈なGに耐えながら、忌むべき敵に悪態をつく。




「ぐぉおぉお!! 結晶野郎EARめ!」




 彼に勝機はなかった。多勢に無勢――次第に追跡する敵機が増え、戦闘機に攻撃が掠め始める。




「あぁ! 畜生! 畜生め! 管制官! 増援はまだか! もうミサイルも弾もデコイもねぇ!」



『デルタ6、増援は要請済みだ! 到着まで……あと10分!』



「ハァ?! たった数分で部隊は壊滅したんだぞ! それを10分も持たせろだと?! ふざけるな!!」



『手は尽くしている! 10分間死ぬ気で逃げ回れ!!』



「クッ……無茶言いやがって!」



 その時だ。敵の攻撃がデルタ6の翼を射抜く。油圧系統のトラブルを報せる警報が、コックピット内にけたたましく鳴り響いた。




「クソぉ! もう……駄目か――」




 諦めかけたその時だ。デルタ6を追撃していた敵が、前触れもなく爆発したのである。粉々に砕け散った結晶が陽光に照らされ、キラキラと反射する。散華したのは一機だけではない。デルタ6を追撃していたすべての敵が瞬く間に葬られたのだ。




「いったいなにが?! 増援? こんな早くだと?!」




 困惑するデルタ6。最新鋭機であるF‐32Dの横を、場違いでクラシカルな戦闘機が追い越す。





 それは、キャノピーを持たない、装甲化されたコックピットを持つ戦闘機――F‐4ファントムだった。





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