無口な猫

 猫は無口なものと思われがちですが、そんなことはありません。おしゃべりな猫もいます。ニャーニャー鳴くだけがおしゃべりではなくて、しっぽやらひげやら、大きな目をぐるんとするのもおしゃべりなので、静かなおしゃべり猫もいます。ですが、この黒猫はまったくの無口でした。話しかけられても黙りこくっていますし、にぎやかな場所からはすっと離れます。と言っていつもひとりでいたいというわけでもなく、だから鳥釣りの家に出入りしたりもするのですが、誰ひとりとしてこの猫と話した者はいないのでした。


 ほんとうは、黒猫もおしゃべりするのです。ただ、誰にも聞こえないだけなのです。


 黒猫はその毛皮の下に、おなかの中に夜空を持っていました。その夜空はうんと澄んでいて、あらゆる音を吸い込んで凍りつかせてしまうほど冷たいのでした。黒猫が出す声も、吸い込まれて消えてしまうのです。そばで誰かが話しかけても、猫の耳より先に夜空が吸いこんでしまうので、猫には何も聞こえません。だからいつも知らんふりをしているように見えるのでした。


 黒猫だって、むしょうにおしゃべりしたくなることはありました。そんなときは、夜を走りに出かけるのでした。灯りのつく通りは避けて、暗く静かな山のほうへ。おなかの夜空とおなじ、きりりとした空気のなかを上へ上へ。夜のやみに黒いからだが溶けて、光るふたつの目だけが山の端を駆けていきます。空と山の合間をなぞり、近付いては遠くなる夜空に向かっておしゃべりします。猫は音のない声で語り、夜空は星のまたたきで答えます。出会う星のひとつひとつに猫は挨拶し、星のことばに答え、思う存分話すのでした。すっかり気がすんだら、また山の端をつたって戻ります。長い道なうえに、星の数だけおしゃべりしてすっかりくたびれてしまうので、鳥釣りの家に着くと、すぐに眠くなってしまいます。

「帰ってきたと思ったら、すみっこで寝てばかりだよ」

 と、鳥釣りが言うのも、

「猫さんは、寝てるときも起きてるときも静かだね」

 と熊が言うのも、猫には聞こえていませんが、おなかの夜空には届いています。夜空の星ぼしが、猫の代わりに聞いているのです。


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