まちぼうけ
ようやっと鳥釣りが帰ってきたので、みんなが雲の上に集まりました。
「おかえりなさい鳥釣りさん」
熊にカワウソ、リスのお嬢さんと郵便配達、めずらしいことに無口な猫までがやって来ました。熊は金色のガラスびんを抱えています。
「冬ごもりに取っておいたハチミツを持ってきたよ。お茶に入れようね」
「そんなにたくさん飲むんですか?」
「ハチミツをつければ何でもおいしくなるじゃないか」
熊はそう言うとビスケットをハチミツにひたしてかじりました。
「わざわざ冬ごもりの日を延ばして来たのよ」
リスは寒いからと、郵便配達のポケットから出ようとしません。
「鳥釣りさんが帰ってきたから、鳥のシチューが食べられるね」
熊がうきうきしているので、鳥釣りはしかたなく釣りの用意を始めました。
新しい針をつけながら、鳥釣りは猫から餌を買ったことを思い出しました。道具屋に配達を頼んでいた豆です。小包が届いてないかと聞くと、みんなは顔を見合わせました。
郵便配達がカバンから小さな包みをそうっと取り出しました。
「これはね、鳥釣りさん。危ないものですよ」
熊も声をひそめました。
「あんなの食べたら鳥釣りさんのお腹がはじけちゃうよ」
みんなも口々に、例の豆の恐ろしさを語りました。無口な猫だけはひとり黙々と、スプーンでハチミツをすくってなめておりました。あの豆が鳥たちの大好物だという話は、(いささか説明不足ではありましたが)本当だったようです。鳥釣りは釣りをするのも忘れて、ひとり考え込みました。
ある晩のこと。緑の町の釣り道具屋を、郵便配達が訪れました。
「こんばんは。お届け物です」
「こんな夜遅くにかい」
「鳥釣りさんからご主人に頼みたいことがあるそうで」
以前よりも増えたツタのせいで窓が開かず、店主は手紙と小包を受け取るために、長いハサミでツタを刈り取らなければなりませんでした。店主は手紙を読むと、小包の中身を確かめて首をかしげました。
「書いてあることはわかったが、この通り、家の外に出られないんだがね」
「窓のすきまからでいいんですよ……たぶん」
郵便配達は自信なさげに言いました。店主はもう一度手紙に目を通すと、鳥釣りから送られた豆をひと粒つまみ、手を伸ばして郵便配達との間にぽとりと落としました。家の反対側にある窓からももうひと粒。どちらも落ちた音はしなかったので、地面には届かずツタの葉の上にでも落ちたのかもしれません。
「これでいいのかい」
店主が戻ってきたときには、郵便配達の姿はありませんでした。
次の朝早く、何やら壁の外からぱちぱちと音がします。窓を開けたところ、外壁に貼りついていたツタの葉に、太い豆のつるがからみついて、緑の壁がさらに分厚くなっているのでした。豆の弾ける音に加えて、風の音も激しくなっています。
ざざざざざ
ざざあざざあ
嵐でも来るのかと店主は目をこらしました。ツタと豆のすき間から空が暗くなってきたことがわかります。けれどそれは嵐ではありませんでした。鳥の大群が空を埋めつくしていたのでした。店主は怖くなって慌てて窓を閉じました。彼の子どもたちが外を見たそうにするのを叱りつけ、全ての窓のカーテンを閉めたとたん、家が揺れ始めました。間一髪でした。その後何時間も、釣り道具屋の家は鳥たちの攻撃を受け続けました。クチバシが壁に刺さる音、それに鳥の羽音と鳴き声でそれはもうひどい騒ぎで、店主たちは生きた心地もしませんでした。鳥たちが豆を食い尽くし去った頃には、もう日が落ちかけていました。
「おひさまだ!」
いつもよりも窓の外が明るいことに気付いた子どもたちが飛び出してきました。夕焼け空でさえ、もうずっと見ていなかったのです。久しぶりに自由に走り回る子どもたちの叫ぶ声が、通りに響きわたりました。釣り道具屋を長い間閉じ込めていたツタは鳥たちにずたずたにされ、家の周りに積もっていました。
あくる日、釣り道具屋が町の人々に豆を配って回り、鳥を呼び寄せることで町じゅうのツタがきれいさっぱり消え去ったのでした。
町の人々が喜びながらツタを掃除していた頃、雲の上では鳥釣りが悔しがっていました。鳥釣りは大漁をねらって、釣り糸を垂らして獲物が食いつくのをずっと待っていたのです。なのに、緑の町へ向かう鳥たちは豆を目指してまっしぐら、帰りの鳥たちは豆でお腹いっぱいになっていて、どちらにしても鳥釣りの竿には目もくれなかったのでした。当てがはずれた鳥釣りでした。
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