緑の町
猫の道具屋でめぼしい釣り針が見つからなかったので、鳥釣りはなじみの釣り道具屋に向かうことにしました。橋を一本渡ったところにあるその町に立ち寄るのは数年ぶりのことでした。
町の入口に立った鳥釣りは驚きました。町が緑色に様変わりしているのです。どの建物にもびっしりとツタがからまり、まるで一本のツタが道なりに家々を呑みこんでいったように見えるのでした。
妙だな、と鳥釣りはひとりつぶやきました。通りにはほかに誰のすがたもありません。覚えのある道をたどって釣り道具屋へ行くと、はたしてここもまたツタに覆われているのでした。ツタのすき間にかろうじて店の看板が見えたので、鳥釣りは扉をたたきました。が、厚いツタにさえぎられて手応えがまるでありません。鳥釣りはもう一度、力をこめてツタごと扉をたたきました。するとぱりんという音とともに、なにかを破った感触がありました。その部分のツタが動いたと思うと、不機嫌な声が聞こえてきました。
「ひとの家をノックする時は手加減するもんだ」
ツタの壁の向こうからにゅっと手が出て、ツタをかき分けてその下から店の飾り窓が現れました。飾り窓のガラスがは割れていて、怒った店主の目がにらんでいました。
「なんだ、どこの乱暴者かと思ったら鳥釣りじゃないか」
もじゃもじゃとしたヒゲをはやしてはいましたが、以前と同じ店主のようです。
「呼び鈴が見当たらないからってこの挨拶はないだろう」
鳥釣りは謝って、釣り針を買いに来たんだと言いました。
「いったいこの有り様はなんだい」
「見ての通り、ツタに閉じ込められてるんだよ」店主はじっとしてると埋もれそうになるので、ツタをかき分けながら話します。
「たぶん誰かが新種のツタを持ち込んだんだろうよ。それがあっという間にはびこったのさ。もう何か月もこんな具合だ」
「ツタを払えばいいじゃないか」
「無駄だよ。切っても切っても伸びてくるんだ。一時間で切る前と同じまで伸びていたら根負けもするさ。釣り針と言ったな?」
店主は商品を手に戻ってくると、ツタのすき間から鳥釣りに渡しました。鳥釣りはいつもの針であることを確かめて、ツタの葉越しに代金とガラス代を払いました。
「泊まれる宿はなさそうだな」
「この先の港町に行けばいい。バスはまだ通ってるから。ここの生活はあそこからの行商人に頼ってるんだ。事情をわかってるから泊めてくれるだろう」
「それにしても、いつまでそうやって暮らす気だい」
「枯れるのを待つしかないだろうな。家ごと燃やすわけにもいかんし」店主は笑いました。
「ツタと綱引きするから、みんな腕力だけはついたとさ」
鳥釣りはお礼を言って、港町に向かいました。
「鳥釣りさーん」
港町でバスから降りた鳥釣りを遠くで誰かが呼んでいます。辺りをきょろきょろする鳥釣りに、声は「上、上!」と叫びます。鳥釣りが見上げると、二枚の座布団が風を切って落ちてきます。いいえ、よく見ると座布団ではありません。2匹のムササビが鳥釣りめがけて降りてくるのでした。
「やっぱりね!」
「鳥釣りさんだったね!」
いつかのムササビ夫婦でした。
「どうしてここに?」
鳥釣りとムササビ夫婦はおたがいに尋ねました。鳥釣りは緑の町から来たことを話しました。
「あの町にはよく行くよ」と雄ムササビが言いました。
「屋根や煙突もツタのおかげで飛び移るのが楽なの。ツタの森みたいで楽しいのよ」と雌ムササビが続けました。
「君らにはよくても、俺は困ってるんだ」
鳥釣りは、今夜の宿を探していることを話しました。
「それはよかった!」
ムササビ夫婦は手をつないでその場でひと回りしました。
「ぼくたち、旅行好きなもんだから」
「わたしたち宿屋を始めたのよ!」
そこで鳥釣りは、その夜はムササビたちの宿屋に泊まりました。あくる朝になるとムササビたちが、
「ハイヤーを頼んでおいたよ」
「波止場で待っていてね」
と言うので、鳥釣りは朝から波止場で待ちました。
波止場では何人かが釣り糸を垂らしていました。中の一人が「釣りかい?」と尋ねてきましたが、鳥釣りは首を振ると、ただじっと立っていました。「竿を貸そうか?」と声をかける人もいましたが、鳥釣りが「魚は釣らない、釣っても食べない」と答えると、変な顔をして自分の釣り竿に戻るのでした。長いことそうやっていたあと、疲れたのか首をさすっていた鳥釣りがあっと叫びました。釣り人が振りかえると鳥釣りは空に向かって手を振っています。見ればなにやら光るものがこちらへ近付いてくるのです。それが大きなマンボウであることを知って、釣り人は驚いて竿を落っことしました。おまけにその魚が口をきいたので、釣り人は道具もなにも置いてその場から逃げ出してしまいました。
「やーあ、とーりーつりさーん」
「ハイヤーってお前のことか」
「まーんぼー・はいやーだよー」マンボウは誇らしそうに反り返りました。
「みーんな、かえりまってるよー」
「ああ、思ったより遅くなった。雲まで乗せてってくれよ」
「りょーかーい」
辺りの釣り人たちがぽかんとながめる中、鳥釣りはマンボウのからだによじ登って背びれにつかまりました。
「おーおいそぎでいーくねー」
マンボウは大張り切りで、飛び立ちました。尾びれをぱたぱた揺らしながら。
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