猫の道具屋

 鳥釣りが町に来たのは、新しい釣り針を求めてのことでした。

 なじみの釣り道具屋を訪れると、壁に張り紙がしてありました。

「しょうばいにあきたので、とうぶんつりをしてくらします」

 店じまいしてしまっていたのです。

「困ったな」

 釣り針がなくては仕事になりません。店にまだ誰か残っていないかしらと、ガラス窓から中をうかがっていると、

「釣りの道具をお探しではありませんか? ひょっとして」

 そう声をかけるものがありました。振りかえればそこにいたのは、しゃれた上着に鳥打ち帽をかぶった黒猫です。鳥釣りはびっくりしました。家にやって来る無口な猫にとてもよく似ていたからです。けれど帽子の猫が大きな口を広げてにやりと笑ってみせたので、猫違いだと思い直しました。

「ほかの店を知ってるのかい」

「なにを隠そうわたくしの店が釣り道具屋でして、実は」

 黒猫は身振りとしっぽを使ってあっちの方角を指しました。

「開店したばかりでしてね、こうしてお客様を探して回っているのですよ。ちょっとばかりわかりづらい場所にありますのでね。なにしろ」

 妙な話し方をする猫だ、と鳥釣りは思いましたが、釣り針は必要なのでとにかく行ってみることにしました。

 案内された猫の店は、たしかにわかりづらい場所にありました。家と家のあいだの細い道を通って、溝を飛びこえ、錆びかけた柵をくぐったそこが猫の道具屋でした。高さのちぐはぐな戸棚がいくつも並んでいて、釣り竿や鳥の剥製やらが天井からぶら下がっています。気をつけないと釣り糸や剥製の羽が頭をくすぐるので、鳥釣りは身をかがめなければなりませんでした。

「いらっしゃいませ。ようこそ、わたくしの店へ」

 猫の店主は鳥打ち帽をとるとお辞儀をしました。

「どういったものでしょうか。お探しのものは」

「釣り針だよ。鳥を釣る用の」

 黒猫の話し方が鳥釣りにも移ってしまったようです。

「なるほどなるほど」

 黒猫は戸棚の扉を開けて、小箱をひとつ、取り出しました。

「おすすめはこの釣り針ですな。エサいらずの」

 鳥釣りは釣り針をひとつつまみあげると、針は小さな羽根を生やしてぱたぱたと音をたてました。

「というと?」

「獲物に向かって飛んでいくのですよ、針がみずから。近くを飛んでいるものであれば、どんな鳥であろうと」

 鳥釣りは箱に釣り針を戻しました。きっとマンボウが引っかかってしまうだろうと考えたのでした。釣り針が羽ばたいて箱から逃げ出そうとするのを、店主がふたをして捕まえました。

「じゃあこちらなどいかが。『縛り足』の釣り糸です。けっして逃がしません。かかったら自動的に鳥の足を縛り上げますので」

 鳥釣りは首を振りました。ムササビ夫婦や風船売りがまちがって縛られてしまったりしたら大変ですから。

「普通の針はないのかい」

「実用的な品揃えをモットーとしておりますので、当店としては」

「つまりないんだな」

「残念ながら」

 しかし猫はあきらめずに、別の引き出しから金属製のネズミを引っぱり出しました。子猫のおもちゃかと鳥釣りはたずねました。鳥釣りの知る黒猫は遊びそうにありませんが。

「とんでもない。これでもエサでございますよ。たいへん食いつきがよろしいのです。大型の鳥に」

「鳥がこんなおもちゃを食べるもんか」

「鳥に噛みついて離さないのです。エサのほうが」

「危ないな」

「左様で」

 店主は残念そうに言いました。あまりしょんぼりして見えたので、危なくないエサなら買ってもいいと言うと、猫の目が見開いてきらきらと輝きました。

「そういえば、とっておきのがあるのです。仕入れたばかりの。たしかこのへんに」

 黒猫は引き出しを片っ端から開けて、最後の戸棚の一番下の引き出しから麻の袋を出しました。

 結んであるひもを注意深くほどくと、緑色の豆がたくさん入っています。

「この豆は大好物です。どんな鳥も。そのうえ、育てれば増えるのです。鈴なりですよ。日光をたくさん浴びれば」

「それなら問題ない」鳥釣りは受け合いました。「ひとつかみ、もらうよ」

「ありがとうございます!」

 店主は喜びに尻尾をぴいんと立てました。

「豆はお宅まで送っておきましょう。わたしがお客様のかわりに。ひと粒でも落としてしまっては大変ですからね。鳥がたかって」

 そうして支払いをすませると、鳥釣りはまた釣り針を探しに出かけたのでした。

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