鳥釣りの豆

 地上では雨がいく日も降り続いていました。せっかく春告げの時計が鳴ってみな起き出してきたというのに、毎日ざんざか降りでみんな飽き飽きしていました。

 ある日、熊のねぐらにカワウソがやって来て、いっしょに鳥釣りさんのとこに行かないかと誘いました。

「雲の上はいつでも晴れだもの」

 熊はサンドイッチを作って、カワウソはお茶のポットを用意しました。鳥釣りの家に急ぐ途中でリスのお嬢さんを見かけたので一緒に行かないかと声をかけました。

「クルミのクッキーを焼いたところなの」

「じゃあそれも雲の上で食べようよ。お日さまに当たったほうがぱりっとしておいしくなるよ」

 リスはちょっと考えて、それもそうねとカワウソの肩に乗らせてもらいました。小さなクッキー(リス用ですから)はサンドイッチのバスケットに入れました。ピクニックを楽しみにして鳥釣りの梯子をのぼると、誰もいませんでした。

「あれえ。鳥釣りさんはいないのか」

 みんなはがっかりしましたが、食べながら鳥釣りを待つことにしました。クッキーは焼きたてだし、お茶が冷めてしまってはいけないですからね。けれどおなかがいっぱいになっても鳥釣りは上ってきません。

「少し昼寝でもして待とうよ」と熊が提案しました。久しぶりのお日さまが気持ちよくて眠たくなったのでした。

 みんながうつらうつらし始めた頃、

「鳥釣りさーん、鳥釣りさーん」と大きな声でよぶものがありました。まだ起きていたリスが返事しました。

「鳥釣りさんはいないわよ」

「おや。お留守ですか。鳥釣りさんにお届け物なのに。困ったなあ」

 郵便配達でした。

「誰から?」

 熊とカワウソも目を覚ましました。

「鳥釣りさんですよ」

「誰が鳥釣りさんに送ったの、って聞いたんだよ」

「ですから鳥釣りさんですよ。鳥釣りさんから鳥釣りさんへ」

 郵便配達は荷物のあて書きを見ながら答えました。

「でも、鳥釣りさんはここにいないわよ」

 みんなは首をかしげました。

「鳥釣りさんは迷子になったんじゃないかな」

 熊がぽんと手をたたきました。

「自分を荷物にして送ったんだよ。そうすれば家に届けてもらえるじゃないか」

「この中に鳥釣りさんが入ってるんですか?」

 カワウソはびっくりしました。

「それにしちゃ小さすぎます」

 郵便配達は小さな箱を振ってみました。

「折りたたまないと入らないよ」

「それは大変だ」

「早く出してあげないと」

 熊は郵便配達から箱を奪いました。

「ああ駄目ですよ。受取人しか開封できないことになってるんですから」

「鳥釣りさんがこの中にいたら自分で開けられないじゃないか」

 熊とカワウソが箱のふたを開けると、中には緑色の粒がたくさん入っていました。

「豆ですね」

 郵便配達はいくつか手に取って眺めてから言いました。カワウソがよく見ようとして郵便配達の腕を引っ張ったので、その拍子に豆がひとつぶ落ちました。

「おっと」

 雲の上を転がる豆を、カワウソはあわてて追いかけました。豆が止まったところで拾おうとすると、ぽん、と音をたてて豆が芽を出しました。

「あれあれ」

 みんながびっくりしている間に芽はぐんぐん伸びてきます。途中からはつるの重さに耐えかねたのかする空に向かって伸びるのをあきらめ、雲の上をはい始めました。

「おっとっと」

 カワウソがあやうく足を取られそうになりました。

「このままじゃ、雲が豆におおわれちゃうよ」

 熊は伸び続けるつるの端をつかむと、雲の外へ放り投げました。ぽーん。

 すると豆はもっと広い場所へというふうに、するすると下へ下へと降りていきました。雲の上はすっかりきれいになりました。つるの根元である豆は雲にしっかり根付いてつるを支えていました。

「驚きましたな」

 郵便配達が豆の詰まった箱にそっと蓋をしながら言いました。

「この豆は鳥釣りさんのご飯なのでしょうか」

「こんなの食べたら、口から豆が出てきちゃうよ」

 下をのぞき込んでいたカワウソの肩で、リス叫びました。

「見て!鳥があんなに」

 二人がカワウソの後ろから見ると、雲から垂れさがるつるにびっしりと豆がなっています。そしてその豆にありとあらゆる鳥たちが群がっているのです。どうやら鳥たちはこの豆が大好物なのでした。きっと鳥を釣る餌なのでしょう。あまりにたくさんの鳥がいっぺんにつるを引っ張るので、この雲まで揺れ始めました。

「ねえ、この雲落ちちゃわない?」

 熊が心配そうにつぶやいたとたん、ぐらりと雲が傾いて、カワウソがひっくり返りました。そのはずみで肩に乗っていたリスも転がり落ち、危ういところで郵便配達の足に引っかけられて止まりました。怒ったリスのお嬢さんはつるの根元に駆け寄ると、太くなったつるに歯を立てました。ガリガリガリガリ。

 そりゃあ鋭いリスの歯です。豆のつるはすぐにちぎれてしまいました。ちぎれたつるはするりとすべり、地上へと落ちていきました。豆をあさっていた鳥たちは驚いて散り散りに去っていきました。

 箱の中にはまだ豆がいっぱいです。まだこぼれたりしないように封をすると、サンドイッチを敷いていたナプキンで包んで固く結びました。

「鳥釣りさんが戻ってくるまで、こいつはうちで預かっておきましょう」

 郵便配達は箱を腰のかばんにしまいました。

「それにしても、鳥釣りさんはどこにおられるんでしょうな」

「もうすぐ日が暮れちゃうね」

 見れば西の方角がうす赤く染まり始めています。

「戻りましょ」

「下の雨はあがりましたよ。明日はきっと晴れるでしょう」

「それはよかった」

 みんなはわいわいと雲の階段を降りていき、雲の上はしんと静かになりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る