鳥釣りと彫刻

 この冬はいつもの年に比べて格段に寒かったので、鳥釣りも釣りを休むことが多くなりました。毎日らせん階段から雪を落とすほかは、保存しておいた肉や野菜を食べながら、家にこもって過ごしました。秋口から集めておいた木を使って作り始めたひじ掛け椅子が、今日やっと完成したので、鳥釣りは背もたれにクッションをならべて、満足げに椅子にもたれました。熱いお茶を入れて、読みかけの本を開きました。寝る時間まではまだまだありました。

 屋根も壁の外も厚く雪におおわれて、本のページをめくる音とお茶をすする音しか聞こえません。窓の外もしいんとしています。雪が音を吸い取っているのです。

 鳥釣りはふうっとため息をついて、読み終えた本を閉じました。夢中で読みふけっていたのでずいぶん時間がたっていました。冷めてしまったお茶をすすって、鳥釣りは首をかしげました。先ほどからのしんとした静けさがなくなって、小さな音が近づいてきます。


 しゃくしゃく。ざりざり。ごりごり。


 音の行方に耳をすましていると、音はやがて壁に突き当たりました。最初は小さかった音はしだいに大きくなり、家の壁を揺らしました。


 がりがりごりごり。どっしん。

 がつんがつん。どっしん。


 鳥釣りがびっくりして外に出てみると、何者かが家を囲む雪の壁をたたいているのでした。夕暮れの光に目を凝らすと、とても大きなモグラでした。突き出た鼻の上に黒メガネをかけています。手には大きなスコップ、背中にリュックを背負っていました。

「あんたか。家を揺らしてるのは」

 モグラはスコップを下ろして鳥釣りを見ました。

「おやこれは失礼。起こしてしまいましたか。てっきり冬眠中かと」

「何事だい」

 モグラは、自分は彫刻家なのだと言いました。

「こちらの雪がとてもよい雪だったので、どうしても雪像を作りたくなりまして」

「だからって家を壊されちゃ困る」

 鳥釣りは顔をしかめて雪のかたまりを見上げました。家のまわりに積み上がっていた雪の壁は、山になって固められ、スコップででこぼこに削られています。

「せっかく興が乗ってきたところだったんですがねえ。しかたがない……」

 モグラが雪のかたまりを壊そうと振り下ろしたスコップの先が、窓のひさしにがつんと当たりました。

「ああすみません。わたし目が悪いもので」

 鳥釣りはため息をつきました。

「いいよこのまま作っても」

 完成したら何ができるのか、見てみたい気持ちになったのでした。どうせ春までひまなのですから。

「ただし家を壊さないでくれよ。見張ってるからな」

 鳥釣りは服をたくさん着込むと、家の中から椅子を持ち出してきて、モグラが雪を固めたり削ったりするのを見物していました。モグラの目がよく見えないために時々窓ガラスを割りそうになるので、注意するためです。寒くなってくると家に入って、熱いお茶を入れました。そしてポットとカップを持って戻ってきました。モグラにお茶をふるまうと、また椅子に座って雪像が形になるのを眺めました。よく見えないはずなのにモグラの仕事はすばらしく丁寧で細やかで、そのうえ素早いのでした。

「そりゃあ早く作らないと、春が来てしまいますからね」

 モグラが自分の背より高いものを作りたいというので、鳥釣りは脚立を家から持ち出してきました。モグラはお礼を言って脚立に上ると、小さな刀で雪を削っては落としていきます。シャリシャリと削られた細かな氷が、モグラの下で脚立を支えている鳥釣りの頭を白くしました。

「さあ出来上がりです」

 モグラの声がしたので鳥釣りは頭を上げました。

 家の横には、雪でできた柳の木が立っていました。白い幹から細い枝々が天へと伸びて、伸ばしきれなかった枝の先がしなやかに垂れ下がり、細く強そうなその枝からは平らでとがった葉っぱが風に揺れているようでした。

「いい出来だ」

 鳥釣りが感心するとモグラは誇らしげにうなずきました。

「この冬いちばんの出来栄えです。こんないい雪はめったにないですからな。おかげでいい仕事ができました」

 鳥釣りは今夜泊まっていくように誘いましたが、モグラはいい雪を探している旅の途中だからと断りました。

「急がないと、春になってしまいますからね」


 それから毎日、鳥釣りは雪の柳を窓の外に見ながら過ごしました。朝起きたときと寝る前に。食事のあいだや編み物をしながら。本を読むときにも、ふと目を窓の外にやるのでした。白い柳は日の光を浴びるときらきらと輝き、鳥釣りの家の中まで明るくしました。

 柳の輝きは日に日に増していき、その時間もだんだんと長くなっていきました。

 やがてとうとう柳の葉が落ち始めました。秋の葉のように赤や黄色に染まって落ちるのではなく、溶けて形を失った、透明な水となって落ちるのです。垂れた細い枝の先からぽたりぽたりと音をさせて、柳の葉は一枚また一枚と溶け落ちていきました。柳の下の雪は落ちてくる水で穴が開き、地面が顔を出しました。

 ある日、いつもと違うぱきぱきという音がしたので鳥釣りが見に行くと、枝のほとんどが折れて落ちていました。葉っぱも枝もなくした柳の幹はただの氷の棒のようです。鳥釣りが手のひらを当てると、柳は変わらない冷たさで鳥釣りに答えました。ずんぐりしていた幹もすっかりやせて、じきに消えてしまうのでしょう。

 そのとき、

 りん、りんりん、と、遠くから聞こえたような気がしました。

 きっと、春を告げる時計が鳴ったのでしょう。鳥釣りはしばらく耳を澄ましてから、家の中に戻りました。久しぶりにらせん階段をのぼることにしたのでした。

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