鳥釣りと風船
びゅうびゅうと風が鳴いています。
雲の上は風の吹くほかは何ごともなく、鳥釣りは鼻歌を歌いながら釣りをしておりました。いつも遊びにやってくる熊やその友達は、冷たい冬のあいだは眠っているのです。熊が持ってきてくれるおやつがないのは残念でしたが、こんなふうにひとりきりで無心に糸を垂らしているのも悪くないものでした。
毛布にくるまって気持ちよく歌っていた鳥釣りが、ぱたりと歌い止みました。メロディの続きを忘れてしまったのです。どうだったか思い出そうと鳥釣りが顔を上げると、すぐ目の前に風船がありました。真っ白い風船にはひもが結ばれていて、鳥釣りは考える間もなくとっさにそのひもをつかみました。ひもの先には小さな金属の輪っかがついています。
「おうい」
下から呼ぶものがありますのでそちらへ向くと、白い風船がもうひとつ、またひとつと鳥釣りのほうへと飛んできます。「おうい。拾ってくれえ」
鳥釣りはあわててあっちこっちと風船をつかまえました。全部の風船を手にして立っていると、雲の上に誰かが上ってきました。鳥釣りは風船が邪魔で前がよく見えませんし、上ってきた誰かはこれまた白い風船で体が囲まれていて、どんな人だか様子がまったくわからないのです。
「いやありがとうありがとう」
白い風船のかたまりから、男の声がしました。風船の間から二本の手がにょっきり出てきたと思うと、風船を両側にかき分け、そこから丸い眼鏡をかけた小さな顔が現れました。
よく見ると男の服にはびっしりとボタンが縫いつけられていて、そのボタンのひとつひとつに風船の輪っかが引っかけられています。男は鳥釣りから風船を受け取ると、ひとつ目はお腹、ふたつ目は首の後ろ、みっつ目は膝小僧というふうに、それぞれ場所が決まっているかのように丁寧にボタンに引っかけました。
「たくさん膨らませすぎたな。高度の調節が難しくてさ」
男は風船の束を気球がわりに飛んでいたのだそうです。
「いやしかしこんなに飛ばされるとは思ってなかったよ。これじゃ地面を行くほうが安心だな」
男は風船を売っているのだそうで、商売道具を拾ってくれたお礼に一本やるよと言いました。鳥釣りは風船など欲しくなかったので遠慮しましたが、男は強く勧めます。
「いいからいいから。どれかひとつ」
選べと言われても、どれも同じ白い風船です。
「じゃあこれを」
鳥釣りは男の肩から揺れている一本を取りました。
ひもを鳥釣りが握ったとたん、白い風船はぽっとピンク色に染まりました。風船の丸みが見る間に平らになり、むくむくと形を変えて、最後にピンク色のマンボウになりました。
「ちょっと振ってみなよ」
そう風船売りが言うので鳥釣りがひもを揺すってみると、風船のマンボウが甲高い声を発しました。
マチビトーシバシマテシバシマテ
鳥釣りは振るのをやめて風船売りを見ました。
「なんだって?」
「待ち人。しばし待て、しばし待て」
風船売りはゆっくりと言いました。
鳥釣りがもう一度振ってみると今度は、
ネガイゴトーイズレカナーイズレカナー
「願いごと。いずれ叶う、いずれ叶う」
風船売りはまた言い直しました。「いいのを引いたね。幸先がいいよ」
「そうかい?」
鳥釣りは風船を釣り用のイスにくくりつけました。風船売りがもう空を行くのはやめるというので、地上へ降りるらせん階段を案内してやりました。それからまた雲に戻ってきて、釣りの続きを始めました。
それからしばらく、鳥釣りはマンボウの風船を持って雲に上りました。風に揺れる風船を見ては、ちゃんと結ばれているかを確かめたり、時々ひもを引っ張っては、「マチビトー」「イズレカナーゥ」とマンボウのお告げを聞いて過ごしました。そして誰かいないかときょろきょろするのでしたが、誰も風船を見ることのないまま、そのうちしぼんでしまいました。
春は、まだまだ先なのでした。
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