ひるね

「やあ鳥釣りさん、久しぶり」


 鳥釣りがふり向くと、熊がやって来たところでした。丸めた布団を肩にかついでいます。

 熊は布団をよっこらしょ、と肩から下ろしました。

「寝ぼけて、布団にお茶をこぼしちゃったんだ。しばらくここに干させてよ。下はお天気が悪いんだ」

「そりゃいいが。今年はずいぶん早起きだな」

「こないだ温かい日が何日か続いただろう。あれで春かと思って起きちゃった」

 熊はぬれた部分がお日さまに当たるように布団を広げると、乾いてる部分にあごを乗せて、ふうとため息をつきました。

「雲の上はいつもいいお天気だね」

「そりゃあそうだ」

 熊は寝そべったまましばらく乾き具合を見ていましたが、本当ならまだ冬ごもりしている時期なので、そのまま寝入ってしまいました。時おり軽いいびきをかいています。その寝息があんまり気持ちよさそうなので、鳥釣りもつられて眠くなってきました。竿を置いて熊に近づくと、干したての布団のいいにおいがします。鳥釣りは熊の隣に寝そべると、そのまま吸いこまれるように眠りに落ちていきました。


 二人が寝入ってすぐに、郵便配達が上ってきました。

「熊さん、ここでしたか。お届け物ですよ……おや。おやすみ中ですな」

 郵便配達は布団のそばにかがんでもう一度声をかけてみましたが、ふたりともぐっすり眠っていて起きてくれません。仕方がないので、郵便配達は持ってきた小さな包みを熊の枕元に置きました。それから鳥釣りの竿が置いてあるのを見ると、そばに行って手に持ってみました。ちょっと竿を揺らしてみたりもしました。そうやってしばらく鳥釣りの真似をして満足したのか、郵便配達は糸をたらしたままの竿を置き、ふたりを起こさないようにそっと帰っていきました。


 郵便配達が帰ったあと、雲の上では鳥釣りと熊のお腹が上下しているだけでしたが、しばらくして、雲の切れ間からちらちらと顔を出すものがありました。あたりの様子をうかがって、誰もいないと知るとそろそろと雲の上へとよじのぼり、現れたのはペンギンでした。ペンギンが下に向かって合図をすると、続いてもう一羽がはい上がってきました。

 二羽のペンギンは眠っているふたりをのぞき込み、目を覚まさないことを確認すると、熊の小包を取りあげて勝手にほどきました。しかし出てきたものが気に入らなかったのかすぐに放り出し、今度は鳥釣りの釣り道具を物色し始めました。バケツや餌入れをひっくり返して、何かを探しているようでした。一羽が糸の垂れたままの釣竿に気付き、引き上げようとしましたが重すぎました。そこで二羽そろってくちばしで一生懸命引っ張りましたが、糸は予想外に長く、引いても引いても終わりが見えません。ペンギンたちが疲れてきた頃、ようやく雲の上に釣り上げられたのはマンボウでした。今度は背びれに針が引っかかってしまったのです。ペンギンたちは巨大なマンボウにびっくりして飛び上がり、逃げ出しました。とはいえ足はあまり速くありませんでしたが。二羽はぺたぺたと走って雲の切れ間までたどり着くと、穴に飛びこむようにして去っていきました。


 残されたマンボウは針を取ってもらいたくて鳥釣りたちを呼びましたが、ふたりはいっこうに目を覚ましません。

 マンボウがもがいているところへ、今度はカワウソが上がってきました。

「鳥釣りさん、川魚のフライを作ったので召し上がりませんか……おや、マンボウさん。何をやっているんです」

 カワウソは背びれの針を見つけると、マンボウを寝かせてそっとはずしてやりました。

「はい、取れましたよ。気をつけてお行きなさい」

「ほぉーい」

 ぴらぴらと空を泳いでいくマンボウを見送ってから、カワウソは鳥釣りのバケツや餌入れが荒らされていることに気付きました。

「マンボウさんが暴れた拍子に散らかったんでしょうかね」

 しょうがないですね、とカワウソは散らかった道具を元通りに直してやりました。それから鳥釣りと熊を起こそうとしましたが、ふたりはすやすや眠ったままです。

「あれ。これはなんでしょう」

 鳥釣りの体のかげに小さな包みを見つけました。ほどけていたので開けてみると、中身は目覚まし時計でした。でも、針が一本しかありません。

「壊れているのでしょうかね」

 カワウソは時計を包みに戻すと、雲を下りていきました。


 りん。

 りんりん。

 りんりんりん。


 鳥釣りと熊は目を覚まして、同時にあくびをしました。

「ずいぶん寝てしまったみたいだな」

「僕、魚のフライを食べる夢を見たよ」

 熊は時計を手に取ると、ぽんと叩いてベルの音を止めました。

「なんだいそれは」と鳥釣りが聞くと、

「春告げの時計だよ」と熊は答えました。「これが鳴ったらみんなを冬眠から起こしにいくんだよ」

 熊は立ち上がって布団を丸めると、肩にかつぎました。

「しばらく忙しくなるよ。じゃあまたね。鳥釣りさん」

 熊は先に帰っていきました。

 一人になった鳥釣りも、お腹がすいたので帰り支度を始めました。熊と同じように、魚のフライが夢に出てきたせいでした。

「あーあ、今日はなんにもない日だったなあ」

 鳥釣りは大きな伸びをして、ひとり言を言いました。

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