冬支度

 雲の上も、寒くなってきました。この日はとくに冷えたので、鳥釣りはマフラーを巻いて釣りをしていました。

 お昼すぎに熊がやって来ました。

「冬眠のしたくで忙しいんじゃないのかい」

 山が色づきはじめるとすぐに冬がやってきますから、冬眠する動物たちは食べ物をためこむのに大忙しです。

「うん。そろそろだよ。だから鳥釣りさんが大漁だったら、おこぼれに預かろうと思ってさ」

「今日のところはあいにくだな」

 鳥釣りは空のかごを見せて言いました。ちょうどその時、鳥釣りの竿が引いたので上げてみると、リスが尻尾を引っかけられていました。

「ドングリを隠してるところだったのに」

 リスはぷんぷん怒っています。

「すまん」鳥釣りは素直に謝ると、

「もう一回竿で下ろそうか」と言いました。

「冗談じゃないわ。わたしを餌にする気なの」

 ますます機嫌を悪くしたリスに、熊は

「あとで僕のバスケットに乗って降りればいいよ」と声をかけました。

 熊がお茶をふるまって三人はひと息入れ、鳥釣りはまた仕事にかかりました。すると今度はすぐに獲物がかかりました。釣り上げてみると、それは真っ白なサギでした。

「あれ、これは何だろう」

 サギの片足には細い糸が結んでありました。目をこらしてもやっと見えるほどの、金色の糸です。鳥釣りと熊は糸をたぐり寄せてみますが、寄せても寄せても糸の終わりがありません。

 そろそろ糸を引く腕も疲れてきた頃、ずんと糸が重くなったと思うと、身体に糸がからまった別のサギが上がってきました。そのサギに続いてまた別のサギが。ぜんぶで五羽のサギが引き上げられました。どれも足や胴体にに糸をからませて、動くのに難儀していました。

「手伝ったんだから、僕にも何羽かちょうだいね」

 熊は大漁なので大喜びです。

 ばたばたと暴れるサギを縛ろうとして、鳥釣りは鳥たちの下に大きな巻き貝がひとつあるのに気がつきました。

「これは、大きなカタツムリだね」

 つぶやいた熊のことばにかぶせるように、

「カタツムリなどではない」と怒った声が聞こえました。

「貝がしゃべったぞ」

「貝ではない」と、巻き貝の口から何者かが顔を出しました。「これはわしの家だ」

「わっ。大きなヤドカリさんだね」

「ヤドカリではないぞ」

 その生きものは、灰色の頭をねじのようにぐるぐると回しながら、貝殻から体を抜きました。なるほどヤドカリのようなハサミは持っていません。けれど二つの目は顔からニョキッと突き出しており、胴体は針金のように細いのに手足はがっちりとたくましくて、やはりどこかヤドカリに似ているのでした。

「おまえら、わしの家をどうするつもりだ」

「家?この貝が?」

「この巻き貝はわしの家で、この鳥どもはわしの馬だ! 寒くなる前に南に渡ろうと引っ越しの最中だっていうのに、手綱をこんなにぐちゃぐちゃにしおって」

 どうやら、サギたちの足に貝を結びつけて空を渡っていたようです。

「じゃあこのサギは食べられないみたいだね」

 こっそりと熊が鳥釣りに耳打ちしました。

「おかげで家の中がめちゃくちゃだわい。責任とって片付けてくれ」

 ヤドカリのような生きものはいきり立って言うのですが、鳥釣りの頭も入らないような巻き貝の中をどうやって片付けろというのでしょう。

「わたしがお掃除してあげようか」

 それまで熊の肩に乗って見物していたリスが声をかけました。

「おお、それがいい。そっちの大きい二人は、もつれた手綱をほどいておいてくれ」

 偉そうに言い残すと、その生きものとリスは巻き貝の中に入っていってしまいました。鳥釣りと熊は仕方なく、ぐちゃぐちゃにからまった金色の糸をほどきにかかりました。けれど熊はあまり手先が器用でないので、途中でやめて鳥の見張りをすることにしました。五羽のサギたちは時々逃げだそうとしましたが、金色の糸を引っ張って押さえると、縛ったりせずともおとなしく座りこむのでした。それは不思議な糸で、目に見えないほど細いのに、強く引っ張っても切れたり毛羽立ったりしないのです。

 二人が苦労してやっと糸のからまりをほどき終わると、リスたちが巻き貝から出てきました。

 ヤドカリ似の生きものはすっかり機嫌がなおったようで、

「わしと一緒に南に来ないかね。きみみたいな掃除上手がいてくれると助かる」とリスを誘っています。

「暖かいのはいいけれど」リスはふさふさのしっぽを振って答えました。

「でもやめておくわ。もうすぐに眠たくなっちゃうもの。それにわたし、寒い中でぐっすり眠るのが好きなの」

「そうか。残念じゃな」

 その生きものはリスに手を振ると巻き貝に戻りました。それから貝の口から頭だけを出すと、何やら知らない言葉でサギたちに向かって叫びました。するとサギが皆立ち上がって、はばたきの準備を始めたのです。何度か羽の運動をしてから、次の号令を受けてサギたちは一斉に飛び立ちました。巻き貝を真ん中にきれいに整列して、南の空へ飛んでいきました。

 サギの群れを見送ってから、

「ねえねえ。巻き貝のお家の中はどんなだったの?」と熊はリスに聞きました、

「それがね、とっても広いの。居間に寝室にお風呂まであるの」リスは話しながらくしゃみをしました。

「どの部屋もひっくり返っててお掃除大変だったわ。しっぽをハタキがわりにしたから埃っぽくなっちゃった」

「うちの風呂で洗っていけばいい」と鳥釣りが言いました。

「今日はもう釣れそうにないから一緒に帰ろう」

 空っぽのかごと釣り竿をかついで、三人はらせん階段を下りていきました。

 そういうわけで、きょうの獲物はなんにもなしです。

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