偽ペンギン
今日は獲物が多めに釣れたので、鳥釣りはいつもより早めに雲を下りました。ところが家のドアを開けたとたん、餌入れがないことに気がつきました。雲の上に忘れてきてしまったようです。もう日が暮れかけていましたが、餌の残りが入ったままですし、やはり取りに戻ることにしました。
らせん階段を上りきると、もう暗くなっていました。雲の上でもやっぱり夜です。それでも下と違って、雲の上は星や月との距離がとても近く、ランタンの明かりがなくても、月が足もとを照らしてくれます。夜のきいんとした冷気に、鳥釣りはぶるると震えました。
さて餌入れは、と釣りをしたほうへ探しに行きますと、何やら黒っぽいものが落ちています。餌入れの他にも忘れ物をしただろうかと近寄ってみますと、ペンギンがうつ伏せに倒れているではありませんか。鳥釣りはそっとランタンをかざして、ペンギンの尾羽の先を照らしてみました。見覚えのある金具がありました。
(ははあ、ペンギンスーツだな)
鳥釣りはカワウソを釣った時のことを思い出し、ちょん、と背中をつついてやりました。
ペンギンはぴくりと動いて起きようとしましたが、鳥釣りが尾羽をつかんでいるので逃げられません。すぐに力なく伏せてしまいました。
「ここで何をしてるんだよ。カワウソの仲間か?」
ペンギンは答えません。そういえば、と鳥釣りは思い出しました。ペンギンスーツを着ている間は鳥だから話せないんだ。
そこで鳥釣りは、尾羽の金具を引っ張り上げてスーツを脱がせました。一枚脱いでもう一枚、その下にももう一枚……五枚ほど脱いだところで、タヌキのようなリスのような生きものがあらわれました。スーツの最後の一枚を脱ぐとき、その脇の下がびろびろと広がるのを見て、鳥釣りは目をぱちくりさせました。まるで座布団のようでした。
「……モモンガ?」
「ムササビ!」
鳥釣りの言葉に、ムササビは太い尻尾をばちんばちんと打ちつけて怒りました。
「どうしていつも間違えられるんだろ。モモンガより、ムササビの方がずっと大きくてたくさん飛べるんだよ」
「知らなかったんだ」と鳥釣りは謝りました。
「それで、ペンギンスーツを着たムササビが、どうしてここにいるんだい」
ムササビはぴくっとすると、首を回して自分のからだをすみずみまで眺めました。
「ああ、どうしよう」
困ったムササビが首を回しすぎたので体も一緒に回転し、ムササビはその場でぐるぐると回り始めました。
「どうしようどうしよう」
鳥釣りがぽかんと見ていると、どこにいたのかペンギンがもう一匹飛びこんできて、ムササビの周りをこちらもぐるぐると回り始めました。
ペンギンは右にぐるぐる。
ムササビは左にぐるぐる。
ばらばらにぐるぐるぐる。
「目が回っちまう」
鳥釣りは回り続けているペンギンを捕まえると、こちらもペンギンスーツを脱がせました。するとまたしてもムササビが出てきました。スーツを剥かれた二匹はようやくぐるぐる回るのを止めて、ひしと抱き合いました。二匹は夫婦だということでした。
「ぼくたち、旅行好きなもんだから」と、雄ムササビは言いました。
「このスーツを着れば南極へ行けるって誘われたの。ペンギン協同組合のペンギンに」と、雌ムササビが説明しました。
「で、いざそのスーツを着たら、自分がムササビだってことも忘れてしまったの」
「南極に行くこともね」と、雄ムササビが付け加えました。
「その代わりに任務で頭がいっぱいだったね」
「任務って?」と鳥釣りは聞きました。
ムササビたちは顔を見合わせて、
「ペンギンスーツの回収」と、声をそろえて答えました。
「へえ?」
ムササビたちの話では、ペンギン協同組合はペンギンスーツがよそ者に渡るのを嫌がっているというのです。事故や何かで脱がされたスーツは見つけて回収せよとの命令で、どうやらこの雲の上にもひとつあるらしいと聞いて何度か探りにきたのだけど……。
(カワウソが着ていたスーツのことだな)と鳥釣りは考えました。
「ペンギンスーツはもう、ここにはないよ」
全部切り刻んで、鳥釣りの餌に使ってしまいましたからね。
それを聞いた雄ムササビがまた、「どうしようどうしよう」とひとりで回り出したので、つられた雌ムササビもその後ろを回り始めました。今度は同じ方向にぐるぐるぐるぐると。
鳥釣りは首をかしげました。
「あんたたち、今はペンギンじゃないんだから任務はいいんじゃないか?」
雌ムササビがぱたりと立ち止まり、雄ムササビは奥さんの背中にどすんとぶつかりました。
「そうよ、もうペンギンじゃないわ、わたしたち」
「そうだ。ぼくらはムササビだね」
「南極へ行くのはやめましょう」
「うん。山に帰ろうね」
そこでムササビの夫婦は鳥釣りにお礼を言うと、並んで雲から飛び降りました。風に乗って夜空をスイーと降りていくムササビの飛行は見事なものでした。
「さて。俺も帰るか」
ムササビたちを見送った鳥釣りは、二匹の置いていったペンギンスーツを両手一杯に抱えました。これでしばらく釣りの餌に困ることはありません。鳥釣りはほくほく顔でらせん階段を降りていきました。餌入れのことはすっかり忘れていたのですけど。
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