「じゃあ、何か、『私』って思い出せるもの一緒に考えよ」
私は、アーサー君の行動を許すことにした。何か雰囲気に流されてしまった気がしないでもないけれど、多分、アーサー君を連れて帰ってきた時点で、とっくに許しているんだと思う。
次の話だ。今までも本題だったけれど、ここからも本題だと言っていい。
「アーサー君が私を好きというのは事実でいいですか」
もう、遠回しに聞くこともないと思ったので、直球で聞いた。
アーサー君は驚いて、私から手を放す。応えづらそうに視線をそらす彼を逃がすものかと言わんばかりに、こちらに向けさせ、目を合わせて再度問いかけた。
「どうなんですか」
じっと、見つめる。
赤い瞳が少しだけ泳いでから、観念したようにこちらを見て、たった一言こう言った。
「事実だ」
うっかりと愛してしまった。
こんなにも愛する予定ではなくて、こんなにも愛おしいと感じる予定ではなくて、ただの契約をして、俺が料理を作って、マッサージをして、彼女は血を提供する。それだけの関係のつもりでいた。
彼女は人間で、俺は吸血鬼だったから。
そう、彼はぽつりと話した。
私もそれだけの関係でずっといるのだと思っていた。
関係が変わることをどちらも望んではいなかったけれど、変化しない関係はないと誰かが言っていたような気がする。
「アーサー君が、それで苦しかったのは知ってる……つもり。人間と吸血鬼だから、寿命とかその辺のことで悩んだと思う」
「……バレていたか」
「うん。漫画とかでネックになるのそこだから」
「……」
多分國橋君も同じことを言っていたのだろう。アーサー君が微笑んでいた。でも私は、その微笑みを今から消し去るようなことを言う。
「あのね、私はどうしたってアーサー君より早く死ぬ」
「……ああ」
アーサー君の表情が本当に消えた。悲しそうな、寂しそうな目を、彼はしている。
「アーサー君がどれだけ長生きなのか、わかんないけど。私結構不健康な人間だから、死ぬの結構速いと思う」
だからと言って、多分生活を改めることはできない。
私が生活を改めること、それはイコール今のバイト先を、有村さんたちを見捨てるということだから。
「私を眷属にする気はないんだよね」
「ない」
多分アーサー君なりに私のことを考えてのことなんだと思う。
私が常に健康体にあり続けたら無茶をするだろう、みたいなことを考えたに違いない。だから私は言われてしまうのだ「お前はお人よしが過ぎる」と。
「じゃあ、答えは簡単だ」
私が死ぬまで、アーサー君はずっと一緒にいてくれればそれでいいよ。
私はそう言った。
笑って、そう言った。
「お前は、平然と酷いことを言うな」
お前が死んだ後、俺はどうやって生きればいい。
泣きそうな声で問われる。
考えていなかったことを問われて、一瞬ひるんだけれど、それでも私は笑って答えた。
「じゃあ、何か、『私』って思い出せるもの一緒に考えよ」
「は?」
「『人吉みな美』を思い出せる物。何かを見てふっと昔を思い出すみたいに、私のことをアーサー君がふっと思い出してくれたらいいよ。何でもいいや、それを考えよ。時間はきっといっぱいあるもん、一つや二つ見つかるよ」
多分、この答えはアーサー君にとっては残酷なものだ。
私が死んだ後も、アーサー君の中に私を生かし続けることになる。
私はアーサー君への恋愛感情という物を、持ってはいないけれど、それでもアーサー君の中で私が生きていてほしいと思った。私が死んだあと、私を思い出してほしいと思った。それがいけないことだとしたら、アーサー君の眷属になることを、私は選ぶ。
悲しそうな目を少しだけして、でも諦めたように笑って、
「そうだな。見つけよう」
そういってくれたから、私たちの関係はまだ続いていくのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます