「一緒に帰ろう」


 バイト先付近のコンビニに國橋君が現われたのは、朝六時を回ったころだった。


「お待たせ―。んじゃいこっか。あー、牛乳買ってっていい?」

「いいよ。……約束通り朝ご飯おごってもらおうかな」

「そんなんでいいんだ、人吉さん安上がりだなー」


 朝ご飯はパン派な私と米派な國橋君で別れて、飲み物を買ってレジ前で合流し、私の買うものを國橋君に預ける。


「ねえ」

「んー?」

「何で嘘ついたの?」

「まぁ、なんというか。一応『知らないってことにしてくれ』って言われたからさ」

「ふーん」

「だから、嘘ついてないとは言ってないじゃん」


 確かにそうだけども。

 そのドヤ顔腹立つ。

 國橋君が精算を済ませて、心のこもってない店員の「ありがとうございました」を聞きながら、私たちはコンビニを出た。


「俺はどっちかっていうとさ」

「んー?」

「人吉さんがアーサーいなくなってあんなにショック受けるとは思ってなかったんだよね」

「何で?」

「勝手にいなくなったことに怒るだろう、とは俺もアーサーも思ってたけどさ。悲しむことは想定してなかった。何でってまぁ、人吉さんだからじゃない?」

「何それ」

「人吉さん。人との距離一定じゃん。蛍ともそんなベタベタした友情じゃないし、人への執着あんまりないのかなって思ってた」


 確かに、そうかも。

 だから私は、お休みの日に「遊びに行こう」って誘われないし、誘わない。


「お人よしなのに、その距離は一定なんだ。だからアーサーにもそんな執着してないと思ってたのに、すげえ泣きそうな顔するからさ。ヒント教えちゃった」

「アーサー君怒ってない?」

「さぁ。LINEも既読無視だったから」


 アーサー君は怒ることはなさそうだけど、既読無視ということは。


「もしかして、國橋君の家からもいなくなってたり、とか」


 私から距離を置くために國橋君の家に行ったのに、國橋君の家にいるとバラされてしまっては、私が連れ戻しに来ると考えて早々に退散しているのでは。


「それは多分ない」

「何で?」

「行くあてないし、LINEでは聞かなかったけど、多分今頃人吉さんが心配で仕方ないはず」

「そ、っか。そういうことに、なるのか」


 一人の女性として愛されてるという実感は、私の中にまだない。

 そんな価値のある人間では、私はないから。

 うーん、難しい。


「ああ、そうだ。俺アーサーが吸血鬼ってこと知ってるから」


 私が黙ってしまったのをまずいと思ったのか、國橋君は唐突に話題を変えた。


「え!?」

「本人に聞かされた」

「というか國橋君信じたの?」

「うん。だって、それだったらあんなに見た目が綺麗なのも、あの見た目なのに年上だって確信できることとか、俺が夕夏のこと好きだって速攻で気づいたこととかもいろいろ納得できるなって」


 最後のは吸血鬼関係ないような気がするけど。


「アーサー君は國橋君が夕夏ちゃんのこと好きなこと自分で気づいてたの?」


 てっきり私は、國橋君がバイト先の人に相談しづらいから、ちょうどいい人間としてアーサー君に相談したがったのだと思っていた。


「そー。絶対バレないと思ってたのにさ。ちょっと嫉妬したの見せただけで、バレてた」

「嫉妬したの、見せた?」


 というのは、あのファミレスでの一件だよね。

 ファミレスでなんか國橋君が夕夏ちゃんの関係で、嫉妬したような態度取ってたっけ?

 うんうん考えながら國橋君について歩いていると、マンションの一室の扉の前で止まった。


「というわけで我が家に到着。さっさとアーサー持って帰って、俺のこと寝かして」

「あ、うん」


 そういえば、國橋君は夜勤明けで、しかも私が早退したから私の仕事は、國橋君に向かったわけで。そう考えると申し訳なさが倍増する。でも國橋君がさっさとアーサー君のことを言ってくれれば……、否それはあまりにも身勝手な文句だ。


「なんか、ごめんね」

「いーよ。ああ、有村さんが本気で心配してたから連絡しときなよ」

「うん。わかった」


 國橋君のマンションは、駅の近くにはあるけど少しだけ古くて、学生さんが住人の八割を占めているので、大きな物音を立てたとしてもそんなに問題視されることがないらしい。今はやっぱりみんな眠っているのか静かだ。

 扉の前で待っているように言われ、そのまま國橋君が部屋に入っていくのを見送った。


「ただいまー」

「おかえり、慎也、みな美のことだが」

「ああ、人吉さん迎えに来たよ」

「は!?」

「ドアの前にいるから、早く帰って話し合って」

「お前ちゃんと嘘はついたと……」

「嘘がバレてないとも言ってない」

「お前……、レディに嫌われても仕方ないぞ……」

「はい、さっさと帰れー」


 扉の向こうからそんな会話が聞こえてきたと思ったら、扉は開いた。

 開いて、アーサー君が出てきたというか、押し出されてきた。本当に力任せに押されたのか、体勢を崩して倒れそうになるのを私がキャッチする形になる。


「アーサー君」

「み、なみ」

「アーサー君」


 言いたいことはいろいろあるけど、とりあえず私はアーサー君の背中に手を回して言った。


「一緒に帰ろう」

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