Side:S「気を付けてて落ちるパターンってよくあるじゃん」

「俺が吸血鬼だと言ったら、お前は信じるか」


 アーサーが俺の部屋に来て、部屋の座椅子に座るや否やそんなことを口にした。

 とても深刻そうに話すものだから、冗談ではないということだけはわかった。


「それで信じないって、俺が言ったらどうすんの?」


 俺がそういうと、アーサーはこっちを見て、「その発想はなかったな」と少しだけ笑った。「いや笑い事じゃなくてさ」とか考えたけど、多分笑っていないと心が持たなかったんだろう。


「まぁ、いろいろ納得だけど」


 レストランの注文に戸惑った理由も、食事に対して何の関心もなさそうな顔をした理由も、外見に対してどうしてかわからないけど、絶対に年上だ確信できるのも、全部アーサーが吸血鬼だったからなのだと考えれば、納得はできる。


「オタクという人種は、理解力と順応性の速さを身に着けられるらしいな」

「んー、まぁ。そうかも?」


 年内に何十本というアニメやら映画やら漫画やらを頭の中に叩き込むから、どういう物語がどういう結末を迎えるかとか、このキャラは多分こういうことが目的で、だからこういう行動に出たんだろうなとか、そういう予測は自然とできるようになってくる。というのは多分他の人よりうまくなるものかもしれない。


「だから、人吉さんに手を出したくても出せないって悩んでんの?」

「手を出したくても出せないのは、まぁこの際いいんだが」


 いいのか。俺なら無理だけど。


「こういう感情を持つつもりではなかった」

「そりゃそうだ」


 俺はこいつを好きになる予定です、なんてことを思いながら男子は女子と接しないだろうし、女子だって多分そのはずだ。だけど、落ちてしまうのが恋ってやつで。なんて、そんなこっぱずかしいことを考える。


「人間相手に、そういうことを思わないように気を付けてた」

「気を付けてて落ちるパターンってよくあるじゃん」

「あるのか」

「あるね」

「そうか」


 納得したらしかった。

 どうでもいいけど、男の部屋で金髪のイケメンが座椅子で体育座りしてんのなんか違和感しかない。しかも相手は吸血鬼だという。


「なぁー、吸血鬼って眷属とか作れんだよね?」

「そうだな」

「人吉さんそれにしちゃわねえの?」


 多分、アーサーが気にしてるのは、寿命のことだ。

 吸血鬼と人間の恋愛で、ネックになんのはまずそこだから。だから王道にこの吸血鬼も漫画みたいなことで悩んでいる。それでもやっぱり思うのだ。吸血鬼は人間を眷属にして、要は吸血鬼に変えてしまって、寿命を延ばすことはできる。それをできるならやればいい。


 そう考えるのは早計って奴だろうか。


「慎也」

「なに?」


 冷蔵庫から牛乳を取り出して、コップに注ぎつつ、パソコンデスクの前にある椅子に座る。


「人吉みな美をお人よしだと思ったことはないか?」

「あるよ、超ある」


 唐突なアーサー君の問いかけに俺は、即答した。

 そりゃそうだ。二十三歳という年齢でフリーター。しかも英語の資格をしっかり持って、大学もきちんと卒業しているというのに、自分の就職よりも潰れそうなバイト先に残って、アルバイトを続けている人間をお人よしだと思わない人間は、残念ながらうちのバイト先にはいない。


「もし人吉みな美が病気をしない、怪我もすぐ直る。そんな性質を持ったとしたらどうなると思う?」

「……社畜になるわぁ」


 ワーカーホリックになることは間違いない。

 容易に想像はつく。今でさえアルバイトの中だったら誰よりもシフトを入れて、誰かが疲れてたら「いいよ、私やっとくから」で済ませてしまう人吉さんが、今以上に働くことになるんだろう。


「それがアーサーのネック?」

「長生きはしてほしいとは思う。けれど、他人のために自分を削って生きてる選択をずっとしてきた人間に、これ以上生きろというのは酷なことだと、俺は思っている」


 だからこそ。

 あいつのそばにいるのが辛いと、アーサーは顔を埋めた。

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