「嘘ついたら針千本だからね」
でも三時間が経過すると、有村さんから「今日は帰りな」と言われてしまった。
「え、全然元気ですよ」
「嘘、俺の知ってる人吉ちゃんはそんなひきつった笑顔しない。『しんどい』って顔に書いてる人はおとなしく帰って、寝てなさい」
「でも、欠員になったらまずいんじゃ」
「あのね、人吉ちゃん」
いつも優しい笑顔の有村さんが、すっと真顔になる。なんだろ怒っているのかな。
「俺は、充分人吉ちゃんに甘えてるからあんまり偉そうには言えないけどさ、たまには俺らのこと抜きにして、自分のこと考えていいんだよ?」
「人吉ちゃんに甘えてる」っていうのは、私が就職することを放棄してここのバイトに残ったことを言ってるのだろうか、もう気にしなくていいのに、有村さんは優しいな、真面目だな。
そんな感想しか出てこない。
自分のことを考えるというのは、どうするのだったっけ。
「体調悪いなら悪いって言っていいし、辛いときは辛いって言っていいよ。人吉ちゃんは他人に気を使い過ぎ、回せなかったら回せなかったとき、笑い話にするだけでしょ、俺らは」
確かにそうだけど。
それで帰っていい理由にはならない気がする。
「でも」
「いいから、帰りな。大丈夫だから」
ぽん、と頭に手を置かれた。
有村さんって自然にこんなことをできる人なんだ、と素直に思っていたら、少しあわてたように妹にいつもやっているからと、手が離れる。有村さんに妹がいるとは初耳だった。
「じゃあ、お言葉に甘えます」
「うん」
タイムカードを切って、休憩所に入り、ブラウスを脱いだ。丁度國橋君が入ってくるタイミングで、「おはようございます」とあいさつされる。
「あれ? 人吉さん上がり? 今日三時までじゃなかった?」
「そうなんだけど、有村さんが上がりなって、で、國橋君、LINEの返事は?」
「あー、ごめん見てないわ」
嘘だ。
アプリゲームも嗜んでて、毎日ログインしている國橋君が、スマホを一日中見ていないことなんてありえない。そして前に國橋くんは言ってたLINEの赤い数字が増えてくと気持ち悪いから見るようにしてるって。
「LINE壊れたりした?」
「いやそんなことは……何? 何かあった?」
「アーサー君がいなくなっちゃったの。黙って」
「…………うっそ」
「本当」
今、間があった。
驚くまでに、いや驚いた顔を作ろうとするまでに間が空いた。
「國橋君なんか知ってるって聞いたLINEだったんだけど、なんか知ってるよね」
決めつけてかかるのは良くない。
良くはないけどこっちも、なりふり構ってられる状態じゃないのだ。やっぱり私は人間できてるわけじゃない。
「何で」
「私の周りでアーサー君と連絡取ってるの、國橋君だけだから」
「んー、俺は特に何も聞いてないよ」
「本当?」
「本当本当」
「嘘ついたら針千本だからね」
「さすがに死にたくないから、なんかおごる程度にしておいてもらえると助かるかなー」
「……わかった」
帰ったら、パソコンを開こう。LINEでアーサー君のアカウントを使ったら、アーサー君と國橋君の会話が遡れるはずだ。
私は着替えて、急ぎ足で、だけど表向きは体調が悪くて早上がりだから、有村さんの前ではゆっくり歩いて、店を出た。
走って帰路を辿って、部屋に帰る。
靴を乱暴に脱ぎ捨てて、下の人に迷惑かもしれないくらい音を立てて、いつもアーサー君がいたキッチンを通り過ぎてパソコンの電源を入れた。
新しい機種というわけでもないし、使い過ぎているわけでもないけど、起動が遅く感じる。
「早く、早く」
早くアーサー君の行方が知りたい。帰ってきてほしい。
わがままかもしれないけど、それくらい願うのは許されると思った。だって、人に頼るくらいが丁度いいって言ってくれたのはアーサー君だから。
起動して、LINEをダブルクリックする。
ログアウトはされていたけど、私には意味がない。だってメールアドレスもパスワードも考えたのは私なんだから。
さすがにパスワードは変えられているかとも思ったけど、そのままだった。パスワードを変えるという発想には至らなかったらしい。そういうところがまだ、アーサー君は現代の機械になじめてないんだなと思って、少しおかしかった。
「あった」
と言っても、アーサー君のLINEをしてるのは、私と國橋君くらいだったので、見つからないわけもなかった。
一番最近の会話文を見る。
日付は、アーサー君がいなくなった前の日、時間は22時くらいだ。
アーサー『すまない、しばらく慎也の部屋に泊めてくれないか』
S.Country『いいよ。場所は……』
その文面を読んだとき、少し叫んでしまいそうだったけれど、でもそれは近所迷惑なので、心の中にとどめることにした。
國橋ぃ!!!
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