「一人に、しないで」


 私は玄関で眠ってしまっていた。いつものロフトじゃなくて、靴箱にもたれかかって寝ていたようで、体がとても痛い。

 何で玄関で寝てるのだろう? と疑問に思って、眠りにつく前の記憶を辿って、アーサー君が家を出ていってしまったんだ、ということを思い出す。


「アーサー君、アーサー君、アーサー君」


 三度ほど、繰り返して呼んだ。当然のように返事は返ってこなくて、一人きりの部屋にその声が反響しているだけだった。キーホルダーも何もついていないアーサー君用の合い鍵が、私の手に跡をつけていた。よっぽど強く握ってたんだろう。


 ポストに入っていた鍵を五秒ほど見つめて、はっとして、私は玄関を開ける。


 もしかしたら。

 鍵は間違えて入れてしまっただけで、外で待っているかもしれない。そんなことを、そんなバカみたいな想像を寝ぼけた頭でしてしまって、勢いよくドアを開ける。


「うわっ、びっくりした!」


 出勤前のお隣さんが、前を通り過ぎていくところだった。

 私が眠ってしまっている間にそんな時間だったらしい。


「あの、アーサー君。みませんでしたか?」

「アーサー君って、あの金髪のイケメンの彼氏でしょ? さぁ……夜中に出てったんだったら私は気づかないから」


 私とは違って、お隣さんは朝に起きて夜に帰ってきて寝る人である。


「そうですか……、驚かせてすみません。行ってらっしゃい」


 いってきます。

 明るい声でお隣さんはそういって、階段を下りていった。エレベーターあるのに元気な人だなぁ。なんてそんなことを考えながら扉を閉める。


 アーサー君は、どこに行ってしまったの。

 どこに行くというんだろう。彼に行く当てなんてあるのだろうか。

 そういえばヤンデレの幼馴染さんがいるといっていたっけ、その人のところに行くのかな。


「やだなぁ」


 涙がこぼれる。


「一人に、しないで」


 今更、一人にしないで。

 放っておけないって言ったじゃん。

 アニメの続き気になるって言ってたじゃん。

 まだアーサー君の為に買った本、全部読み終わってないでしょ?

 アーサー君、今日私、アーサー君の肉じゃが食べたいな。そのあと、最近してもらってなかったから、マッサージしてよ。また肩が

凝ってきたんだ。


 だから、


「帰っておいでよ」


 アーサー君。

 アーサー君。

 アーサー君。

 私、君がいないとこんなにも寂しくなるみたい。

 今気づいた。なんて言えない。だって私、堕落してると思いながら、アーサー君がいなくなるのは絶対嫌だったから。アーサー君は私の隣にいるんだって思ってたから。


 みっともなく、嗚咽を漏らす。

 大人なのに、もう社会人なのに、それなのに。みっともなく泣いてしまう。


 全部、アーサー君のせいだ。

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