「何で」
「アーサー君が私に、惚れちゃった」
帰り際、声に出して呟いてみた。
そして「ないない」と頭を振る。傍から見たら変な人かもしれないが、深夜三時を過ぎたころの商店街に私を見るような人はいなかった。
私の考えとしてはこう。
アーサー君は多分甘やかしたがりなんだろう。
人を甘やかしたくてしょうがなくて、その対象が私なのは、たまたまだ。あの時たまたま私が彼を助けたからに他ならない。だから、アーサー君が私のことを好きになったなんて、多分ない。
そうなったら、私たちの関係はどうなってしまうんだろう。まず皆からは「やっとか」って、言われて。私は多分変わらない。アーサー君はどうなんだろう。吸血鬼の彼は、人間の女の子を好きになったことがあるんだろうか。私みたいな女の子を好きになることがあるんだろうか。
放ってはおけない。
それがアーサー君の私に対する認識。
その位置はなんなんだろう。妹、娘、孫? 年齢差的には「曾」の字がどれくらいつくのか、わからないくらいの関係にはなるのだと思うけれど、でも見た目は同年代に見えてしまうから、やっぱり妹あたりがちょうどいいのかもしれない。
妹のように思えてるのが、何か申し訳なく思えてしまったとか? その罪悪感から避けているとか。そんな馬鹿な。
避けている理由として、上野さんは手を出したくないからだといっていた。確かに妹みたいな存在に手を出すのは気が引ける。というか、吸血鬼の「手を出す」って血を吸うってことなのでは? じゃあアーサー君は私に手を出しているということになる。それの回数が多いことを気にして、血を吸わないように努めるために避けている。
「なるほど!」
一人で勝手に問題提起をしておいて、一人で勝手に解決する。私がよくやることだ。独り言もよくやる。
一番しっくりくる答えが出たところで、私は部屋の鍵を開けた。
「おかえり」
その声はなかった。
私が「ただいま」という前に、必ずアーサー君が言ってくれる言葉が、今日に限っては聞こえない。寝ているのかなと思ってリビングに立ち入る。
「アーサー君?」
リビングに彼の姿はなかった。まさかとも思ってロフトの上も見たけれどいなかった。どこかに出かけたのだろうかと考えて、私はほとんど落ちるようにロフトを下りた。そして早歩きで玄関まで戻って、ポストの中身を確認する。
郵便物は入ってなかった。代わりにコロン、と銀色の小さな物体が玄関の床に落ちて、跳ねた。金属音がむなしく響く。
「鍵……」
この部屋を出ていくときは、鍵はポストに入れてくれと言っておいた。それを実行に移されるのが今なんて、想定はしているはずがない。
もっと初期にやるものだと思っていた。それがないから、ずっと彼はここにいるのだと思って、勝手に、思ってしまっていたのだ。
「何で」
なんで、今なの。
私は訳が分からなくて、ただその場に座り込んでいることしかできなかった。
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