Side:A すでにこいつは酔っぱらってるんじゃないか
アーサー君、お酒飲もう。
深夜3時。バイトから帰ってきて、みな美はコンビニの袋を掲げてそう言った。考えてみれば俺がこの家に来てからというもの、俺はもちろん、みな美もアルコールの類は一切口にしていない。
みな美が飲むのが嫌いかと言えばそうではなく、恐らくバイト先でずっと付き合っているものと、家でも付き合うのが嫌だったというだけなのだろう。しかし今日は例外らしい。唐突に飲みたくなったからと、チューハイが2缶と紙パックの焼酎、梅酒が2つずつ、ペットボトルのワインもあった。
こんなに買って大丈夫なのか、と尋ねると、「アーサー君の好みがわかんなかったから適当に買ってきただけ」と笑いながらチューハイを小さなグラスに注ぐ。
「お酌してあげよっか?」
「いい」
すでにこいつは酔っぱらってるんじゃないか。
そんな疑念を抱きながら、ペットボトルのワインを開ける。
風味も何もあったものではないが、味のみを楽しむためのものだと思えば、これを安く変えるのだとしたら、悪くはないのかもしれない。そう考えてペットボトルごと口をつける。みな美はワインはあまり好きではないから、全部飲んでいいよと渡してきたのだから、そうしても問題はないと思った。
「やっぱ一口ちょーだい」
「何で」
「人が飲んでると飲みたくなるよねー」
言いながらワインのペットボトルを口に向けて傾ける。
ゴクリ、とみな美の喉が音を鳴らして、口元が動く。
それがとても官能的に思えて、生唾を飲んだ。
「ん? なーに?」
「何でもない」
喉の渇きを覚えたから、もう一度ワインを口に含んだ。
血が、飲みたい。
そんな気分を振り払うために、もう一口。
「アーサー君」
アルコールによって顔を少し赤くしたみな美がこちらを見る。
潤んだ目、赤い頬、濡れた唇。すべてが煽情的で思わず目を背けたくなるのを、彼女は許さなかった。
「壁ドンしてみてくれない?」
「は?」
何を言い出したんだこいつは。
というよりも缶チューハイ一本でそんなに酔っぱらうものなのか、人間の娘は。
「いや、今日蛍ちゃんとね。『壁ドンって何でときめくのか』っていう話になってね」
蛍ちゃん。
一緒に外食をした女子のうちの、金髪ではない方という認識でしかないが、どうやらみな美がアルバイト先で一番気が合うのは彼女らしい。
「『実際やってみてもらえば?』って言われてそれもそっかーって思って」
「そうか」
やっぱり、酔っている。
潤んだ瞳で、期待をした目でこちらを見る。
その姿を愛らしいと思うと同時に憎らしくも思う。
俺は、みな美の過去を聞いたあの日から彼女を見ないようにしていたというのに。
見れば、きっと抱きしめてしまう。
愛しいと口にしてしまう。
けれど、それはダメなのだ。吸血鬼と人間は永遠に一緒にはいられない。それを忘れたことはなかったのに。
「隣の部屋に対して壁を叩いてみればいいんじゃないか」
「アーサー君、それ違う。それ正しいやつ」
わかっている。
わかっているけれど、こうやって話題を逸らさなければ、きっと俺はみな美を傷つける。ペットボトルを煽って、ワインを飲みほした。
「アーサー君、ほら早く」
壁に背を預けるようにして、とんとん、と壁をノックする。
なんというか雑だ。だからお前は危機感がないというんだ。
自分に惚れている男を容易に近づけるんじゃない。
苛立ちを込めて、俺はみな美の顔にある壁に手をついた。
必然的に距離は近くなり、熱を持ったみな美の瞳が俺を見上げる形になる。
「どうだ」
「ちょ―近い」
何と色気のない答えだろうか。
「だろうな」
「やっぱり実際やられてるのはダメで、キュンってきちゃうのは、他の人にやってるのを他から見てるからなのかな?」
「そうなんじゃないか? あとは、多分こうやって女子に迫る男子は大抵余裕がないから、余裕なく女子を求めてる男子を見て、お前らは萌えているんじゃないか?」
「そっか、なるほど!」
答えが出たようなので、壁から手を放す。
「こっちの焼酎もあけるぞ」
どうせ飲んだところで酔いもしないが、好きな女を目の前に手を出してはいけないという状況への憂さ晴らしには、酒が必要だと思ったのだ。
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