「多分そういうことだと思う」
バイトから帰る途中、「変わった」って言われたことについて考えた。
まずご飯が変わった。いつでもおいしいご飯が食べられるようになったのはとても嬉しい。
それから、アニメを見るときもアーサー君は一緒に観てくれるから、解説をするようになって考察が捗るようになった。
後変わったことといえば、肩がちょっとだけ動きやすくなった。
変わったというのならそれくらい。
うん。これくらいだ。
内面は多分変わってないはずなんだけど。
「ただいまー」
あ、これも変わったことの一つかも。
「ただいま」って誰かに対して言えるようになって、「おかえり」って返してくれることが嬉しくて心がちょっと弾んでるのかもしれない。
「おかえり」
アーサー君は、玄関を開けたらすぐに見えるキッチンの前で、料理を作っていた。
事前に帰る時刻を言っておくと、その時間に合わせてご飯作ってくれる。やってることは完全に主夫だ。
アーサー君の作るご飯はイギリス人とは思えないほどおいしい。いや、イギリス人の作るご飯がおいしくないのは偏見だとは思ってはいるんだけど。
「どうした。突っ立って」
「ううん、イギリス人の作るご飯のおいしさについて考えてただけ」
「あー……」
苦笑いするアーサー君。どうやら身に覚えはあるらしい。昔お母さんの作るものがおいしくなさ過ぎて、今でもお母さんが昔作っていたものの名前を見るとそれを避けるらしい。お母さんはどんなものを作ってたんだろう。
手を洗っている間に、お皿に盛りつけられていたご飯とお味噌汁と肉じゃがと、後ちょっとしたお漬物。本当にイギリス人かと疑ってしまうようなメニューだ。
「アーサー君は料理がイギリス人っぽくないね」
「料理は日本でしか学んでないからな。それはそうなる」
「フランスにも行ったことあったのに?」
「フランスでは食べるだけだった。ほとんど観光してただけだったからな」
ちなみに、フランスでようやくまともに人間の味覚を理解したらしい。血以上においしいものはないらしいけど。
「ちなみに今までおいしかった人間の料理は?」
「…………すきやき?」
「めっちゃ悩んだね」
やっぱり一番を決めるとなると難しい。つまりそこまで人間の食べ物に執着はしてないってことなんだろう。おいしいご飯は彼にとっては血だけなんだ。というよりも養分になるのが血だけって言うことになるのかも。
「ところで」
肉じゃがの最後の一個のじゃがいものを切り分けていると、アーサー君が唐突に言葉を発したので、目線をじゃがいもからアーサー君に移す。
「どうしたのアーサー君」
「腹が減った」
肉じゃが食べてないの? と聞いたところで無駄な話だった。
何度も言うけど彼の主食は血なのだ。何かが代替になったりはしない。
「ご飯食べ終わってからね」
「ん」
おいしいアーサー君のご飯に舌鼓を打ちながら、私は今日のアニメは何を見ようかと考えた。あれからアーサー君は私が貧血で倒れない程度の血の量を吸うことができるようになったらしく、血を吸われてもしばらくは動いていられるようになった。
お味噌汁の最後の一口を飲んで、お茶碗を片そうとする手をやっぱり取られる。
「おいこら後片付け」
「俺がやるから」
がぶり。
アーサー君は結構飢えると、こっちの話を聞かずに血を吸うことがある。
それはやめてって言ってるんだけど。
「ごちそうさま」
まぁ、仕方ないか。
だって彼は吸血鬼だし。
「後片付けしておくから、お前はアニメでも見てろ」
「はーい」
なんだかんだ労わってくれる優しさがあるだけ、まだましというものだ。
「そういえばね。私頼るようになったんだって」
「何の話だ」
「人を頼るってことを覚えていってるんだって。バイト先の上司が言ってた」
「ふぅん。俺のことを頼ってくれていると思っていいのか、それは」
そう聞かれると答えづらくはあるけど。
「多分そういうことだと思う」
なんだかんだ優しい吸血鬼は、今の私には必要な存在なのかもしれない。
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