「お互いにそんな気がないからです」
「なんか、人吉ちゃん変わった?」
「え?」
吸血鬼のお兄さん、アーサー君との同居を始めてから一週間が経過したころ、バイト先の休憩室で休憩していたところ上司である
「え、なんかミス連発してたりしますか!? すみません!」
「ああ、ごめんごめん。そうじゃなくてさ。何かこうしっかりしたっていうのかな」
「もとはしっかりしてなかったんですか?」
「ああ、そうじゃなくて……ごめん」
「いえ、私も揚げ足取りましたごめんなさい」
「わざとか、くっそ~」
有村さんは、柔らかく笑う人だ。
アルバイト先、カラオケCanto糸蔡一号店の最高責任者である彼は、ほかの社員さんたちと違って優しい。お金稼ぎにギラギラしてないし、アルバイトの子と気遣ってくれている。気遣い屋すぎてたまに不安になるけど。
日本の優しい人代表だと私は勝手に思っている。
こんな風にアルバイトがからかったりしても怒ったりはしない。度が過ぎると「今のはだめだぞ」ってちょっと叱るくらい。
「なんかさ。こう、もともとしっかりしてたんだけど更に。というかなんだろうな」
「何でしょうね?」
私に聞かれてもわからない。私は変わったつもりないし、変化といえばアーサー君が家に来たくらいだ。内面的なことが変わったと言われると心当たりはない。
「でもみっちゃん最近そそくさーって帰っていくよねー。彼氏でもできた―?」
「上野さん、休憩ですか?」
厨房と休憩室をつなぐ入口から話に割り込んできたのは、アルバイトチーフの
「んーん、暇だからこっちきただけー」
仕事せいと言いたいけど、暇ならいいやとも思ってしまうのがうちの店だったりする。
「で、どうなのみっちゃーん」
「彼氏は出来てないですよ」
彼氏は。
「でも人吉ちゃん彼氏いないの不思議だよね、普通にかわいいのに」
「ありがとうございます」
普通に可愛くても腐女子である私は、彼氏を探そうとも思ってない。
アニメのキャラクターが彼氏なんでしょ? って言われるかもしれないけど違う。私はアニメのキャラクターと付き合いたいわけでは断じてなく、キャラクター同士がイチャイチャしている空間の無機物になりたいのだ。
だからアニメ見て、同じアニメとかキャラクターが好きな同志さんとお話してる方が楽しくて、今以上の幸せを求めていないから彼氏を探す気がない。
「出会いがないんですよ。引きこもりですから」
「お外に出よう?」
「たまったアニメを消化するという予定で忙しくて……」
「あ、うん。ごめんわかった」
有村さんはオタクに理解がないわけではなくて、むしろ私と他二人のオタクの存在で完璧にオタクを理解している。
オタクの言うことを否定すると、誰も幸せにならないってちゃんと知っている人なのだ。
「でもみっちゃん、最近男の匂いするよね」
「え、嘘?」
誓ってアーサー君とは何もしてない。
距離が近いということもない。ただ一緒に同居しているだけなのに、匂いって移るものなの?
「嘘だけど。そういう反応するってことはー、やっぱ男できたんじゃん?」
「あ! 嵌めましたね! 上野さん!!」
上野さんは、どっちかっていうと他人をからかって遊ぶ人。
基本的に寂しがり屋の構って欲しがりさんなので、そうすることによって構ってもらえることを理解しているからこその行動なのだと思う。
「でも彼氏じゃないんだ?」
彼氏だったら出来ました。と普通に言えばいいのだから有村さんの疑問はもっともだ。
「うーんと、同居人が一番正しいですね。友達なんですけど、ちょっと職を失くしちゃって……、私が稼ぐ代わりに彼が家事とかをしてくれるっていう感じです」
「何で付き合ってないの?」
会ったばかりだからです。とは口が裂けても言えない。
「お互いにそんな気がないからです」
これは嘘じゃない。
私は人命じゃないな、鬼命救助のために彼と暮らしていて、彼も私が放っておけないんだと思う。実際に「お前は放っておくと死んでそう」なんて言われてしまった。肩こりがひどかっただけなのに。
「あ、わかった。人吉ちゃんが変わったって思った理由」
有村さんがぽんと、拳で手のひらを打った。
「人をちゃんと頼るときに頼れるようになったんだね」
「あー」
それは、あるかもしれない。
アーサー君が来てから「楽になったな」って思うことが増えた。
「さて、休憩終わり」
帰ったら「こんなこと言われた」ってアーサー君に話をしようと思ったら、なんだかやる気が出て来て、じっとしていられなくなる。
さぁ、仕事をしよう。
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