03.王国の魔物事情


 森を少し入った所で少女の腕を掴む。そこまで早く歩いてなかったのか、後ろを振り向けば出口は見える。


「お、おい!ここら辺は危ないから入っちゃだめだ!」


 少女は不思議そうに真っ直ぐハヤテを見つめる。仄暗い闇に怪しく光る赤い目、見ているだけで吸い込まれそうになる。


「なんで止めるの?私はこの先に用事がある。急いでるから」


 無機質な声。そう冷たく言い放った少女は手を振り切る。不意のことで手を離したハヤテをよそに、少女は森の奥へ進もうとする。しかし、その行く手を阻むように奥からガサガサと音が聞こえる。


「ギギィ…!」


 ゴブリンだ。緑の肌、所々爬虫類を連想させる体躯。ハヤテの身長にはほど遠いものの、筋肉がつき不気味に身体を揺らして近づいてくる。


「ニンゲン…!ツカマエル!」


 片手に持ったこん棒を担ぎ近づいてくる。少女に怯えた様子は無いが、このままでは危ない。距離は少女の方が近いのだ。


「ギギギィ!!」


 振りかぶるこん棒。虚空に何か見ているように少女は動かない。考えるより早くハヤテは少女に突っ込む。

 寸での所、少女ともつれ合う形で攻撃を避けられた。空振ったこん棒は近くの木に当たり、幹を大きく凹ませる。弾かれたこん棒は地面に落ちた。


「───こんなの喰らったら一溜まりもない!一撃与えて逃げないと…」


 ゆらりと体勢を立て直すゴブリン。少女は自分が何故倒されたのか分かってないようで、ジッと森の奥を見つめている。隙を見て少女の手を掴み立ち上がる。

 ハヤテは鎌を構えジリジリと森の入り口に足を向ける。次のゴブリンの攻撃をなんとか避け、鎌を刺す。ハヤテは倒せないにしろ、ダメージを与えれば離脱出来るはずと考える。

 ゴブリンはこん棒を構え直し機をうかがう。こんな危機的状況にあっても依然、少女の目は奥に向いている。

 ────二撃目が来た。素早く少女を引き寄せ回避行動に移る。しかし…先を読んだのか、逃げ道を塞ぐようにこん棒の軌道は襲いかかる。


「ま、まずい───」


 咄嗟に少女を抱き鎌で弾こうとする。だが、威力は消しきれず鎌は手元から割れ、グシャリとハヤテ達をなぎ倒す。


「っ───ぁぁぁぁぁ!!!」


 声にならない声。まともに喰らった訳ではないが、左腕を打ち抜かれる。二人は飛ばされ、横たわる。ハヤテの左腕はだらりと落ち、激痛が身体を貫く。チェックメイト…詰みだ。ゴブリンはニタニタと笑いながらこん棒を担いで歩み寄る。

 ───このままでは少女諸共殺される。咄嗟の判断だったのか、身体が勝手に動いたのか、ハヤテは少女を守ろうと覆い被さる。一方で、少女は表情一つ変えることなく何かを呟いているようだが、全く耳には入ってこない。

 そして振り下ろされるゴブリンの一撃。それは時が止まったかのようにゆっくりと流れるように見える。あぁ…ここで…こんな所で死んで───


『堅牢な大地よ我を守りなさい』

『鋭利な風よ敵を切り裂きなさい』


 瞬間───何が起こったのか理解が追いつかなかった。分かったのはゴブリンが胴から真っ二つに裂け上半身は地を舐め、臓物をまき散らす。残った下半身からは、ただただ血が噴き出すだけだった。こん棒は目の前の何かに弾かれ、地面に突き刺さり無残にも血の雨を浴びる。

 辺りを見ると土塊が盾を作り、風が周りの木をなぎ倒している。そして二匹の精霊。

 ハヤテに訪れる死への恐怖感、左腕から身体全体に走る激痛。それを横目に少女は土を払い立ち上がる。ハヤテを一瞥して何かを呟いたようだが、その言葉は耳から遠く、何も聞こえない。ハヤテは声を出そうにも声帯が震えず、言葉を紡ぐことは出来なかった。少女が闇に消えて行くのをただ見ることしか出来ず、そこで意識が途絶えた───。













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