第17話 温もり
「散れ!」
俺の掛け声と共に全員が別方向にばらける。一瞬前までいた場所をアルバートの巨大な右腕が襲う。叩きつけられた拳が地面を揺らす。
「うっ……!」
まだ完全に力の入らないシャルロッテがバランスを崩しかけるが、かろうじて踏み留まる。立ち止まった彼女にもう片方の腕が振り下ろされようとする。
「させない」
俺は叩きつけられたままの右腕に近づき、駆けあがる。手に持つロウに魔力を流し込むと刀身が青白く輝き、金属が響くような音が吐き出される。肩まで駆けあがった俺はそのまま反対側へ飛び、左腕の付け根に剣を振り下ろす。
「なっ」
俺は信じられない思いでそれを見た。ロウの刀身は、結晶の左腕に食い込んだかと思うと、そのまま腕を真っ二つに切り裂いた。切り落とされた腕はシャルロッテに届く前に地面に落ちる。受け身を取り地面に着地する。巨人は結晶の詰まった腕の切り口を狼狽えるように眺めた。
俺は最初、攻撃の軌道を逸らせさえすればいいと考えていた。そうでなくともアルバートの注意がこちらに向けば攻撃を中断させられると。だが、振り下ろした聖剣は奴の強固な腕をバターのように切り裂いた。ほとんど力はいらなかった。込めた魔力も、全体のごくわずかな量でしかない。それが、これほどまでの威力とは。だが今は驚いている暇はない。巨人はすぐさま腕を再生しようとする。
「はああっ!」
シャルロッテがすかさず飛び上がり巨人の胸を連続で殴りつける。巨人が後退し、その強固な体にヒビが入る。巨人は着地したシャルロッテを残った右腕で叩き潰そうとする。だが遅い。すでに俺は腕の真横に接近していた。剣を振り下ろし、持ち上げようとした右腕を切りつける。結晶の腕が肘あたりで切り落とされる
「……!」両腕を失った巨人は大きく地団駄を踏み暴れだす。巨人が体全体を大きく振るとそこから鋭利な結晶が飛び散り、周囲にあるものを手当たり次第に切り裂こうとする。そのうちの一発が俺めがけて飛んでくる。
「うっ……!」
シャルロッテが滑り込むように俺の傍に駆け付けたかと思うと、結晶の礫を素早い動きでつかみ取る。掴んだ手のひらが切り裂かれ、血がポタポタと滴り落ちる。
「すまない、大丈夫か!」
「ええ、体も多少丈夫になってますので。ですが、これでは奴に近づけません。どうすれば……」
シャルロッテは礫を投げ捨て、悔し気に巨人を睨む。巨人は暴れながら傷口に新たな結晶を増殖させてゆく。確かに今の状態で近づけば結晶の礫で体をズタズタに引き裂かれるだろう。なんとか動きを止められれば……。
「いや、大丈夫だ」
俺はそう言った
「え、どういうことですの?」
「彼女がいる」
俺の視線の先には、巨人から少し離れた場所に佇むロロがいた。彼女は弓を構え、巨人の動きを注視している。
「……」
彼女は無言で矢を放つ。緑色の輝きを持った矢は巨人の足には刺さらず近くの地面に命中する。ロロの方向に礫が飛び散る。だが彼女は逃げず、彼女は最小限の動きだけで躱す。礫が頬をかすめ、ふくらはぎを切り裂く。それでもなお弓を構え、矢を放つ。またしても矢は外れ地面に突き刺さる。
「あの人は一体何を……?」
「シャルロッテ、準備を」
「え?」
シャルロッテは訳が分からぬといった顔で両者を交互に見る。
「……!」
その時、暴れていた巨人が突如地団駄をやめ、ふらつきながらバランスを崩す。見れば巨人の足元の地面、その一部が抉られたように陥没している。巨人の片足がそこに嵌り動きが封じられたのだ。ロロが同じ場所腐食の矢を撃ち続けていたのはこのためだった。上半身の動きも止まり、礫が吐き出されなくなる。
「アルヴァ!シャルロッテ!今だ!」
ロロが振り向きながら叫ぶ。
「……! ええ、わかりました!」
シャルロッテはほんの一瞬驚いた後、勢いよく地面を蹴り駆けだす。俺もその後に続く。巨人はもがきながらようやく足を引き抜く。
「おおおおおっ!」
シャルロッテは飛びあがり、胴体を更に拳で殴りつける。結晶の体に先ほどよりも大きな亀裂が入る。巨人はほとんど元通りになった両腕でシャルロッテを攻撃しようとする。その時には俺は巨人の足元へと到達していた。
「はあっ!」
右足を切りつけ、真っ二つにする。切り口ずれ、断面が地面にめり込み巨人がバランスを崩す。間髪入れず俺は駆け出し、もう片方の足も切り落とす。両足を失った巨人は悲鳴にも似た咆哮を上げ機能を停止する。
シャルロッテは再び跳躍し、横向きになると両足をバネのように縮めた。
「アル……バートォ!」
そして渾身の力を込め、巨人の胸を蹴りつけた。破砕音が鳴り響き、辺りに結晶が飛び散り、降り注ぐ。
「ぐうっ!?」
砕けた胴体部の中からアルバートの体が除いた。巨人の体は衝撃で仰向けに倒れる。結晶の中からアルバートが這い出して来る。俺とシャルロッテは駆け寄ろうとした。
「近寄るな!」
アルバートが憤怒の形相で叫ぶと、巨人の体が分解され、一つ一つが結晶の礫となりこちらに飛来し俺とシャルロッテ、ロロにも襲い掛かる。
「どうして邪魔をする!僕は君を、皆を守りたいだけなんだ!これがあればそれが成せる。どうして分かってくれない……!」
「それは、後でゆっくり話しあえよ」
アルバートの肩に何かが触れた。ぼんやりとした輪郭を残す、透明な何かだったが、声ですぐに誰か分かった。アルバートがはっとして振り返る。やがて彼がかけていた魔術が解け、その姿が露になる。
「あいつ、姿が見えないと思ったら」
ロロがそう呟く。自分の背後に立つグレインの姿にアルバートはわなわなと肩を震わした。
「貴様……いつの間に?」
「コソコソすんのは得意でな。じゃ、ちょっとばかし痛えぞ」
「やめ」
アルバートが言いかけた時には、すでに彼の手を伝い彼の体に魔力を流し込まれていた。アルバートが叫び声を上げ、全身を震わす。抵抗を許さず、だが決して彼自身を破壊しない魔力の流れ。魔術を扱うグレインだからこそできる技。
やがて、アルバートの目から黒い輝きが失われたかと思うと、その体からあの水晶体が逃げるように飛び出し、空高くに浮かんだ。
「持ち上げてくれ!」
俺はシャルロッテにそう言った。彼女はすぐに察し、中腰になり両拳を合わせる。 俺は駆け、その小さな手に飛び乗った。
「いって、らっしゃい!」
シャルロッテが両手を勢いよく振りあげる。体が砲弾の如く吹き飛び、宙に浮かぶ。そのまま俺は水晶の更に上まで到達した。落下しながらロウを上段に構え、残りの魔力を全て流し込む。剣が青白い輝きを放つ。それは水晶が放つ黒い輝きの対極のように思えた。水晶が眼前に迫る。結局これはなんだったのか、誰にも分からないし、もはやどうでもいいことだった。やるべきことは変わらない。
「消えろ」
聖剣を振り下ろす。刃と水晶が触れあった。その瞬間、水晶は断末魔を上げるかの如く激しい音と光を放ち、その身を震わせ、粉々に砕け散った。後には黒い灰のようなものが残り、それもやがて霧散して消えた。
体が落下していく。よく考えたら着地するときの事を考えていなかった。相当な高さだから落ちたら痛いじゃすまないかもしれない。
「ほっ!」
そう思っていたら、落下地点にシャルロッテが滑り込んで俺を受け止めた。
「普通に落ちてくるとは思いませんでしたわよ」
「ごめん、忘れてた」
「あなたという人は……」
シャルロッテが呆れたように息を吐き、俺を地面に降ろす。
「相変わらず無茶するやつだぜ」
「まあ、とりあえずは無事でよかったか」
二人もこちらに駆け寄ってくる。グレインの背にアルバートが抱えられていた。アルバートは弱弱しく顔を上げ、シャルロッテを見る。
「シャルロッテ……僕は」
「いいんです、何も言わないで」
シャルロッテはだらりと垂れた彼の手を両手で握った。
「帰りましょう。皆が待ってます」
「……うん」
アルバートは小さく頷く。その頬を一筋の涙が伝った。
「あなた方には大変お世話になりました。感謝の言葉もありません」
アルバートが深々と頭を下げる。俺たちは小人の国、その出入り口の傍にいた。
あの後俺たちはアルバートを連れて彼の屋敷へと戻っていった。救出後アルバートはしばらくぐったりしていたが、大きな怪我もなく翌朝には回復しており、また例の黒い水晶による影響も見られなかった。だがシャルロッテのあの異常な怪力は今だ元に戻っていない。水晶と長い間融合していたからではと考えられたが、憶測の域は出ない。
「あぁ……頭いてえ」
「あれだけガブガブ酒飲んでたらそりゃそうだろう」
「タダ酒だぞ。飲まねえと勿体ないだろうが」
そう言いながらグレインは顔をしかめ、拳で頭を何度も叩く。
元々依頼を済ませた後はすぐに出発するつもりだったが、アルバートとシャルロッテがどうしてもお礼をしたいと国全体で宴の席を設けてくれた。宴では歌や踊り、その他様々な催しが一日を通して行われた。当然食事や酒の類も大量に振舞われ、グレインはそれの餌食になったというわけだ。かくいう俺も半ば強制的に酒を注がれ、少々二日酔い気味だ。
「ところで、シャルロッテはまだ寝ているのか? 最後ぐらい挨拶をしておきたいと思ったんだけど」
俺がそう言うと、アルバートは言いづらそうに視線を泳がす。
「それは……実は、言うタイミングを逃してしまったのですが」
「お待たせしましたー!」
その時、アルバートの後ろから快活な声が聞こえた。見ればシャルロッテがこちらに猛然走り来ていた。その背中には身の丈よりも大きい荷物が背負われている。
「ハァ……ハァ……すいません。準備に手間取りまして」
「準備って……おまえその荷物まさか」
グレインがシャルロッテを指さす。
「その通り!わたくし、皆さんに付いていくことに決めました!」
シャルルロッテはエッヘンとでも言う様に胸を逸らし腰に手を当てる。
「すいません、彼女がどうしても行くと言って聞かなくて」
「一体、どういうことなんだ」
「理由は三つあります」
ロロの言葉にシャルロッテが指を三本立てる。
「一つ目は、わたくし達が受けた恩はその剣一本では到底返しきれず、恩義の報いるためにもあなた方に協力したいと思ったから。二つ目は、人間と魔族の争いが我々小人族にとっても他人事ではないからです。今はまだ安全ですが、今後魔族が攻めてくるような来るようなことがあれば我々の国もそれに巻き込まれる可能性があります。ですので民を守るためにも、この戦争は是が非でも収めるべきだと考えたためです。そして三つ目は」
シャルロッテは言葉を切り、すぐに続けた。
「三つ目は、例の水晶に与えられた力がまだ消えていないからです。このままでは民を不安にさせてしまう恐れがあります。ですので、この力が消える、あるいは消えずとも完全に制御できるようになるまで、この国を離れるべきだと考えました」
「シャルロ、それは」
アルバートが何か言おうとしたのを手で制し、シャルロッテは俺達に向き直る。
「勝手なのは重々承知しています。ですから、迷惑ならキッパリとおっしゃってもらって構いません。その時は私一人で旅に出ることにしますので。ですが、どうか」
「分かった、いいよ」
「どうかお願いしま……えっ?」
シャルロッテが下げようとしていた頭を戻し、驚いた顔で俺を見た。
「どうしたんだそんな顔して」
今度は俺が驚きシャルロッテを見る。
「え、だってそんな簡単でよろしいんですの?てっきり渋られるものかと」
「君が決心したなら。俺がそれを断る理由はない」
「そ、そういうものですか」
「正直なところ俺らの面子はちょい力不足だと思ってたし、あんたが入ってくれるなら渡りに船ってところか」
グレインが腕を組みそう言った。ロロは何か言いたげな視線を彼に送っていたが、やめてシャルロッテを見た。
「まあ、そういうわけだから変に気負う必要はないぞ。お前が付いてくるというなら。私達は歓迎する。
「皆さん……ありがとうございます!」
シャルロッテはもう一度大きく頭を下げた。背中の荷物が方からずり落ちそうになり、慌ててシャルロッテが姿勢を戻す。アルバートはそれを見て笑みを浮かべた後、俺達の前に進みでる
「では、国の入口まで私が送っていきましょう。皆さんの大きさも元に戻さないといけませんし」
「そう言えば小さくなったままだった」
「忘れるなよ……」
「ハハハ……では行きましょう」
アルバートが門の方に進み出る。俺達も後に続こうとした、その時。
「なんか、声が聞こえないか?」
ロロがそう言って立ち止まる。
「ああ?そういやなんか足音みたいのが聞こえ……おいあれ」
グレインが後ろを向き指を指す。全員がその方向を振り返る。
「ああ、よかった間に合いました!」
そこには兵士のエリックがいた。いや、エリックだけではない。その後ろにはこの国に住んでいると思われる小人達おおよそ全員が勢ぞろいしていた。アルバートとシャルロッテが驚きの声を上げる。
「あなた達、どうしてここに!?」
「勇者様達が黙って出ていってしまううえ、シャルロッテ様まで付いていかれるというんですから、慌てて皆を集めてきたんですよ!」
「朝から姿が見えないと思ったらそんな事をしてたのですか」
「シャルロッテ様ー!」
小人の一人が群衆の中から前に出る。それにつられ他の住人達も進み出て俺達に前に来る。
「シャルロッテ様行ってしまうですかー!」「お元気でー!」「国の事は私達にまかせてください!」「いつまでも待ってます!」「帰ったらお話聞かせてください!」「勇者様達もご無事でー!」「お土産お願いします!」「ウオオーッ!」
彼らは口々に声を上げシャルロッテを見送る。
「あなた達……」
シャルロッテは涙ぐみ、それを手で拭うと笑顔で彼らに手を振った。
「ありがとう!必ず、またいつか戻ってきます!それまでお元気で!」
そしてシャルロッテ振り返り、外へと通じる門を通り抜ける。俺達も見送る小人達に手を振った後あとに続く。
「三つめの理由は、必要なかったかもしれないね」
アルバートがシャルロッテの肩に手を置いた
「ええ、本当に……」
彼女の目元からはまた涙があふれ出る。それも拭っても、後から後から涙が流れていく。閉じられた門の向こうからは、小人達の声がまだに響いていた。
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