第16話 神器

「やめろアルバート。それを捨てるんだ」

 俺は踏み出しながらアルバートに警告する。彼はそれを聞きクツクツと笑う。

「捨てる? 何故だい? 僕はこれに操られていない。危険じゃないものを、わざわざ捨てる必要はないだろう。なにより、こんな素晴らしい物を」

 アルバートはそう言い、水晶をうっとりした様子で眺める。操られていないと彼は言った。だがたった今の彼の言動と、歪んだ色に染まったその瞳を見れば、アルバートが正常な状態に無いのは誰の目にも明らかだった。


「何を……言っているのアルバート」

 毒の抜け切らない体で、シャルロッテは懸命に体を起こしアルバートを見た。

「さっきの私を見たでしょう? それは恐ろしい……人の精神を狂わす代物よ。お願いだから、早くそれを……」

「シャルロ。私……いや、僕たちはなんで生まれたと思う?」

 水晶を手で弄びながらアルバートはそう言った。意図の読めない質問にシャルロッテは言葉に詰まる。


「僕たち小人は、弱い。人間と同じ知性を持ちながら、彼らより遥かに。人間が僕たちを潰そうと思ったら、きっといつでも滅ぼせるだろう。それこそ、虫を殺すように。だがそんな中で僕と君はバースという力を持って生まれてきた。何故か? 守るためだ。人間や、他の種族から仲間を」

「人間と争う気なんてないわ」

「今はそうかもしれない。けど、世の中絶対はない。種族全体か、あるいは個人の些細な対立で争うことになる可能性はいくらでもある。そんな時、一体誰が戦う? 僕が王子になる前は兵士すらいなかった、無邪気で、世間知らずの小人達が、いったいどうやって」


 アルバートは矢継ぎ早に言葉を紡ぎ、手のひらの水晶を掲げる。

「これを手にしたとき、僕の力が途方もなく強まったのを感じた。その時理解したよ。これは、神が与えた贈り物だと。あらゆる敵から、この国と民を守るために、僕と君に授けられた神器だと。だから僕は守る。この力で国と民を。君さえも、もはや戦う必要はない。私一人で、すべて守ってみせる」

 高らかに笑い声を上げるアルバートをシャルロッテは力なく見つめる。アルバートは次に俺達三人を見渡した。

「君たちにも、世話になったね。けどこれ以上は余計だ。大人しく引き下がるなら、約束通り聖剣はお渡しするよ。どうせあれは僕たちには無用の長物だからね」


「……だってよ。どうするアルヴァ?」

 グレインは警戒を緩めぬまま俺に判断を仰ぐ。確かに、依頼通りシャルロッテは無事に救出した。彼の言葉が本当なら自分達から人間達をどうこうするわけではないだろう。あくまで自衛、国が危機に陥った時の備え。それは決して悪い事ではない。つまり、これ以上はアルバートの言う通り余計な干渉ということになる。だけど……。

「断る」

 俺はキッパリとそう言った。その言葉にアルバートは眉間を寄せる。シャルロッテが驚いた表情で俺を見た。


「へえ、どうしてだい?」

「今のあなたはどう見てもさっきまでのアルバートじゃない。だから従う必要はないと感じた」

「違うな。これが本当の僕だ。心の内に隠していた、本当の僕の願いだ」

「同じことをシャルロッテが言っていた。だけど、今の彼女はどうなんだ?」

 アルバートはシャルロッテに視線を移す。膝をつく彼女には、もはや先ほどまでの殺意も狂気もなく、ただアルバートに対する祈るような眼差しがあった。


「……」

「俺は、今のあなたに正常な判断はできないと考える。だから自分の思ったままに行動する」

 俺は剣を拾い上げ、アルバートと対峙する。

「その水晶は取り除く。その後まだそれを欲するなら好きにすればいい、止めはしない。だけど、今は止める。これは俺の意思だ」

「貴様……」


「ま、そういうわけなんでな。こいつ一度決めたら聞かねえから」

 グレインが短刀をクルクルと回しながら取り出す。

「あんま他所の事情に口立ちしたかないが一言いわせてもらうと、それどう考えてもヤバイもんだぞ。そんなの与えた神なんざ、絶対ロクなもんじゃねえ」

「同感だ」

 ロロも同調する。

「最後の忠告だ。それを捨てるか破壊するかしろ。でなきゃ力づくで取り押さえるぞ」


 俺達三人に取り囲まれ、だがアルバートはなお笑い声をあげる。

「フフ……シャルロッテの時にうまくいったから調子に乗ってるのかな? じゃあ、みせてあげよう」

 アルバートが水晶を天高く掲げる。その光の脈拍がより一層強まる。

「これがこの神器の本当の力……いや、僕の力だ!」


 その瞬間、水晶から黒色の結晶状の物体があふれ出し、腕を伝いアルバートの体に纏わりつく。結晶は細胞の如く増殖を続け、アルバートの姿が完全に隠れた後も、その上に幾重にも重なり、覆いかぶさっていく。最終的にそれは一個の巨大な結晶の塊となった。

「これは、なんだ……?」

 俺は唖然として出来上がったそれ見上げる。やがて結晶体はブルブルと振動を始めたと思うと、内側からひび割れ砕け散った。


 そこから現れたのは、二足歩行する結晶の怪物とでも言うべき存在だった。大きさは人間より小柄だったが、それでも今の自分達からすれば巨人の如きサイズであり、黒光りする結晶からは叫び声にも似た咆哮がこだまする。

「ア、アルバート……」

 シャルロッテが絶望した様相で結晶の怪物と化したアルバートを見上げる。


「なんなんだありゃ。あの黒い水晶、こんなことまでできんのか……?」

「言ってる場合じゃない、来るぞ!」

 ロロが声を上げたと同時に、巨人が咆哮を上げながら拳を振り下ろす。俺は咄嗟にシャルロッテを担ぎあげ跳んだ。叩きつけられた地点を中心に地響きが鳴る。間一髪で避けれたが、一発喰らえば命の保証はないだろう。


 ロロは衝撃から逃れながら腐食の矢を撃ちこむ。結晶の体に撃ちこまれた矢はその表面をドロドロと溶かす。だがその直後、内側から盛り上がった細胞のごとき結晶が傷口に溢れ出し、あっという間に元に戻してしまう。

「再生しただと」

「まずい……あれだと攻撃が通らない」

「また来たぞ!」

 アルバートが足を上げ踏みつぶそうとする。俺達は動き回りながら攻撃を避ける。 動きは怠慢だが範囲と威力は先ほどのシャルロッテよりなお上だ。避け続けてもいずれ体力が先に尽きるだろう。それまでに手を打たなければ。


「皆さん……一つ聞いてください」

 その時、担がれていたシャルロッテが声を発した。

「どうした、シャルロッテ?」

「先ほど私の体から出たあの水晶……あれは自分から抜け出したのではないと思います。あの時の水晶は私の中で突然暴れだして、私の中から出ていきました。まるで追い出されたみたいに」

「つまり……どういうことだ?」

「動きを封じた時、既にあの水晶を追い出す条件が揃ってたってことか?」

 ロロが口にした予想にシャルロッテはコクリと頷く。


「だけど、それが何なのかは分かりません。私があなた達に出会ってされた事といえば攻撃くらいですが……」

「魔力だ」

 グレインが呟く。その言葉に全員が彼の方向を見る。

「あの時加えた攻撃はアルヴァの流し込みとロロの麻痺矢、どっちも魔力を使った攻撃だ。あの水晶も何かは分からねえが、あんな力持ってんだから魔力が関係してるのは間違いないはずだ」

「私達の魔力があの水晶の魔力と反発したってことか?」

「そこまでは知らねえよ。けど試してみる価値はあると思うぜ」

 グレインはそう言い結晶の巨人へ視線を移す。


「問題は、どうやってあれの中にいるアルバートへ魔力を通すってことだが」

「私がやります」

 そう言うと、シャルロッテは少し毒が抜けたのか俺の背から飛び降り、歩き出す。アルバートの元へ。ロロが慌てて止めようとする。

「無茶だ。まだ完全に麻痺が抜けていないし、第一どうやってあんな怪物を……」

「できます。今の私には」

 シャルロッテ構わず歩を進める。アルバートはもはや理性すら消え失せたのかシャルロッテに向けて巨大な手を振り下ろす。俺が駆けだそうとするとグレインが腕を掴んでくる。

「無理だ!お前まで死ぬぞ!」

「くっ……!」


 もはや間に合わない。巨人の腕はシャルロッテを叩きつぶし、原型を留めない肉塊へと変える……と思われた。

「はああっ!」

 シャルロッテは足に力を込めたかと思うと、すさまじい距離をジャンプし、圧倒間に巨人の顔面へと到達した。意表を突かれ巨人は硬直する。そして彼女は右手を引き絞り巨人の顔に真正面から拳を喰らわす。巨人は首を不自然な角度に曲げ、バキバキと音を立てながら倒れこむ。シャルロッテは地面に着地し、大きく息をつく。


「どうして……水晶は取り除いたはず」

 俺が驚きを隠せずにいるとシャルロッテがこちらに振り向く。

「どういうわけか分かりませんが、私にはまださっきの力が残っています。ですが今は僥倖。この力があれば、アルバートの動きを多少なりとも封じられます。あなた達はその隙に……」

「アルバート様!勇者様!御無事ですか!?」

 俺達が状況を整理しようとしていると、全く予想外の方向……市街地方面の道から声が響く。俺達は一斉にそちらを振り向く。


「エリック!どうしてここに!?」

 シャルロッテが驚愕に目を見開いた。そこにいたのは民を避難させてるはずの兵士、エリックだった。彼はひどく息を切らし、その手には布にくるまれた何かを抱えている。

「王女様、ご無事でしたか!……ですが、あの怪物は一体?それにアルバート様はいずこに?」

「……あれがアルバートです。私の代わりに水晶に体を乗っ取られて」

「そ、そんな……」

 エリックが力なくアルバートを見る。彼は倒れた巨体を起こそうと悪戦苦闘している様子だった。


「おいへこんでる場合じゃねえぞ。お前一体何しに来た」

「そ、そうでした。勇者様、これを」

 グレインに厳しい口調で問われ、エリックは慌てて俺に持っていた物を差し出して来る。

「これは?」

「本当は依頼を終えてからお渡しするように言われていました。ですが皆さまの力になるのではと思い、勝手を承知でお持ちしました」


 エリックは巻かれていた布をほどく。その中には一本の剣があった。形は俺の持つ長剣と大差はなかったが、その刀身は白く透き通り、光をそのまま形にしたと錯覚させるほどの神秘的な輝きを放っていた。

「これはまさか……」

 俺はその剣を手に取り、持ち上げる。

「そう、これこそが我ら小人族に伝わる宝であり神器、聖剣『ロウ』でございます!シャルロッテ様、一族の宝を無断で持ち出したことをどうかお許しください」

 エリックが頭を下げようとすると、シャルロッテが彼の肩を掴み止める。

「赦します……いや、むしろ大義ですエリック!あなた、はこの国一番の兵士です」

 シャルロッテが満面の笑みでエリックを称える。

「シャルロッテ様……」

「さあ、もう行きなさい。ここからはわたくし達が。あなたは引き続き民の護衛を優先しなさい」

「は、はい!どうかご無事で」


 エリック軽く頭を下げると踵を返し、元来た道を走り去っていく。俺達は再びアルバートの方へ向き直る。ようやく起き上がった彼は瞳のない顔で俺達を睨みつけ、咆哮を上げる。グレインがニヤリと笑った。

「なんかよ、運が向いてきたじゃねえか」

「油断して拳で吹き飛ばされたりするなよ」

「おめーこそ、ちょろちょろして踏みつぶされたりすんじゃねえぞ」


 二人が軽口を叩きあう。その様子に俺はほんの少し微笑む。そしてシャルロッテへと視線を移す。

「やれるか、シャルロッテ?」

「ええ、いつでもいけましてよ!」

「なんか、口調変わったか?」

「そこはいいではありませんか」

 彼女は苦笑いを浮かべる。

「そうだな、よし」

 俺は譲り受けた聖剣……ロウを構え、怪物と化したアルバートを見据える。

「行くぞ」

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