第11話 消えないモノ

 「マズハ貴様ラカラ殺シテヤロウ。脆弱ナ人間共メ」

 エリビュードがギョロギョロとした眼で俺とアルヴァを睨む。ロロは奴の巨体の反対側に避け、ヴァグラットと交戦している。

「へっ、偉そうに。神様ごっこで粋がってた小物のくせによ」

「我ハイズレコノ国ノアラユル魂ヲ喰ラウ。ソノ時我ハ何者ヲモ超エタ神トナルノダ!」

 怪物はひと際大きく吠えた。


「いずれかよ……」

 俺は呆れた表情でエリビュードを睨む。

「お前の事情は知らない。けど人や街を脅かす者を放ってはおけない」

 アルヴァは超然とした雰囲気を纏わせ宣言し、剣を突きつける。

「倒すぞ」

「痴レ者ガ!捻リツブシテクレル!」


 エリビュードが前足を大きく掲げアルヴァに向け振り下ろす。巨体故か動きは鈍い、当然避ける。だが避けたアルヴァに向けもう片方の足が迫る。

「危ねえぞ!」

「分かってる!」

 アルヴァは後ろに跳躍する。直前までいた場所に巨大な手のひらが叩きつけられる。その瞬間、勇者は手の甲に飛び乗り、あろうことかその腕を脱兎のごとく上り始めた。

「ナニッ!?」

 狼狽するエリビュードを尻目にアルヴァは肩を蹴り、頭部の真上に跳躍する。「ハッ!」そして真下めがけ一直線に長剣を突き下ろす。剣は垂直にエリビュードの 鼻筋に突き刺さる。だが。


「グロロロロ!ヤハリソノ程度カ!驚カセオッテ!」

 剣はわずかに貫通しただけでダメージはほとんど無し。強固な植物状の皮膚が奴の体を守っているのか。

「離レロ!」

 エリビュードは頭上のグレインを掴もうとする。

「くっ!」

 アルヴァは咄嗟に飛び降り、受け身をとり地面に着地する。そこにもう一方の手が迫る。


「そうはいくか!」

 俺は奴の目玉めがけ魔弾を放つ。

「グウッ!」

 威力は低いが、さすがに痛かったのか手を止め眼を抑える。その隙にアルヴァは体制を立て直す。

「助かった」

「無茶すんな!次は死ぬぞ!」

「ああ。でもごめん、また無茶をする」

「ああ!?」

 思わず叫び返す。


「普通の攻撃じゃ傷つけられないことは分かった。だから普通じゃない攻撃をする」

「何するつもりだ?」

 アルヴァは一拍間を置き答えた。

「あいつの頭に直接魔力を流し込んで、破壊する」


「なっ……」

 俺は絶句した。正気で言ってるのか?

「前に俺の魔力はかなり高いと言っただろ? 試してみる価値はあるはずだ」

 アルヴァは大まじめな顔でそう答えた。確かに魔力を破壊エネルギーに変えるのは簡単だ。魔弾もその応用だ。だがそれを直接流し込むとなれば話は別だ。


 当然、流し込むとするならばそれは奴の頭部だろう。他の部位では効果が薄いのは明白。つまりもう一度の奴の体をよじ登るということだ。自殺行為に等しい。だが俺は「できんのか?」と尋ねた。


「できる」

 アルヴァは一瞬の迷いもなくうなずいた。ああそうだ、こいつは冗談を言うやつじゃない。どんな馬鹿げたこともやれると信じてる。エリビュードが再びこちらを見据える。


 「……ああわかったよクソ!」

 俺は付けていたマナの手袋の片方を外し、アルヴァに投げ渡す。

「着けとけ!無しでやるよりはマシだろ!」

「ありがとう」

 アルヴァは手袋を右手に装着する。


「ゴチャゴチャト!何ヲ話シテオル!」

 エリビュードが憤怒の形相でこちらに迫ってくる。

「援護はまかせた」

 そう言いアルヴァは怪物へ向き直り、剣を構える。

「簡単に言うぜ!」

 俺はアルヴァから距離を取り、残った片方の手を構えた。



 迫りくるエリビュードを見ながら、俺は違う事を考えていた。最初にこの魔族を見た時、魔王軍による工作員かとも思った。和平交渉をしに行く以上、その自分達が不用意に魔族を殺傷するのはまずい。特に魔王軍の部下ともなれば、直接情報が魔王に届く可能性がある。そうなれば交渉以前の問題になる。


 だが、その言動を見て考えを改めた。こいつはただここに身を潜め、人間達の魂を喰らい力を強め、神とやらになろうとしていた、それだけだ。エリビュードが大口を開け噛みついてくる。横に転がり避ける。続け様の前足をその場で指の隙間をすり抜けるようにジャンプし、そのまま手の甲に乗る。


 そこに至るまでの理由はあったのだろうが、恐らくそれは人間と魔族の争いとは関係ないだろう。この魔物からは自分達人間に対する特別な感情は見られない。餌か、あるいは使い捨ての駒あたりがせいぜいだろう。

 そしてこんな場所にいることから考えても、他の魔族との繋がりがある可能性は極めて低い。つまり、ここでこいつを殺しても、誰も気づきはしない。


 エリビュードはもう片方の手で俺を掴み取ろうとする。グレインが再び眼に向け魔弾を放つ。瞼を閉じたことで直撃は防がれたが、一瞬眼を離したおかげで狙いがずれ、間一髪躱すことができた。肩まで到達し、蹴る。今度はすぐ頭部にしがみつく。「我ニ触レルナ!」

 エリビュードが頭部を激しく動かし振り落とそうとするのをしがみ付いてこらえる。


 何故、俺はこの状況でそんな事を考えているのだろう。先ほど村の人達が死んでるのを見た時もそうだった。自分は、やはり何か欠けているのだろうか? 人間として大切な物が……。

 いや、そうじゃない。それも今考えることじゃない。今はこいつを倒すことだけを考えるんだ。ロロのために。死んでいった人達のために。これから奴に殺されるかもしれない人達のために。


 その時、頭部に先ほど自分が付けたものよりも大きな傷跡があるのに気付く。ロロが付けたものか。俺は投げ飛ばされないよう頭部を這って移動し、そこまでたどり着く。傷は皮膚の部分の削り取っていただけで中身には届いていなかった。だが、十分だ。

「行くぞ」

 俺は右手で剣を引き抜き、力の限り突き刺す。剣の先が肉に突き刺さる。

「馬鹿メ!ソノ程度ノ攻撃!皮膚ガ無クトモ致命傷ニハ……」


 剣を持つ手に意識を集中する。

『体の生気とか、そういうもん全部流し込む感覚でいけ』

 グレインの言葉が頭をよぎる。剣が青白く光る。掌を伝い体から力が抜けていく。流し込め、限界まで。

「貴様、一体何ヲ……ゴオッ!?」

 剣の先からエリビュードに向けて魔力が流れ込んでいく。エリビュードの頭部が震え、内側から発行する。まだだ、まだいける。剣が振動し、ひび割れていく。


「ヤメロ!ヤメロ!俺様カラ離レロ!ハナレロオォォ!」

 エリビュードが怯え、手足をバタつかせのたうち回る。魔族も恐怖するんだな。そう思った。

「終わりだ」

 最後に残った魔力もすべて流し込む。その瞬間、剣が砕け散り、エリビュードの頭部が内側から爆発した。


「ゴオオオオォォォ!?」

 魔族は唸り声を上げながら、切り落とされた大木の如く地面に倒れこむ。俺は爆風で吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

「ごほっ……!」

 激痛が走り、肺の空気が押し出される。


「おい!大丈夫かおい!」

グレインが駆け寄り体を起こす。

「ご、ごめん。ギリギリまで粘った」

「馬鹿野郎!直前ぐらいで逃げとけ!……けど、これであのバケモンを流石におしまいに……」


 その時、耳に地面を踏みしめる音が響く。俺とアルヴァは同時に振り向く。

「冗談キツイぜ」

 グレインが青ざめた顔で呟く。


 「オオオオオオオオ!」

 エリビュードはよろめき、這いずるようにしてこちらに向かってきていた。爆発により頭部の右上は半壊、肉をむき出しにし、内側から霧のようなものを吹きだしながら、それでもなお生きていた。


「人間、如キガ!俺様ヲ、コケニ、シオッテ!」

 先ほどまでの尊大な態度は消え、ただその身を焦がさんばかりの怒りを纏いエリビュートは進んでくる。


 「立てるか?」

 グレインの問いに俺は首を横に振る。

「仕方ねえなオイ」

 すると彼は立ち上がり、短刀を引き抜く。

「何する気だ?」

「お前がしたのと同じ事試すんだよ。魔術に関しちゃお前よりベテランなんだぜ」

「無茶だ」

「それお前が言うかよ」


 グレインが捨て鉢な笑みを浮かべる。そしてエリビュードに向き直った。

「オ前カラ、先ニ、死ヌカ!」

「さあ、どっちが先かね」

 エリビュードが速度を上げる。グレインが駆けだそうとした。


 その時、ヒュッ、ヒュッ、という風切り音がなった

「あ?」

 直後、エリビュードののむき出しになった頭部に何かが突き刺さった。弓矢だ。

「ナ……」

 エリビュードはその場で固まる。矢が突き刺さった部分がジュウジュウと音を立てる。


 「……そうか、やったのか」

 矢の飛んできた方向を見る。そこにはロロが立っていた。エリビュードはガクガクと頭を震わせロロを見据える。

「オ、マ、エ、ハ……」

「腐食の弓矢、今度こそ効いただろ」

 エルフの狩人は、小さな声でそう告げた。

「もう、消えろ」


 腐食は内部を柔らかいに肉を次々に溶かしていく。眼がギョロギョロと蠢き、やがて虚ろになっていく。

「オ、俺様、ハ、カミ、ニ……ソシテ、魔王、ヲ……」

 最後に何事か言い残し、エイビュードはその場に倒れこんだ。そのまま二度と立ち上がることはなかった。

 人々の魂を喰らい、神になろうとした魔族は、ただの怪物として死んでいった。


 「……たくっ、締まらねえな」

 グレインはばつが悪そうに武器をしまい、肩をすくめた。俺は体に力をこめ辛うじて立ち上がる。

「無事か、お前たち」

 ロロが駆け寄ってくる。

「ああ。……やったんだな」

 そう言うとロロは頷く。


「ヴァグラッドは死んだ。逃げ延びた信徒もだ。全員、倒したんだ」

 ロロは言いづらそうに頬を掻く。

「その……ありがとう」

「いいんだ。俺達がしたくてやったことだ」

 俺がそう答えると。ロロはもう一度頷いた


「おい、あれ見ろ」

 グレインが何かを指さす。見れば、エリビュードの死体の全身から霧のようなものを巻き上がっている。

「あれは」

「聞いた事がある。魔族は死ぬと死体を残さずに、霧状になって消えると」


 ロロのその言葉通り、エリビュードの体は上の方から削れ、みるみる小さくなっていく。

「つくづくおかしな生き物だぜ。魔族ってのは」

 グレインは腕を組み、その様子を眺める。


「この後はどうする?」

 俺が問うと、ロロはわずかに顔を俯かせた。

「とりあえず、集落に戻って皆を埋葬する。その後は……正直、まだわからない」

「……そうか」

「んなら、さっさと戻って済ませちまおうぜ」

 そう言うとグレインは振り向き、歩き出す。ロロもその後に続く。俺は二人についていこうとして、ふと気になり、もう一度エリビュードを見た。


「えっ?」

 その瞬間、俺は驚きの声を上げた。

「あ?」

「どうした?」

 声につられ二人が振り返る


 今なお霧を吹きだすエリビュード。その死体から、霧とは別に何か光る物体があふれ出し、上空に上がっていく。それは神秘的な光景でもあった。

「なんだありゃ……」

グレインが呆気にとられ光の流れを目で追う。

「魂……」

 俺はポツリとつぶやくと、グレインが怪訝な目でこちらを見る。


「魂?まさかあれが、食われた奴らの魂だってのか?」

「分からない。でも、そんな気が……」

「おい、あれ!」

 ロロが声を張り上げる。その視線の先に、空へ登っていく光の奔流の中から、二つの光の玉がこちらに向かってきていた。

「一体なにが……」

 立て続けに起こる不可解な現象に、そう呟くのがやっとだった。


 二つの光はロロの前方に移動すると。形を変え始める。

「……え?」

 ロロが目を見開く。


 朧げだったそれは、やがて二人の人間へと姿を変えた。時間が経つにつれ、ぼんやりとしたシルエットだったそれは、徐々にその姿を鮮明にしていく。やがてそれはエルフの男と女だと言う事が分かった。


「ああ」

 弓が手から滑り落ちる。二人の顔が鮮明に映し出される。どこかロロの持つ雰囲気に似た二人。その顔に見覚えがあった。


「あああ」

 ロロの目から涙があふれる。


「……まじかよ」

 グレインが固まったままそう呟く。それはロロ両親だった。あの時、村の中で見た顔そのものだった。


 ロロが駆け出し、二人に飛びつく。

「うああ……ああああ!」

 ロロはもはや声を上げ号泣し、朧げな二人を抱きしめる。あの時とは違う。悲しみと、嬉しさが混じった涙を流し。

「ごめん……わたし……わたし・・・…うああああ!」


 両親は何も言わず、ただ微笑みを浮かべロロをやさしく撫でた。我が子の頑張りを褒めるように、ただ優しく。

 俺とグレインは何も言わず。やがてどちらからともなくその場を離れた。


 それは単なる自然現象か、あるいは家族の愛が起こした奇跡かは、俺達には分からなかった。だけど、今だけは奇跡を信じてみたい気持だった。

 静かな森に、ただ少女の泣き声だけが響いていた。



「やれやれやっと抜けれたぜ」

「以外と迷わなかったな」

 俺達はたった今巨大樹の森を抜け、王国の反対側へ到達したところだ。あの後死体を埋葬した俺達は無人の宿で一泊し、次の日村を後にした。村にあった物資は重さの都合もあり全部は持ってこれなかったが十分な量で、当分路銀や食料に困ることは無いだろう。


「まずはこの近くの町に行く。そこで集落で起こった事を町長に伝え、調査と連絡を依頼する。それでいいな?」

 ロロが地図を広げながらそう言った。


「ああ、かまわない」

アルヴァが頷く。だが俺は渋い顔をした。

「それはいいけどよ、お前マジでそっから付いてくんのか?」

「当然だ。二言は無い」

「前も言ったけど、俺ら魔族のとこへ行くんだぜ」


 魔界に交渉に行く、ということは当然多くの魔族と出会うことになる。全員がエリビュードみたいな奴ではないだろうが、中には悪辣な奴もいるだろう。そうでなくとも魔族に両親と村の住人を殺されたんだ。何かの拍子に怒りが爆発してもおかしくはない。そうなれば困るどころの話じゃない。だがロロはくどいとでもいう風に首を振った。


「村を襲ったのは狂った魔術師とただの怪物だ。他は関係ない。そもそもその理論なら私はエルフも憎まなきゃならないぞ」

「そりゃそうだが、こういうのは理屈じゃ」

「この話終わり」


 ロロは地図をたたみ鞄にしまう。

「私はお前たちに借りを返す、もう決めたことだ。足手まといにはならないから安心しろ」

 そう言いロロはアルヴァの傍に行き肩……は届かなかったのか腰の後ろを叩いた。

「よし、行こう。先導頼むぞ、勇者様」

「ああ、わかった」


 アルヴァが先を行き、その後をロロが付いていく。その顔は少しだけ笑っているようにも見えた。俺は髪を掻き、小さく溜息を吐いた。

「早くしろ、置いてくぞ」

「うっせえ。今行く」


 ロロの催促にぶっきらぼうに返し後を追う。日の光が照らす平原を、少し賑やかになった一行と共に、俺は進んで行った。

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