シャルロッテ編

第12話 小さな人

「着いたな」

 俺達が門を抜けた先には、広大な石造りの街並みが広がっていた。

「すごい人の数だな」

 ロロが辺りを見回し、少し驚いた様子で言った。

「これでも戦争の激化で前より人は減ってるらしいぜ。」

 グレインがそう答える。


 この街、通称西方都市は文字通り国の西側で最大の規模を誇る街だ。交易の拠点でもあるこの街は、首都にこそ及ばないがそれでも連日あらゆる物資が行き交い、それを求めて都市外からも多くの人が訪れる。


「あれは……」

「あん?」

 辺りを眺めながら歩いていると、ある物に気が付いた。街の中央に、女性をかたどった大きな石像が鎮座していた。通りかかる何人かはその石像に頭を下げ、祈りを捧げている。


「ありゃ、女神イマナの像だな」

「イマナ?」

 ロロが首をかしげる。

「お前知らねえのか?イマナって言えばこの国で一番信仰されている神だぞ」

「知らん。外の文化にはほとんど触れなかったし、第一宗教に興味はない」

 ロロは涼しい顔でそう言った。グレインがわざとらしく溜息を吐き、腹が立ったのかロロはグレインを軽く小突く。


「女神イマナはこの世界を生み出した地母神であり、同時に魔力を司る神であるとも言われている。この大地に満ちる魔力……いわゆるマナってよばれている物質もイマナの名から取られたものらしい」

 俺は淡々とそう答えた。

 

マナはこの世界のあらゆる場所に溢れる大地の魔力だ。人間が魔術を使った時消費される魔力はこのマナを吸収して回復する。時間が経つと再び魔術を使えるようになるのはそのためだ。


「何だお前詳しいな。実は信者だったりしたか?」

 グレインの問いに苦笑いで返す。

「そんなんじゃないさ。ただ、昔色々あってね」

「ふーん」


 グレインはそれ以上聞かなかった。興味がなかったか、俺の微妙な反応を汲み取ったのか。どちらにせよありがたかった。あの事はあまり話したくはない。

「それで、これからどうする?」

 ロロが話題を変える。


「とりあえず一度宿に行って、その後は自由行動にしたい。俺は折れた剣の代わりを探さなきゃいけないし」

「なら俺も回ってみたとこがあるし、別行動だな」「同じく」

 二人の言葉に頷く。

「じゃあ行こうか」

 そうして宿屋に着いた俺達は、部屋を確保した後それぞれ別行動を取ることになった。



 しばらくして、俺は街の一角にある武器を扱う店を見つけた。

「いらっしゃい!」

中に入ると、店主と思われる男が笑顔で迎える。背が低く、口元にたっぷりの髭を蓄えたドワーフの男だった。興味深げな自分の視線に気付いたのか店主が口を開く。


「なんだ兄ちゃん、ドワーフ見るのは初めてか」

「そういうわけでは……ただ首都の方ではあまり見かけなかったので」

「ああ、東側には同族は少ないらしいからな」

 店主はそう言い豪快に笑った。


 ドワーフはずんぐりとした体形と引き締まった筋肉が特徴的な種族だ。寿命は人間より少し長く平均120前後。子供の期間が長いだけのエルフと違いドワーフは成人しても背が低く、そう言った理由はから一時期は「小人」と呼ばれていた時期もあった。エルフ同様正確には人間とは違う種族だが、特別な理由が無い限りこの二つの種族も広義では人間として扱われる。それを良く思わない者もいるが。


「で、何をお求めだ? 見たところ兄ちゃん騎士みてえな恰好してるし、剣か槍ってところか」

「えっと、それなんですが。魔力を流せる剣ってありますか?」

「魔力を?」


店主は少し考えた後、首を横に振る。

「無いな」

「無いですか」

「鉄や石ってのは木と違って魔力の流れが悪い。唯一魔石が例外だが、あれは脆くてとてもじゃないが武器に使える物じゃねえ。たぶん、まともな店じゃどこ回っても無いだろうな」


「そうですか。無理言ってすいません」俺が頭を下げると、店主はまたも笑う。

「気にすんな。要望に応えられなくて悪かったな。普通の剣ならいくらでもあるから、それで勘弁してくれよ」

「ええ、ありがとうございます」


 そう言って店内に飾られている武器を物色しようとすると、ふと店主が顎に手を当て考える。

「だが、無いとは言い切れねえ」

「え?」

 先ほどの言葉を撤回するような発言に思わず呆気に取られる。


「いや、普通の店を回っても無いのは確実だ。あってもバッタもんがいいところだ。だけど魔石だって数年前までは発見されてなかったんだ。そういう鉱石があっても不思議じゃない……もっとも、本当にあるかは知らねえがな」

 そう言ってドワーフの店主はまた笑った。よく笑う人だと思った。それが少し羨ましく思えた



「で、結局普通の長剣買ってきたのか」

「うん」

 鞘に入れ壁に立てかけてある新品の剣を見ながらグレインはそう言った。あの後俺は宿屋に戻り、仲間たちと合流した。グレインは旅の道具と魔導書を数冊。ロロは矢の予備とその他雑多な物を仕入れてきていた。


 今俺達は二つ取った部屋の一つに集まっている。

「あの時は、普通の剣を使ったから壊れた上、魔力もほとんど消費してしまった。なら触媒ほど魔力の流れが良い武器ならもっと効率よくあの技を使えると思って」


 ロロが同意を示すように頷く。

「確かに、エリビュードの強固な皮膚に対して私達はあれ以外有効な攻撃を見いだせなかった。魔族とは極力争わないとはいえ、今後似たような魔物あたり出ないとも限らない」


 そう、脅威は魔族だけではない。噂では魔物は魔界に近いほど強力な種が増えるという。そういった意味でも単純な戦闘力を強化するのは無駄ではない。


「まあそれはいいけどよ、無いんだろ結局?」

「見つかってないだけかも」

「それを世間では無いっていうんだよ」グレインが指を突きつける。

「無いもんねだりしても仕方ねえ。わざわざ探しに寄り道もできねえし、武器も調達できたことだしそれで良いじゃねえか」


「それじゃ足りなかったらどうしようって話をしてるだぞ」ロロが口を挟む。

「それはその時に考えりゃいいんだよ」

「……前から思ってたが、お前たち行き当たりばったりすぎだろ。そもそも仮にも王が遣わした和平の使者なのにお供がお前だけってどういうことなんだ?」

ロロが呆れた口調で言う。


「それはこいつに言え。最初は俺すらいなかったんだぞ」

 グレインが指さす。俺は困ったように髪を掻く。

「まあ、色々あってね。かなり無茶言って飛び出してきたから、支援はほとんど受けられなかったんだ」


グレインは少し考え込み、言った。

「結局、お前って何者なんだよ? 恰好からして王城あたりの騎士だってのは分かるけどよ」

「それは……」

 俺は俯き黙り込んでしまう。それを見てバツが悪くなったグレインが溜息を吐く。


「話したくないならいいけどよ。別に困ることじゃねえし」

「……すまない」

「よし、この話は終わりだ」

ロロが立ち上がりわざとらしく欠伸をする。


「私はもう寝る。お前たちも明日は朝から出るんだから早めに休んでおけ」

 そう言ってロロは部屋から出ていく。

「あいつ、変なとこで空気読める奴だな……」

 グレインがロロの出ていった後を見ながらそう呟いた。

「まあなんだ、気にすんな。俺もあいつも知らないからどうってことはねえし」

 そう言ってグレインも椅子から立ち上がり、「便所」と言って部屋から出ていく。


 誰もいなくなった部屋で一人物思いに耽る。何故、自分は過去の事を言い出すのを躊躇ったのか。グレインに問われた時、自分の中に言いようのない不安が溢れ出したのを感じだ。それが何なのかは分からない。


 何故、俺は自分自身の事がこんなにも分からないんだ。

『お前は、なんのために生きてるんだ?』

 過去に問われた言葉が、今更のように脳裏にぶり返した。

「俺は……勇者じゃなきゃいけないんだ」



「……朝か」

 柔らかな朝日に照らされ目を覚ました。一夜が明けたものの、昨日わだかまりはまだ心に影を落としていた。


「お目覚めですか、勇者殿」

 ふいに隣から声が響く。

「え?」

 振り向くが、そこには誰もいない。グレインかと思ったが、彼はまだ隣のベッドで爆睡しているし、そもそも声が違った。

 「こちらです」

 またも声が響き、もう一度あたりを伺う。


 その時、部屋に備え付けられたテーブルに、手のひら大の人形のようなものが置かれているのに気付く。若い、貴族のような恰好をしていた。

「人形……?誰がこんなところに」

「人形ではございません。勇者殿」


「えっ」

 突如人形……いや、人形と思っていた物が口を開いた。ベッドから降り、顔を近づける。それは、サイズがあまりにも小さいが、間違いなく生きた人間だった。


「あ、あまり顔を近づけられるとこちらも恐ろしいのですが……」

 小さな人は若干困惑した様子でそう言った。

「ごめん」

 俺は慌てて顔を離す。

「えっと、君……いや、あなたは一体?」

「申し遅れました」

 彼は一度咳払いした後、姿勢を正し答えた。


「私の名はアルバート・フィリアム。小人族の王子であります。勇者殿、あなたの力をお借りしたい」

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