第8話 マナの申し子

 エルフは古くから森にすみ、狩りと共に暮らしてきた。だが魔術の広がりとともに多くの者が森から姿を消した。魔術師として高い適性がある今のエルフにとって、狩りはもはや前時代的な生き方でしかなかったからだ。それでも、今だ森から離れず、昔ながらの生き方に固執する者も少なくない。私の住む村もそうだった。


 私はこの村で生まれ、この森で育ってきた。エルフは人間に比べて体の成長が遅い。私はその中でも特に体が小さく、よく同年代の子供から馬鹿にされては泣いて家に帰ってきた。父さんはそんな私に強くあってほしいと、よく狩りの稽古をつけてくれた。厳しい訓練に何度もくじけそうになったが、その度に母さんが支え、励ましてくれた。


 私はがむしゃらに努力した。村では煙たがられる魔術にも手を出し、狩りの助けにした。数年後、もう泣かなくなったことに気付いた時、私は村で一番の狩人になっていた。両親は「ロロは私達の誇りだ」と言って褒めてくれた。私はそれがたまらなくうれしかった。


 けど、マナの申し子たちが村を襲ったあの日、私はなにもできなかった。一人の狩りから帰ってきた時、目に映ったのは取り囲まれる住人たちと、その中に混じる私の両親だった。私は集落の外で、驚愕と困惑で石のように固まっていた。

 そして信徒の一人が私の視線に気付いた時、私は逃げ出した。一人では太刀打ちできなかった。正しい判断だったはず。なのに、悔しさで涙が零れそうになる。あんな思いはしたくない。今度こそ助け出す。そう誓った。



「交代の時間だ」

「わかった」

 信徒の一人が魔術の手を止める。マナの申し子の拠点すぐ近く。そこには見上げるほど巨大な魔石があり、それに向けて数人の信徒が交代を行いながら常に同じ魔術を唱え続けている。魔石により増幅された魔術は紫色の光を纏いながら天高く登り、森全体へと拡散していく。


「《呪操》はうまくいっているか?」

「安定している、問題は無い。まもなく村のエルフ共が生贄を連れてくるだろう」

 呪操、聞いたことの無い魔術だ。だがそれが住人を操っているもので間違いないだろう。


「ヴァグラッド様はどこへ?」

「祭壇へ向かった。最後の準備をされにな」

「おお……ではついに我らの神が目覚めるのか!」

 我らが神? それが生贄とやらを集める理由か。最後のと言う事はそいつはもう目覚める寸前ということか。……だとしたらなぜ村の住人を生贄にしない? できない理由でもあるのか?


 そんな疑問が俺の頭をよぎったその時。

「何者だ!?」

 信徒の一人が叫び、それにつられて拠点で待機していた残りの奴らも現れる。「ちょっとは隠れるとかしろよあいつは……」

 小声でぼやきながら、ともかく俺は配置に付く。


 暗闇の奥から一人の男が歩み出てくる、アルヴァだ。その姿を見て信徒達がどよめく。

「貴様……まさか生贄の!」

「村の人にかけた魔術、解いてもらうぞ」アルヴァは腰の長剣を抜き放つ。

「呪操は継続しろ!残りの者はこいつを捕えよ。最悪殺してもかまわん!」


 リーダー格の男がそう叫ぶと信徒達は杖を掲げ一斉に魔弾を放ってきた。だがアルヴァは逃げはせず、飛び交う魔弾の間を縫うようにすり抜け前進する。そして、一番前にいたリーダー格の男に一瞬で接近した。


「え?」

 理解できないという顔をする信徒の頭が、次の瞬間宙を舞っていた。血しぶきがアルヴァを染める。

「やめるなら今のうちだ」

 勇者は冷たくそう言い放った。


「こ、殺せ!こいつを殺せ!」

 怒号の一瞬後、再び魔弾の雨をアルヴァを襲う。もはや手加減は無し。一発一発が地面をえぐり取るほどの威力だ。《雷撃》や《氷塊》の魔術を放つ者もいる。だが勇者はそれをことごとく躱す。そして同じように接近する、恐れなど知らぬように。


 剣を突き刺しまた一人殺す。その死体を盾にし、飛んできた魔弾を防ぐ。そのまま死体を構えたまま突進、敵の一人に投げつける。信徒が死体を慌ててどかすと、次の瞬間には体を袈裟斬りにされていた。全てが正確で、迷いが無い。想像以上だった。俺は身震いした。


「敵の武器は剣だけだ!《防護》を使え!」

 一人の信徒がそう叫ぶと、奴らは二人一組となり、一人が攻撃し、もう一人が透明の壁を作りだす。防護は自身の前方に魔力の壁を展開する。強度は使い手によって異なるが、エルフの術師ともなれば長剣の一撃などたやすく防ぐだろう。前方だけなら……。

「がっ」

 防護を展開していた信徒の一人が後方から矢を受け倒れる。隣の奴が驚愕で動きを止めた直後、アルヴァが接近して切り殺す。

「奇襲だ!もう一人いるぞ!」


 残念だが三人いるんだな。それを口には出さず俺は魔石と呪操を唱える信徒に接近する。術を唱える信徒たちはしきりに戦況を伺い、加勢すべきかどうか決めあぐねていた。注意が散漫だ。俺はそこに向けて手に持っていた物を投げる。


 丸いそれは一度跳ねたあとコロコロと転がり、呪操を唱える信徒たちの足者で止まった。

「ん?」

 一人がそれに気づき、訝し気に見たその瞬間、それは爆発した。

「ばっ」

 何人かの信徒がそれに巻き込まれ吹き飛ぶ。術を唱える手が一斉に止まる。


 魔力爆弾と言われるそれは文字通り特殊な容器に魔力を籠め爆弾とするものだ。火薬と違っていつでも用意できるうえ、あらかじめ魔力さえ注いでおけば魔術の適正が低い者でも高威力を確保できるすぐれものだ。


 だが扱いが難しく素人だと暴発する恐れがあるため、国が許可した者以外制作することはできない、つまり俺のは違法だ。もっとも今ここでそれを気にするものはいない。間髪いれず狼狽える信徒に接近し、ダガーを突き刺し殺す。敵全体は混乱状態。もはや壊滅寸前だった。


「に、逃げろ!逃げろ!」

「ひいっ!」

 生き残った信徒が敗北を確信し我先にと逃げ出す。木々の上から姿を現したロロは逃げる信徒の背を弓で撃ち殺していく。

「おい、そこらへんにしとけ」

 俺が声をかけるとロロはようやく手を止め、こちらに振り返った。

「一人逃がした。ヴァグラッドに報告される」

「かまわねえ、どうせ遅かれ早かれだ。こいつを破壊するのが先だ」

「なら、私がやる」


 そう言うとロロは腰に下げていた小さな鉈を取り出す。しばらくするとその刀に身緑色のドロリとしたものが集まってくる。《付与》。物に様々な効果を与える魔術だ。ロロたった今鉈に与えたのは「腐食」だ。

「離れてろ」

ロロはそう言って俺達を下がらせる。


 ロロは魔石が設置されている台座の根元に近づくとそこを鉈で切り付ける。たちまち緑色の液体がスライムのように広がり、台座を溶かしていく。

「ふっ!」

 グラつく魔石をロロが思いっきり蹴り飛ばすと、魔石はゆっくりと反対側に倒れ、轟音を鳴らして地面に叩きつけられ、粉々になった。


「これでもう呪操とやらは使えないのか?」

「たぶんな……」アルヴァの言葉に曖昧に頷く。

「この後はどうする?」

「とりあえず村の連中を起こす。そんで全員でヴァグラッドと祭壇とやらを調べ……」


「父さん、母さん……!」

 ロロがはやる気持ちを押えられないのか、一番に村めがけ走り出す。

「あ、おい待て馬鹿!」

「俺達も行こう」

 俺とアルヴァも後を追い走り出す。何もかも順調だった……はずだ。

「何だ……この感じ」

 呪操……最後の準備……俺はなにか言いようのない違和感を感じていた。


そしてそれは、最悪の形で的中することになった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る