第7話 抵抗者

 日が沈み、辺りが闇に包まれる。私は集落周辺の木に登り中を伺っていた。本来ならこの時間は見張り等の僅かな者を除いて住民は寝静まっているはずだ。だが今は違う。

 村の中にはいくつもの松明の炎が揺らめき、それが宿屋の周りを取り囲んでいた。皆幽鬼か亡者のように無表情だった。目的はあの旅人たちをとらえる事だろう。次の生贄のために。私はじっと身をひそめ観察する。


 まだ助けにはいかない。このまま大人しく捕らえられるようなら、どちらにしろ生き残るのは無理だろ。非道だろうと、私には果たすべき目的があるのだから。そのためならば……だが、どうやらそれは杞憂だったようだ。よく目を凝らせば、宿から少し離れた家屋の屋根を飛び渡る二つの輪郭がある。私は頷くと木々を飛び、やつらの元へと向かう。



「まったくとんだところへ来ちまったもんだな」

 俺は悪態をつきながら屋根の上を飛び渡る。宿を囲っている連中は俺達が逃げ出したことに気付いていないが、時間の問題だろう。

「おい、付いてきてるか?」

「ああ、まだ慣れないけど」

 後ろからアルヴァの声が響く、その姿は透明な輪郭だけが見えている。俺とアルヴァは《陽炎》で姿を隠していた。闇夜に紛れるにはちょうどいい。

「しかしエルフ共。まさか黒幕があいつらだったとはな」

 俺は見えない顔を忌々しくしかめた。

「一体何のために?」

「さあな。けどロクなもんじゃねえのは確かだ」


 最初に違和感を感じたのは村の住人たちの異様な視線だ。旅人など珍しくもないだろうに。直接目を合わせる奴はいなかったが、後ろからの視線は痛いほど感じていた。だからこそ警戒していた。


 そして決定的だったのが、宿屋でもてなされた夕飯だった。

「あの飯、魔術でなんか細工されてたな。毒か、生かして捕えるなら昏睡あたりか」「よく気が付いたな」

「魔術かじっておくととこういう時便利だ、お前もどうよ?」

「考えておくよ」

アルヴァは笑いもせずそう答えた。


 その時、俺達の行く先に一本の弓矢が突き刺さった。

「見つかったか!?」

 足を止め周囲を見回す。だが村の群衆はようやく俺達が宿のいないことに気付いたのか、辺りを探し回っている状態だ。なにより弓の飛んできた方向が違う。


「あれ、矢文だ」

 アルヴァに言われ刺さった矢を見れば確かに紙らしき物が巻き付いている。俺は注意深くそれを手に取り、広げた。


『屋根を降りて木箱をどかせ』紙にはそれだけ書かれていた。

「……どう思う?」俺はアルヴァに訊ねた。アルヴァは少し思案し、言った。

「乗ってみよう」

「よし」


 俺もその言葉に頷く。集落の出口は二か所あるがどちらも見張りがあると考えていい。戦闘になれば残りの連中に気付かれる恐れもある、そうなればマズイ。俺達は姿の見えない矢の主に従うことにした。


 屋根を飛び降りると、その木箱はすぐ見つかった。調べれば、木箱の後ろの壁に扉のようなものが見える。そしてこの壁の向こうは集落の外。

「よし、どかすぞ。手伝え」

「わかった」


 アルヴァと力を合わせ木箱を押しやり、隠された扉を開け森へと出る。扉は外から偽装され、一見壁とは見分けがつかない。緊急時の避難用通路あたりか。

「こっちだ」

 その時、森の奥から声が響いた。女の声だ。見れば少し離れた先にローブを羽織った人影がある。そいつは俺達に気付いているようだった。


「子供……?」

 かなり小さな人影だった。背丈で言えば10代の子供ぐらいか。そいつは答えず森の奥へと走り出した。俺達ももはや迷わず後を追った。



 どれぐらい走っただろうか。すでに《陽炎》は解け俺達は姿を晒していた。後ろから追手の気配はない、どうやら撒けたようだ。

「このあたりでいいか」


 先頭を走っていたローブの女はそう言うと立ち止まり、俺達の方へ向き直った。「あー、どうも。なんか知らんが助けてもらったみたいだな」

「ありがとう。でも、君は一体?」

 俺とアルヴァがそう訊ねると。女は羽織っていたローブを外した。


 あらわれたのはやはり子供だった。エルフ特有の尖った耳に、薄緑色の短髪、体にはサイズの小さい狩人のような服を纏っている。子供だが、その雰囲気はどこか大人びていた。

「私はロロ。あの村のエルフだ」


アルヴァはロロと名乗ったエルフの様子を伺う。

「エルフ……でも君はあの村人たちとは違うようだけど」

「そうだ、そしてそのためにお前たちを助けた」

 ロロは俺達の目を見据え言った。

「協力して欲しい、あの村を救うために」


 突然の申し出に俺とアルヴァは顔を見合わせる。

「おい待て、話が見えねえぞ。今さっきあの村の連中に襲われたばっかだってのに救うってのはどういうことだ」

 俺はつい口を挟む。確かに、あの群衆の様子は遠目から見ても以上だった、それと何か関係があるのか?


「皆操られているんだ。ヴァグラッドの奴らに」

「ヴァグラッド……あの村の長のことか?」

「あいつは長なんかじゃない!」

 突然ロロは語気を強め言い返す。はっとした顔の後、頭をふり冷静さを取り戻す。


「すまない、少し取り乱した」

「一体、何があったんだい?」

 アルヴァが宥めるように問いただす。ロロは頷き、その場に座りこみ話し始めた。俺達も腰を下ろし話を聞く。


「あそこは、私達が狩りをして暮らしてるだけの平和な村だった。だけど、一年ぐらいにおかしな連中がこの森にやってきた。『マナの申し子』を名乗ったそいつらを率いていたのが、ヴァグラッドだった。」


「マナの申し子だと?」俺は驚きの声をあげる。それに対しロロが首をかしげる。

「知っているのか?」

「魔術ギルドの一つ。いや、カルト集団か。とにかくその筋じゃ悪名高いのがマナの申し子だ。」

 それに対しアルヴァも頷く。

「俺も聞いた事がある。エルフ至上主義を掲げて、人間の魔術師やギルドを襲撃していると。規模は小さいが危険な存在で、国からは懸賞金も出ているほどだ。けどあちこち移動するからなかなか行方が掴めないらしくて」


 エルフは人間よりも圧倒的に魔術に対する適正が高い。だからこそ一部のエルフは人間の魔術師、あるいは人間そのものを軽視するやつもいる。マナの申し子はその最たる例だ。

「こんなとこに潜んで嫌がるとはな」

「そんな奴らだったとは……知ってさえいれば」

ロロが悔し気な表情を浮かべる。


「それで、その後は」

「ああ」

 アルヴァが続きを促すと、ロロははっとした表情の後話し始めた。

「それから、あいつらはこの集落の近くに拠点を置き始めた。何度か集落の中へ勧誘か何かをしにきたことはあったが、それ以外は特に害もなかったから村の住人もそこまで気にしていかった。けど……」

 ロロは俯く。その表情には怒りと後悔が滲んでいた。


「ある日、私が一人で狩りに出かけて、戻ってくると村の皆が奴らに拘束されていた。私は、助けることもできずにその場から逃げだした、一人で。それから、夜が明けてから様子を見に来るともう皆おかしくなっていた。そして、森を通ろうとする人間を生贄にするようになったんだ」


「生贄?」

「ああ、集落から北の方角にやつらの拠点があるが、その更に北に奴らの祭壇がある」

「何のための祭壇なんだ?」

 アルヴァが訪ねるが、ロロは首を横に振る。


「わからない。ただ、あいつらはその儀式のために生きた人間を攫ってそこに捧げている。そしてそのために村のエルフ達を洗脳した。わかってるのはそれだけだ……だけど、ついに突き止めたんだ」

 そう言うとロロは懐から地図を取り出し広げた。


「あいつらの拠点のすぐ近く、ここに巨大な魔石がある。奴らは複数人でこれに魔術を唱えて、あれだけの洗脳を可能にしているんだ」

「魔石か……」

 俺は顎をさすり地図を眺める。


 魔石はマナの木と同じく触媒に用いられる鉱石だ。特に大きな魔石は一か所に設置し魔術を唱えることでその効果と範囲を増大させる。この国の首都の中央にはとてつもなく巨大な魔石が置かれており、有事の際にはこれを通して大規模な魔術を発生させることもできる。

「これを破壊すれば皆の洗脳を解くことができる。だけど、私一人では奴らに太刀打ちできない」


「だから俺達か。なんで他の奴らには頼まない?」

 俺は率直な疑問を口にする。

「森の外には精々小さな村ぐらいしかない。生半可な戦力じゃ奴らに太刀打ちできないし、むしろ足手まといだ」

 そこまで言った後、ロロは一度口をつぐみ、言いづらそうに言葉を切り出す。


「それに……奴らに察知されて村の人間を人質に取られたら、戦えない。だから小数人で確実にやる必要があったんだ。森の中でお前たちを見つけた時、普通の奴らとは違う感じがした。だから、賭けた」

「賭けた、ね」

 俺はポツリとつぶやく。


「グレイン」

「ああ、だけどちょっと待て」

 俺はアルヴァが言いたい事を察し、そのうえで待ったをかけた。


「つまり、お前は端から俺達を利用するつもりで、そのうえで品定めしてたってことか?」

「……そうだ」

「恩を仇で返すようだがな。無理な話だ」俺はハッキリとそう言った。

「……!」

 ロロが唇をかみしめる。


「ハナから利用しようとしてたのもシャクだが、それだけじゃねえ。マナの申し子はカルトだが曲がりなりにもエルフの魔術師ギルドだ。強さもそこらの野盗の比じゃねえ、正直死ぬ危険もある」

「頼む」ロロはそうとだけ呟く。俺は頭を振った。

「俺やお前が死のうが知ったことじゃないが、こいつには一応使命があんだ。こんなとこでくたばるわけには……」


「頼む!」

 いきなりロロは両手をついて俺達に向かって土下座した。

「なっ」

 突然の行動に驚愕する。

「あいつらが皆をいつまで生かしておくか分からない。目的を終えたら皆も生贄にするかもしれない。私の父さんと母さんも……時間がない、お前たちだけなんだ……!」

 ロロ拳を握りしめる。その手と声は悔しさと恐怖で震えていた。


「俺からも頼む、グレイン」

そう言ったのはアルヴァだ。俺は眉を顰めるそいつを見る。

「わかってんのか、ここで死んだら何もかもおしまいだぞ」

「だけど、見捨ててはおけない」

「それは勇者としてか?」

 アルヴァの目を睨みつける。


「俺が助けたいんだ」

 アルヴァは真剣な目で俺を見返す。こんな時だけハッキリと言いやがって。

「頼む」俯くロロはもう一度そう呟いた。

「……あークソ!」

 俺は頭を掻きむしり、今だ地面に伏せるロロへ向き直った。


「言っとくが助けられた分でチャラになるわけじゃねえぞ!ちゃんとその分はあるんだろうな?」

「村に食料や金がある。助けられたなら好きなだけ持っていけ。私が説得する」

 ロロは僅かに顔を上げる。

「じゃあそれでいい、とっとと顔上げろ!」

 そう言ってロロを立ち上がらせる


「すまない」

「礼ならこっちの奴に言え。ほんとお人よしな奴だぜ、お前は」

 俺はわざとらしく肩をすくめる。

「つっても、どう攻めりゃいいんだかねこれは……」

「俺が先陣を切るって正面から行く」

 アルヴァが言った。


「俺が敵を引き付けてる隙をついてグレインとロロが奇襲する、それでどうだ」

「私はそれでいい」

「俺も。てかそれ以外思いつかないしな」

「決まりだ」

 アルヴァが頷きを俺達を見回した。

「行こう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る