ロロ編
第6話 エルフの森
森は今日も静かだ。木々がざわめく音と、小鳥がさえずる声だけが聞こえてくる。だが私は知っている。この森からは本来あるべき音が排除されていることを。
空高く伸びる巨大な樹木は、寡黙な巨人のようだ。どんな存在も優しく包み込んでくれるような、そんな気さえする。だが私は知っている。それは獲物を待ち受ける邪悪な獣であることを。
森はずっと変わらないように思える。だが私は知っている。ここからは何もかも奪われてしまった。取り返さなければいけない。
「こっちであってんのか?」「たぶん」「たぶんじゃねえよ」
ふとここにあるはずがない声を聴き、反射的にそちらを伺う。一人は騎士のような恰好をした黒髪の男。もう一人はそれより少し年上の身軽な装備の男。二人だけか?
何も知らずにこの森に迷い込んだ愚か者か、あるいは知りながら大丈夫だとタカを括って入り込んだ馬鹿か。
追い返すべきか……? だが、あの二人からはなにか只者ではない雰囲気が表れている。特にあの黒髪の男からは。
「……」
拳を強く握りしめる。もはや私だけでは打つ手がない。あいつらにもしこれを切り抜けられる力があるのなら、それに賭けてみたい。
「ここだな」
「ああ」
俺とアルヴァは巨人のように馬鹿でかい木々が立ち並ぶ森の入口に立って行った。入口には誰かが勝手に建てたのか『立ち入り禁止』の立て札。
「一応もう一回確認しとくが、本当にここ通っていくんだな?」
「ああ」
アルヴァは迷いなく頷く。俺はそれを聞きわざとらしくため息を吐く。
魔界へ行くための道のりとして、まず俺達の前に立ちはだかったのはこの広大な森だ。『巨大樹の森』とも言われているこの森は王国のど真ん中にどっしりと生い茂り、王国の反対側に抜けるにはこの森を通るか、迂回していかなければならない。
だが迂回は森を抜けるルートに比べ距離が長く、おまけに南には海、北には険しい山岳地帯があるため必然的に時間と路銀が要求される。そのためほとんどの商人や旅人は森を突きって行くことになる。とはいえ森の中には街道も整備されていて、なにより道中には中継地点としてエルフの集落があるため、大抵の奴は気にせず森を通っていく……前までは。
「数ヶ月ぐらい前から森を通ろうとした奴がこぞって行方不明。エルフ達に話を聞きに行くと、森に見たことのない魔物が現れてそいつが旅人を襲っているらしい。国軍は例のごとく戦争で疲弊してる上、戦場に送られる兵は海から船に乗っていくからそれが一層調査を渋らせている……ってとこだな。おまけに最近は謎の襲撃者に攻撃されたって話もあるらしい」
「なるほど」
俺は一から懇切丁寧に説明してやった。なのにあいつはいけしゃあしゃあと「森を通っていこう」と抜かした。
「どの道迂回していたら費用も時間もとんでもなくかかる。危険でも、森を突き抜けていくのが現実的だと思う。それに」
アルヴァは地図を広げながら言った。
「それに?」
「なんでもない。忘れてくれ」
「問題があるなら放っておけないか?」
「……」
図星だったのかアルヴァの手が止まる。
「あのなアルヴァ。それで助けられた俺が言うのもあれだが」
頭をガリガリと掻き説教じみた口調で言う。
「道行く奴ら全員助けまくってたらキリがねえぞ。お前の目的が魔界まで行くことだっていうなら、まずそれを最優先に考えろ」
「……ああ、わかってる」
「今回は、まあお前の言う事にも一理あるし、それでいいがよ」
「すまない」
「謝んな。さっさと行こうぜ」
そうして俺達は森の中に入っていった。
「こっちであってんのか?」
「たぶん」
「たぶんじゃねえよ」
地図を見ながら抜けた返事をするアルヴァに呆れながらぼやく。出会ってまだ間もないが、このアルヴァというやつ、普段は相当ぼんやりしている。とても俺を助けたのと同じ男とは思えない。
今どのあたりか。例の魔物と襲撃者を警戒して進んではいるが疲労で集中力も切れかけている。夕暮れが近いがエルフの集落とやらは見えてこない。もしや魔物とやらに襲われてとっくに壊滅してるんじゃ……。
「もしかして、あれじゃないか」
アルヴァが指し示す方向を見る。木々と木々の間にうっすらと人工的な壁のようなものが見える、その周りにはかがり火も。恐らく村を覆う外壁だろう。
「やれやれ。どうにか野宿せずに済んだな」
「ああ……けど、ここに来るまで特に危険はなかったな」
「村の奴らに聞いてみりゃわかんだろ、行くぞ」
アルヴァを促しながら集落へと向かう。
入口は木でできた巨大な扉があり、その両脇には見張りと思わしきエルフがいた。両方手にはマナの木でできた杖を持っている。
「おや、旅の方ですか?」
見張りの一人が穏やかな表情で俺達に尋ねる。
「ああ、森を通り抜けるついでに一晩ここで休ませてもらいたいんだ」
「分かりました、ではこちらに」
そういうと仕掛けを作動させ扉を開くと、俺達を中へ促す。
「歩きまくってくたびれたぜ。さっさと入るか」
門を抜けようとすると、アルヴァが不意に後ろを振り返った。
「どうした」
「なにか視線が……」
「あー?」
後ろの森に向けて目を凝らすが、おかしなものはない。
「気のせいじゃねーか?」
「……そうかもしれない」
「張りつめっぱなしで疲れてんだろ。とっと入ろうぜ」
「ああ」
俺達は集落の中へと入っていった。
集落の中は活気に溢れていた。エルフ達の話声、商い、遊ぶ子供たち、何一つ問題が無いようだった。
「ここがエルフの村……」
アルヴァは物珍し気にあたりを見回している。
「ようこそおいでくださいました」
突然声をかけられる。見ればエルフの中でもひと際異彩を放つ衣装をまとった男がそこに立っていた。見た目は40代前後だが、エルフであることを考えると実際は90~100歳あたりだろうか。
「私はこの村の長をしております、ヴァグラッドと申します。お見知りおきを」
ヴァグラッドと名乗った男はそう言うと深々とお辞儀した。それを見たアルヴァもつられたのか礼を返す。
「どうも。あの、俺達は宿を探していて」
「存じております。ささ、どうぞこちらへ」
ヴァグラットに言われるがまま俺達は後に続く。
「随分平和そうだな。恐ろしい魔物が出たって聞いたが」
「ああ、そのことですか」
俺が例の話に付いて切り出すとヴァグラッドは少し気落ちした声で答えた。
「幸いにもあの魔物は集落までは近づきませんので。しかし奴がいるせいで多くの旅人が襲われているのも事実。この集落もあれを恐れて孤立してしまっているのが現状で……」
「俺らが来るときは見当たらなかったが」
「運が良かったのです。あやつは森中をうろついていますから」
「襲撃者については何か知っていますか?」
アルヴァが訪ねると、不意にヴァグラッドは動きを止め、こちらを振り返った。
「襲撃者? それは初耳ですね」
「すでに何人も襲われてると。まだ被害はでてないらしいですが」
「いけませんねそれは。すぐに対処いたします。ええすぐに」
そう言うヴァグラッドの顔からは笑顔が消えていた。
ヴァグラッドは大きく咳払いすると前に向き直る。
「心配はございません。あなた方が村を出る際には護衛をつけましょう。彼らが命に代えてもあなた方をお守りしましょう」
アルヴァが何か言おうとしたのを俺は手で制す。
「ありがたいね。ぜひそうさせてもらおうか」
「ええ、ええ。さあ、あそこがこの村唯一の宿屋でございます」
ヴァグラッドが指さす方向を見ると村の中でもひと際大きな建物が目に入った。「では、私は私用がありますのでこれで」
そう言い、ヴァグラッドは足早に去っていった。
「やれやれ、やっと休めるぜ。なあ、アルヴァ」
俺はわざと能天気に言い、宿へと向かう。
村を歩いている時、そこら中から向けられている視線に、俺は気付かないふりをした。
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