第4話 誇りの残光

「何の音だ!?」「爆発だ!どこからだ!?」「武器庫が燃えてる!」「倉庫もだ!早く消火しろ!「地下牢に誰もいない!脱走だ!」「見張りはなにしてんだ!」


 団員達が口々に叫ぶ。砦の各所からは火と煙が絶え間なく上がり、団員の半数はそれの消火活動に追われている。

 予定通りだ。俺は砦のてっぺんからその様子を伺っていた。姿はもちろん隠してある、《陽炎》の魔術だ。自身の姿を透明にする魔術、うっすらと輪郭が残りはするが、この暗闇の中で視認するのは困難だろう。


「マナの手袋…律儀に武器庫に保管してくれてて助かったぜ」

『触媒』がなければ魔術は使えない。マナの手袋は効果は低いが術の発動が速く、重宝していた。しばらく様子を伺っていると見慣れた影が出てきた。ダラムだ。その手には身の丈ほどもある斧を抱えている。


「お前たちは消火を継続しろ!残りのやつはグレインと女達、侵入者を探せ!」

「侵入者?グレインが逃がしたのでは……?」

 団員の一人が怪訝な顔で訊ねる。

「あいつ一人で牢を脱げ出せるはずがない。脱走を手引きしたやつがいるはずだ。そいつも見つけ出せ」

 相変わらず勘のいいやつだ。だが今回はそれでいい、その方が好都合だ。

「だがそろそろ時間だぞ。まだかよ騎士野郎……」


 その時、一人の団員が声を張り上げた。

「馬が逃げた!脱走者が乗ってるぞ!」

 反射的にそちらを見る。月明かりが照らす平原を数頭の馬が駆け抜けている。その上にはローブを纏った人影がうっすらと見えていた。


「残った馬で追いかけろ!一人も逃がすな!」

 ダラム命で残りの団員が馬を駆り後を追い始める。俺はその瞬間砦を下り、できるかぎり物陰に隠れながらダラムの元へ向かう。今は残っているのは消火にあたっている団員と、わずかな取り巻きのみ、今しかない。


 高台の上から消火活動を見守るダラムの背後まで接近する。俺は息を殺し、短刀を構えゆっくりダラムに近づく。一撃だ、一撃でしとめる。あと10歩、ダラムは動かない。あと5歩、足音を立てるな。あと一歩、短刀を振り上げ……。

「ぬぅん!」

「うおお!?」

 突然振り回された斧を転がってすんでのところで避ける。《陽炎》が解け姿があらわになる。


「お前の事を警戒していないとでも思ったか、グレイン?」

 ダラムは鼻を鳴らし俺を睨み据える。

「ケッ、ああそりゃどうも」

「足音だけでなく気配も消せ。カシイの教えは役に立たなかったみたいだな」


 ダラムの物言いに思わず歯噛みする。奴を仕留める絶好の機会を逃した。だがもう逃げることはできない。いや、しない。下の団員達はまだ気づいていない。ここで必ず仕留める。


「どうした、何とか言ってみろ!」

 ダラムが接近して斧を振り下ろす。横に転がって避ける。だが次の瞬間には真横からの振りが迫っていた。早い。


 間一髪後ろに跳ねるようにして距離をとる。

「そのチンケな短刀では俺に刃を届かせることもできん。そろそろ諦めたらどうだ?」

「あいにく諦めんのはもうやめたんで……な!」


 手のひらを広げ、そこから渦巻く青色の弾を放つ。だがダラムは斧を翻すとそれをあっさりと弾き飛ばした。やはりこの程度では駄目か。

「《魔弾》か。魔術師が放つそれは岩をも砕くと言うが、お前のはまるで子供の投げた石だ」


 そう言ったダラムが少し屈んだかと思うと、信じられないほどの跳躍を見せこちらに飛び掛かってきた。俺は回避が間に合わず衝撃で吹き飛ばされるように地面を転がる。すかさずダラムは接近し起き上がろうとした俺の腹をけり上げる。

「今この盗賊団で一番強いのが誰か、忘れたわけではないだろうな?」

 胃液が逆流しそうな感覚に襲われ、再び地面に倒れこんだ俺をダラムが踏みつける。


「まったく残念だな。お前も、カシイも、その安っぽい正義感がなければ死なずに済んだものを」

「ゲホッ……お前が……カシイは……お前が殺したのか?」

「ハハハハ!俺が?いやあいつは確かに病死だったよ」

 ダラムは嘲るように口の端を歪める。

「だがあいつはさぞ驚いたろうな。なにせ、こっそり仕入れておいた薬がどこにもないのだからな」

「てめえ……!」怒りで拳が震える。だがそれだけだった。

「上等な最後だろう?仲間に墓まで建ててもらえて、盗賊にはもったいないほどだ」


 無理やり体を起こそうする。だがダラムが足に力を込めるとあっさりと地面に打ち付けられる。

「義賊?誇り?くだらん、なんとくだらん!あいつはそんなくだらないもので何かを救えた気になっていた。この盗賊団も、宝の持ち腐れだ。だから俺が利用してやったまでよ!」


 ダラムが笑いながら俺の体を何度も踏みつける。そのたびに意識が飛びそうになるのを、俺は歯を食いしばって耐えた。砦から上る火の手は既に鎮火しつつある。じきに残りの団員達も駆けつけてくるだろう。


「しかし……潔癖を気取りながら最後の最後にこんな姑息な手を使うとはな」

「ああ?」

 顔をずらし、かろうじてダラムを見上げる。

「逃げたやつらは囮だろう?俺から団員を引き離すために、その侵入者を利用したのだろう。今頃そいつは八つ裂きにされているだろうな。馬鹿な奴らだ」

「囮……」


 得意げな顔のダラムを見上げる。

「ハッ、ハハハハハ!」

 その顔を見て急におかしくなり、俺はゲラゲラと笑い始める。ダラムは眉をひそめ俺を睨んだ。

「とうとう気でも狂ったか?」

「囮、ああそうそう囮だよ。お前の言うとおりな……誰も乗ってないがな」


「何?」

 ダラムが驚愕に目を見開く。チャンスを作れ。

「気付いてないのか?あの馬に乗ってるのはただの人型に固めたゴミやらなにやらだ。あれに人間は一人も乗ってない」

「ならばあの女達は……!」

「とっくに反対側から逃げおおせてるだろうよ。追いつけるか?無理だろうな、馬が戻ってくるまであとどれくらいかかる?お前はまんまと騙されたんだ」

「貴様!」

 激昂したダラムは俺の体をひと際強く踏みつけると処刑人のごとく斧を振り上げた。そうだ、もっと怒れ。


「お前は結局、俺ごとき出し抜かれるようなやつだったってことだ。姑息な手? そうとも、お前はその程度の事も見抜けない間抜けだったってことだ」

「この……死にぞこないが!」

 ダラムが俺の首めがけ斧を振り下ろそうとする。そうだ、お前が我を忘れて隙を晒す時を待っていた。俺はダラムの顔に向けてすばやく手のひらを掲げた。ダラムが目を見開く。


 その瞬間、掌から砦全体を照らすほどの光がほとばしった。光、ただの光だ。辺りを照らす《日光》の魔術を限界まで効力を高めて放った。

「おおおっ!?」

 光でダラムの目が完全に潰れる。俺は最後の力を振り絞り拘束を振り払った。


「貴様……貴様ぁ!」

 視力を失い狼狽したダラムは闇雲に斧を振り回す。

「ハァー……」

 ズタボロの体に喝を入れ、その場から起き上がると、ゆっくりとダラムに近づく、ただゆっくりと。刃が頬をかすめるが、不思議と当たる気はしなかった。

「どこだ!どこにいるグレイン!?」

「ここだ」


 言い終えた時には短刀はダラムの首元に突き刺さっていた。

「こっ……がっ……!」

 ダラムが何か言おうとするが口からはゴボゴボと血が溢れ言葉にならない。短刀を引き抜き蹴り飛ばす。傷口を押え悶えていたダラムはやがてその場で数回痙攣した後、動かなくなった。


「冷静さを掻いたやつから死ぬ。これも団長の教えだったな」

 それだけ言うと、俺は仰向けに地面に倒れこんだ。下から足音が聞こえてくる。だがもう気力も体力も限界だ。逃げることはできない。なにより、今度こそ生きる意味はなくなった。


 ダラムと多くの資材を失った盗賊団は自然分解するだろう。それでいい、全部終わったんだ。

「今度こそ……間違えなかったよな」

 俺はぽつり呟き、目を閉じ、最後の時を待った。足音が近づいてくる。音からして人数は一人……一人?なんで一人なんだ?

「大丈夫か?」

 目を見開くと目の前にはあの男…アルヴァが立っていた。


「お前、なんでここに?」

「助けに戻った。村の人達は自分達だけで行けると言ったから」

アルヴァは当たり前のようにそう答えた。

「下にいたやつらは?」

「倒した」

 アルヴァが指さす先をのぞき込むと、そこには血に濡れた盗賊たちが倒れこんでいた。いやまて、半数出ていったと言ってもまだ数十人近くいたはずだ。それをこいつ一人で?

「お前、何者だよ?」

 俺は人間とは違う物を見る目でアルヴァを見上げる

「後にしよう。そろそろ囮を追いかけたのが戻ってくるはずだ」

「俺のやるべきことは終わった。これ以上は……」

「それも後にしよう」


 アルヴァは俺を丸太かなにかのように持ち上げ、脇に抱えた。

「おい!」

 抵抗しようとするがロクに力も入らず、諦めることにした。

「情けねえ、また生き延びちまった」

「情けなくはない」アルヴァは淡々と返事をし、先を急ぐ。


「もう俺に利用価値なんかないのに。なんで助けるんだよ」

「そうした方が良いと思ったから」

「なんだそりゃ」

 アルヴァと間の抜けた会話を繰り返していると、緊張の糸が解けたのか、そのまま俺は意識を失った。最後にみたのはモクモクと煙を上げるかつてのアジトの姿だった。



 数日後、逃げ延びた町で最低限の傷を癒した俺は再び元アジトへと戻って来た。砦ははもぬけの殻だった。人も、延焼を免れたわずかな物資も荒らされて残っていなかった。ただひとつだけを除いて。

「わりいなお頭、あんたの残した物を守れなくて」

 俺はカシイの墓の上からビチャビチャと酒をかける。特別酒が好きなわけでもなかったが、他に贈る物も思いつかなかった。


「あんたのやってきたことが間違いかどうかは、正直今でもわからん……けど、あの時あんたが俺を仲間にしてくれたのは、間違いじゃなかったと思う」

それだけ言うと持っていた酒瓶を捨て、墓に背を向けた。後ろにはアルヴァのやつが立っていた。


「別に付いてこなくてもよかったのによ」

「まだロクに歩けもしないだろう」

「ケッ……」

 地面を軽く蹴る。実際こいつの助けがなかったら途中で動けなくなってたかもしれない。


 バツを悪くしている俺にアルヴァが問いかける。

「この後はどうするんだ?」

「どうもこうもねえよ。死にぞこなったおかげで文字通りすることがなくなっちまった。今更首都に戻るなんざできやしねえし」

 俺はわざとらしく肩をすくめる。

「そうか……じゃあ一緒に来るか?」

「ああ?……そういやお前旅してるとか言ってたな。どこ行く気だよ」

「魔界」

「は?」


 予想外すぎる答えに開いた口が塞がらない。

「ちょっと待て、魔界ってお前、魔族の領地のことだよな?」

「そうだ。じゃあ改めて言っておこう」

 そういうとアルヴァは一度咳払いしてから、俺にこう言った。


 「俺の目的は魔族の領地、『魔界』へ向かい、魔界を治める王、『魔王』と『和平交渉』を行う事。それが、俺が『勇者』として国王から命じられた使命だ」

 アルヴァはそう言った、超然とした佇まいで、大真面目に、俺にそれを言ってのけた。しばらく俺は呆気に取られていた。言われたことを咀嚼しようと必死だった。


 魔王?和平交渉?そして勇者だと? くだらない冗談と笑い飛ばせればよかったが、目の前の男には妙な説得力があり、それが余計俺の考えを妨げていた。

「本気か?」

 それがようやく絞り出せた言葉だった。アルヴァは迷いなく頷く。


「だから、あなたには協力して欲しい。その腕を見込んで」

 そういうとアルヴァはあの時と同じように手を差し出してきた。

「正直ムチャクチャな事を言っているのは分かってる、俺のワガママだ。だから拒否してもらっても構わない」


 差し出された手を見つめる。俺はどうするべきなんだ。この手を取るべきなのか?それとも拒否するか?まずはこいつから詳しい話を聞きだすのが先か?親父を裏切った国に協力するのか?なんのために?


 不意に目の前のアルヴァと、最初に出会ったカシイの姿がダブった。そして考えるのをやめた。

「ハッ……」

 元から死ぬはずだった命だ。それをこの男に預けてみるのも悪くない。俺はその手を握り返した。


 勇者と名乗った男はその時初めて笑みを浮かべた。

「正直全然呑み込めてねえがな。元から後先考えて動くタイプじゃないんでな。決めたぜ。付いてくよお前に」

「それで十分だ。ありがとう、グレイン」


 アルヴァは「先を歩きながら話そう」と言うと荷物を背負い砦を後にした。俺は一度だけカシイの墓を振り返った。

「カシイ、俺の選択は」


 そこまで言いかけて、やめた。間違いかどうかはこれから決まることだ。俺はもう振り返らず、アルヴァの後を追った。

「これからは勇者様のお供ってか」

 義賊よりよっぽど青臭く、子供じみていたが、不思議と悪い気はしなかった。

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