第2話 来訪者
ダラムが団長になってからしばらく後、俺が簡単な偵察任務を終えてアジトに戻ると砦の中央に人だかりができていた。覗くと、そこには複数の死体が吊り下げられていた。団員達だった。俺の顔なじみのやつばかりだった。
「なんだこれ」
俺が唖然としてつぶやくと、人ごみの中からダラムが近づいてきた。
「帰ったか、ご苦労だったグレイン。首尾を聞かせてもらえるか?」
「そんなのは後だ。こいつはどういうことだ!」
俺はダラムに怒りの形相でダラムを睨む。
「こいつらは俺の盗賊団を無断で抜け出そうとした、裏切り者だ。だから粛清した」
奴は淡々とそう答えた。
「裏切りだと?……いや、だとしても仲間内でも殺しはご法度のはずだ。掟でそう」
「グレイン」
ダラムは言葉を遮り俺の肩に手を置いた。そこから有無を言わさぬ圧力を感じる。気圧される俺にダラムが語り掛ける。
「カシイはもう死んだ。これからは俺が団長だ。俺が掟だ。いいな?」
そう言うとダラムは手を離し、踵を返し去っていた。呆然と立ち尽くす俺はふと、集まった団員たちに目をやった。
俺達の盗賊団、こんなにもいたのか?
知らない目が俺を見ていた。今いる場所が違うものになっているのに、ようやく気が付いた。
それから盗賊団は変わっていった。忍び込んだ屋敷の住人を躊躇なく傷つけるようになり、貧しいものに分け与える金品も日に日に減っていった。時には単なる平民の家を襲うこともあった。
俺がそういった行為を拒むと、次第に任務から外されるようになった。だが盗賊団は抜けなかった。抜ければ殺されると分かっていたし、なにより他に行く場所がなかった。今の盗賊団に染まることもできず、逃げ出すこともせず、俺はズルズルと居場所に縋り続けた。
そして今日、ダラムが大勢の団員を率いてどこかへと向かった。「重要な仕事だ」そう言っていた。
俺は砦の留守を任された。もう任務に加えられないことも慣れた。だがダラム達が帰ってきた時、違和感に気付いた。馬にはいつもの奪った金品の他に食料、水、そして人間が乗せられていた。若い女たちだ。
「おい、ダラム。こいつらはいったい」
俺が問い詰めるとダラムは馬から降りて近づいてきた。
「グレインか、ちょうどいい。俺達はこの国を出る」
「何?」
「近ごろ魔族との情勢の悪化でどこもシケてきた。これ以上留まっても成果は見込めない。そこで俺達は隣国へと移動することにした。これはそのための物資だ」
ダラムが親指で後ろの荷車を指す。
「じゃああいつらはなんだ!」
俺が女たちを指さすと、ダラムはやれやれと言った風に肩をすくめた。
「こいつらは奴隷だよ。この国では奴隷制は廃止されたが隣の国じゃまだ盛んらしい。そこでこいつらを売って当面の資金にしようという事だ」
ダラムは悪びれもせずそう言った。額に嫌な汗が流れる。
「お前、襲ったのか、村を?この物資もそうやって」
「そうだが、それがどうした?」
ダラムはわざとらしく、不思議そうな顔を浮かべる。
「それはもう義賊じゃねえ!単なる山賊か野盗のだろうが!」
「今更気付いたか」
ダラムは冷ややかな笑みを浮かべて俺を見た。
「最初からだと反発するやつも多いからな、少しずつ活動を変えて、人を変えて、中身を変えて……気付かなかったのなら、俺も手間をかけた甲斐があったというものだな」
ダラムは笑いながらそう言った。初めからだ、初めからダラムはこの団を乗っ取るつもりだった。なんで気づかなかったんだ。気付きたくなかっただけか?
「だがな、グレイン。これでもお前の腕は認めてるんだ。だから…」
ダラムが俺に詰め寄る。たじろいで一歩下がると後ろにいた団員にぶつかった。いつの間にか俺は包囲されていた。
「俺に従うと言え、そうすれば何もかもくれてやる。金も、地位も、居場所もな」
悪魔が取引を持ち掛けるようにダラムは言った。逃げ場はなかった。
「あ…」
俺は言葉に詰まる。何を躊躇している、従うと言え。断れば殺されるだけだ。くだらない正義感のために生きてきたんじゃない。今度こそ間違うな。
「俺は」
『俺のしてきたことは、間違ってると思うか?』
カシイの言葉が頭に響いた。
「お前には従わない」
そう言った瞬間、俺は後ろから打ち倒された。地面に倒れると、間髪入れず蹴りの雨を浴びせられる。
「もう少し利口なやつだと思ったが」
朦朧とする意識のなかでダラムの声が響く。
「一晩だけ考える時間をやる。その時にいい返事を聞かせて貰える事を願おう……地下牢につないでおけ!」
それから俺は女たちと一緒に地下牢にぶちこまれた。あれからどれくらい時間がたったか。まだ日暮れか、あるいは深夜か。どちらにせよ残された時間は少ない。ダラムはもう一度チャンスをやると言った。
だが俺の答えは変わらないだろう。俺はダラムが盗賊団を変えてしまうのを止められなかった。いや、知っていながら止めようとしなかったか。どちらでも同じことだ。俺はカシイの誇りを穢してしまった。俺がアイツのしてきたことを間違いにしてしまった。だから俺はここで死ぬべきなんだ。償いになるはずもないが。
「……予想より早かったみたいだな」
階段から足音が聞こえてくる。迎えが来たんだろう。せめてもの抵抗だ、ダラムに会ったらやつの顔につばでも吐きかけてやる。
「ハッ…」
情けなさに渇いた笑いがこみあげる。最後の最後にやることがそれか。だがやらないよりはマシだろう。そう自分に言い聞かせた
カツ…カツ…足音が近づいてくる、いよいよか。誰が来たか、ダラムか、単なる下っ端か。俺は顔を上げそいつを見据える。
「ああ……?」
だが予想だにしない訪問者に俺は間の抜けた声をだした。そいつは見た目二十歳過ぎで、黒い髪で、外套の下に軽装の騎士服を身に纏った、どこか超然とした雰囲気の男だった。おおよそこの場所に似つかわしくない来客に俺が唖然としていると、その男は言った。
「助けに来た」
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