グレイン編
第1話 間違い
昔から俺は肝心なとこで間違いを犯すことが多かった。最初の仕事で、焦って《陽炎》と間違えて《日光》の魔術を使って見張りに気付かれた時、宝物庫の場所と食糧庫の場所を間違えて倍時間がかかった時。
それでも最後はなんだかんだうまく収めてきたのが俺だった。だが、今回ばかり無理そうだ。俺は両腕を鎖でつながれた状態でそんな事を思った。
「……」
体は全身傷だらけ、歯も一本ぐらい折れてるだろう。五体満足でいるのが幸いか。「うっ……ひっく……」
俺のいる牢屋とは別の場所からは女たちのすすり泣く声が聞こえてくる。
「どうしてうまくいかねぇかな……」
そんなことを独りごちながら、俺は過去の出来事を走馬燈のように思い返していた。
俺……グレイン・ノッカーは首都のごく普通の平民の家に生まれた。ある時、親父が激化する魔族との戦争のため、兵士へと徴兵されることになった。武器なんて一度も握ったことがないような男だったが、親父はとても誇らしげだった。
まだ幼かった俺はそんな親父を尊敬していた。親父が家からいなくなるのは寂しかった。だが当時、戦争の理由は魔族による侵略行為が発端だと俺達は教えられてきた。だから親父の徴兵も、国を守るための名誉ある戦いに赴くのだと思えば我慢できた。
数年後、それが嘘だと知るまでは。もはや戦争が起こった理由など誰もわからないまま、後には引けぬまま、ただ争いだけを行なっているということを。
そして親父は帰ってきた。腕だけになって。俺が15歳かそこらの時だ。不思議と魔族に対して怒りは湧かなかった。ただ、この王国への不信と怒りだけがあった。
しばらくして、俺は家からわずかな荷物を持って首都から去った。あてがあったわけじゃない。ただ、この国の膝元にいるというのが耐えられなくなっただけだ。子供らしく浅はかな考えだった。それが最初の間違いだったかもしれない。
案の定、別の街に着く前に食料が尽きて野垂れ死にかけた。周囲には水も植物無く、人どころか動物一匹いやしなかった。
いっそこのまま死んでもいいと思った。親父のように無意味に死ぬのだとしても、せめて誰にも利用されないまま死んだ方がいいのだと。
だが、そうはならなかった。俺は通りがかった男に偶然命を救われた。助けたのは盗賊団の頭の男だった。カシイと名乗った男は俺に水と食料を分け与えた。
「お前、家族はどうした? 家はどこにある?」
俺は押し黙って何も答えず、落ち着き無く視線を動かした。それ見て何かを察したのか、カシイは俺にこう言った。
「お前に帰る場所があるなら、そこまで送っていこう。だがもし居場所がないなら、俺達と一緒に来るか?」
カシイは俺に手を差し出した。一瞬迷った後、俺は頷き、その手を握った。カシイはニカッと笑い、俺を馬の背に乗せ走り出した。
そこから俺の盗賊としての生活が始まった。盗賊団は国軍が放棄した砦を根城にしていた。カシイ率いる盗賊団はいわゆる義賊というやつで、貴族や領主から金品を奪い、それを貧しいものに分け与えていた。盗賊団には掟があった。一つ、金持ち以外からは奪わない。二つ、殺しはしない。これだけだ。
俺はアジトの掃除係から始まり、そこから盗賊としての訓練重ねていき、やがて成長した俺は仕事を任されるようになっていった。
俺の呑み込みの速さは団内でも評判だったらしく、特に魔術を扱えたのは、盗賊団の中でも俺だけだった。
義賊として活動にそこまで関心はなかったが、仲間たちと行動を共にするのは悪くなかった。それに、王国に媚びを売って甘い蜜を啜る金持ち共をコケにするのも楽しかった。
長い月日が経ち、ある夜、なかなか寝付けなかった俺は、同じく眠れなかったカシイと共に酒を酌み交わしていた。いつのまにか、俺はカシイと肩を並べるほどに成長していた。初めて会った時は若かったカシイも今は頬にうっすらと皺ができていた。 俺はふと気になってカシイに尋ねた。
「お頭は、なんで盗賊…しかも義賊なんてのを始めたんだ?」
「なんで、か」
カシイは杯入った酒を一気に飲み干した。
「弱い奴を助けたいと思ったのが始まりだった。でもまともな方法じゃ限界があって、それで一人で活動を始めた。それから、だんだん仲間が増えていって」
「今じゃ盗賊の団長ってわけか。たいしたもんだよ」
俺は笑みを作りながら言った。だがカシイは浮かない表情をした。
「なあ、グレイン」
カシイは小さな声で呟いた。
「なんだ?」
「この盗賊団は、大丈夫だと思うか?」
「あ?」
意図のよめない質問に気の抜けた返事を返す。カシイは更に酒を呷り、続けた。
「俺はできるかぎり団長として盗賊団を率いてきたつもりだ。だけど、俺の掲げた理念を仲間は理解してるんだろうか?」
「別に全員が理解する必要はないだろ。上がキッチリやってりゃ部下はそれに従う。それでいいじゃねえか」
確かに、俺もカシイの理念に完全に賛同してるとは言い難い。義賊なんて青臭い正義ごっこと感じる自分もいる。だが俺はカシイを尊敬しているし、その理念に背く気も無い。それは他の仲間たちも同じだ。
「今はそれでいいかもしれない。けどもしも俺がいなくなったら、その時は?」
「なあ、いったいどうしたよ?」
らしくない様子のカシイについ口を挟む。
カシイは更に酒を呷る。
「虐げられた弱者の中には居場所がなくなったやつもいる。俺はそんなやつらの居場所にもなりたいと、仲間を増やしてきた。団が大きくなればそれだけ救える奴が増えると思って。だけど」
カシイがいつになく弱弱しい声で言った。
「俺は、なにかとんでもない事をしてしまったんじゃないのか?俺の作った組織は、取り返しのつかないものなんじゃ」
カシイの手がわずかに震えている。俺は酒杯を取り上げた。
「飲み過ぎだ、落ち着け」
「ああ、ああ、すまない」
「もう寝ろよ」
カシイは「そうする」と言って、頭を振って立ち上がった。寝床に戻ろうとしたカシイはふと足を止めた。
「グレイン」
「なんだよ」
「俺のしてきたことは、間違ってると思うか?」
ほんの少しの静寂があった。
「……わからない」
俺がそう答えると、「そうか」とだけ呟きカシイは去っていった。
あの時、間違ってないと言ってやればよかったかもしれない。あるいは笑い飛ばして何を深刻になってんだと肩を叩いてやれば。遅すぎた。しばらくして、カシイは死んだ。部屋で倒れている所を団員に発見された、病死だった。
カシイの遺体を埋葬した翌日、団内で緊急会議が行われた。当然、盗賊団のこれからについてだ。活動はこれからも続けていくということで意見は一致、問題は誰が次の頭領になるかということだ。真っ先に名乗りを上げたのは副団長のダラムだった。
「他に、俺がというやつはいるか?」
ダラムが団員に尋ねる。何人かが俺に目をやった。俺は団内ではそれなりの古参で、部下からの信頼もそれなりにあった、それゆえだろう。
だが俺は手を上げなかった。カシイは誇り高い男だった。その後を、半端な志のやつ…少なくとも俺みたいのが継ぐべきじゃない、そう思った。他に名乗りを上げる奴はいなかった。
「決まりだな」
その日からダラムが団長になった。ダラムは部下からの信頼も厚く、地位も実力もカシイに次いで高かった。あいつなら大丈夫、そう考えた。…間違いだった。あるいは最初から間違えていたのかもしれない。俺の人生は、何もかも。
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