勇者一行
イカナゴ
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プロローグ
プロローグ 勇者一行
「やばいやばいやばい!」
俺は雑木林の間をひたすらに走り続けていた。草をかきわけ、倒木を飛び越え、ただ駆ける。後ろからはドカドカと地面を鳴らす足音と獰猛な鳴き声が迫っていた。
「いつまで追いかけてくんだよ!」
巣を荒らした外敵か、それとも単なるエサと思っているか、どちらにせよ諦める様子はないようだ。逃げながら俺は何故こうなったのか思い返していた。
旅の途中、小さな村に着いた俺たちは尽きかけた資金を補充するために手頃な仕事を探していた。こういった首都から離れた村や街には大なり小なり困りごとを抱えているやつは多い。酒場や掲示板に集まる個人からの、あるいは町の代表からの直々の依頼。今回は後者だった。
この村は農作と狩猟で生計を立てているが、近ごろ村周辺の森に凶暴なオオトカゲの群れが住み着き巣を作ったらしく、薬草や獣の狩猟に影響が出ているらしい。
このままでは森に立ち入れなくなるどころか、村が直接襲われる危険性まである。村の人間ではやつらに敵わない。首都からの兵士はいつ派遣されるかわからない。そんな八方ふさがりの状況で偶然立ち寄ったのが俺達だった。
村長はすぐさま村中から資金を集め俺達に討伐を依頼した。当然俺は快く承諾した。オオトカゲ以上に脅威な魔物ならばこれまでに何度も相手をしたことがある、なにより金欠だった俺達にこれを断る理由はなかった。他の奴らも同意した。
だからこの時判断は間違っていなかった。悪かったとすれば森に入る直前のことだ。『手分けして探そうぜ』そう言ったのは俺だ。森中探し回って見つけたやつを逐一倒していたら時間がかかりすぎる。だから俺はこう言った。
「まず全員でばらけてあいつらの巣を探す。その後合流して、トカゲ共が全員巣に集まったところで奇襲をかけて一網打尽にする。どうだこの作戦」
この案にも大半は同意した。
「お前がヘマをしてみつからなければ問題はないな」
ロロがいつもの減らず口を叩く。俺は指を突きつける。
「オメーこそ木の枝踏むとかマヌケな事して見つかるんじゃねえぞ」
まさかそれが自分に帰ってくるとは思わなかった。いや、やつら巣を見つけた時音を立てないようには注意していた、問題は巣を観察している時後ろからもう一頭が近づきてきたことだ。
飛び掛かってきたオオトカゲを俺はすんでで気付いて躱した。だが転がった先に落ちていた枝を盛大にへし折った瞬間、巣のトカゲ共も一斉に俺に気付いた。そして今俺は、こんなだ。ちくしょう。
「うおおっ!?」
一頭のオオトカゲが俺の頭上を飛び越え前に立ちふさがった。咄嗟に足を止めた俺をすぐさま追いついてきた群れが取り囲んだ。
オオトカゲ、文字通りトカゲを二足歩行にしてデカくしたような奴。慣れれば大したことはないが鋭い爪と牙は時に熟練の騎士や傭兵でも容易く殺される。特に集団に囲まれ時は。
「クソッ」
逃げ場はない。やばい状況だ。俺は覚悟を決めた。最初に飛び掛かってきたやつをすり抜けて、出来た隙間から逃げる。危険だがやるしかない。注意深くやつらを観察する。
そして一頭が身を低くかがめる。くるか? 俺は身構えた。だがそうはならなかった。オオトカゲは飛び掛かる予備動作をとった瞬間、斜め上から飛んできた矢が頭に刺さって死んだ。
「おっ」
思わず声が漏れる。仲間が異常を察知して周囲を見渡し、俺から視線を外した。
その瞬間を逃しはしなかった。手のひらを体にあて、頭の中で呪文を詠唱する。次にトカゲ共が俺のいた場所を見た時、どこにもその姿はなかった。困惑するオオトカゲを二発目の矢が襲った。一頭が木の上の影に気付き、素早くそこに近づき、幹に爪を引っ掛け木をよじ登った。
「デカいわりに器用に上るやつらだ」
だがそいつが木の上まで到達した時、すでに影は隣の木に移り、そいつの頭に矢をお見舞いしていた。
俺は音を立てないよう注意深く近づき、下からみていたオオトカゲ一頭の首に短刀を突きさしてやった。刺されたやつは死ぬほど驚いただろう。なにせ自分の傍はおろか刺された傷口にさえ何もなかったのだから。さらに一頭が倒され、いよいよ危険を感じた生き残りは一目散に逃げだした。木の影が追撃しようとする。
「待て!」
俺自分にかけていた《陽炎》の魔術を解き。そいつを静止した。
「あいつらの巣の目星はついてる。先に全員で合流してからだ」そういうと影は構えていた弓を下ろし、木から降りてきた。エルフ特有の尖った耳に、薄緑色の髪。人間基準なら10歳かそれ以下の幼い容姿の女。仲間のロロだ。
「オオトカゲに追われてる奴がいると思えば、やっぱりお前だったなグレイン」「やっぱりってなんだ!」
「ヘマする奴がお前しか思い当たらない」
「ぐっ……!」
いつもなら言い返してやりたいところだが、実際ヘマをしたうえ助けられた手前強くは言えない。俺はグッとこらえた。
「ともかく、巣は見つけたからさっさと他の奴と合流するぞ」
「何か言う事はないのか?」
「ありがとうごぜーました」
「なんだその態度は」
無駄口を叩きあいながら俺達は出口を目指した。
予定より時間はかかったがなんとか森からは抜け出せた。入口まで戻ると探索に不要と残してきた荷物が置かれていた。だが見張り役が見当たらない。
「おいシャルロ、どこ行った?」
「遅かったですわね、お二人とも」
耳元から声がする。横を向くと、髪の長い女が俺の肩にちょこんと乗っていた。シャルロだ。
「いきなり乗ってくんな、びっくりするだろ」
「だって退屈でしたのよ。予定時間になっても誰一人戻ってきませんし」
シャルロは口をすぼめ、拗ねた様子で空中に足を投げ出している。フリルのついたドレスからは装飾に使われている花の物と思われる香りが漂ってくる。
「戻ったのはあなた達だけ?羽騎士さんと勇者様はまだかしら?」
確かにあの二人が遅れるのは珍しい。アルヴァの奴は時間をキッチリ守るタイプだし、もう片方に至っては遅れようがない。そう思った時、俺達の耳に遠くから風切り音が響いてきた。
「この音……ヘパイスだな」
ロロがそう言うが早いか、森の木々の上から一つの影が飛び出してきた。飛び出す、というよりは飛んできたという方が正しい。全身に鎧を身にまとったその騎士は滑空姿勢から身を起こし、俺達の傍に着地した。こいつがヘパイス、鉄の羽を持った鎧の騎士だ。
「こっちにはこなかったか?」
ヘパイスはザリザリとした音が混じる奇妙な声で俺達にそう聞いてきた。
「なんだって?」
「入口に戻る途中オオトカゲが二頭走っていくのを見た。一頭は追いついて仕留めたがもう一頭は見失った。もし外へ出たら厄介なことになる」
ヘパイスは辺りを伺う。背中の鉄の羽はガシャガシャと音を立て、形を変えあいつの背中に収まる。相変わらずどういう原理で動いているのかさっぱりわからない代物だ。
「あの様子、ひどく混乱してるようだった。何から逃げてきたようにも見えたが……お前たち、何かしたか?」
「さあ、まったくわからん」
視線を外し斜め上を見上げる。ロロがじっとりとした目で俺を見てきたが完全に無視した。ヘパイスは俺達の言動から察したのか溜息(らしき音)を吐いた。
「まあ、こちらに逃げてきていないのなら少なくとも村は大丈夫だろう。他の方角には平原か山しかな……」
「あ」
シャルロがぽっかりと口を開け指を指す。
「もしかしてあれですの?」
シャルロが指を指す方向を俺達は一斉に振り返った。遠くに森から飛び出してきたと思われるオオトカゲのそのそと歩いていた。
オオトカゲは俺達に気が付くと一目散に走り出した。あの方角は村のある場所だ。
「おいやばいぞ!村に逃したら報酬どころじゃねえ!」
「俺が追いかける」
ヘパイスが再び羽を展開しようとした。だがそれをシャルロが制した。
「ここはわたくしが。ちょっとくらい働かせてくださいな」
そう言いシャルロは俺の肩から勢いよく飛び降りた。そしてその体は地面につくまでにみるみる大きくなり、あっという間に人間代の大きさへと変貌した。
「えーと……これで」
そして手頃な石ころを拾いあげ、呼吸を整えると遥か先のオオトカゲを見据えた。
「せえ」
シャルロは腕を大きく振りかぶる。踏みしめた地面に亀裂が入った、そして。
「の!」
投げた。単なる石ころは大砲、あるいは熟練魔術師の《魔弾》のごとき速さで一直線に飛び、逃げ切ったと安堵していたオオトカゲへ命中し、頭部を粉砕した。一瞬遅れて破裂音が耳に届く。
「やりましたわ」
シャルロは満足げに頷く。俺はその光景を見て心底縮み上がった。シャルロ…本名シャルロッテ・フィリアム。小人でありながら人間と同等の力を備えた王女。それが俺達と同じサイズまで巨大化すれば、もはやそのパワーは巨人と同じだ。こいつとだけとは喧嘩したくない。
「では、ゆっくり勇者様を待ちましょうか」
いつのまにかシャルロは元のサイズに戻り、今度はヘパイスの肩の上に乗っていた。
「あー、まったく疲れたぜ」
俺は身体を投げ出しベッドの上に倒れこんだ。あの後遅れてきたアルヴァと合流した一行は再びオオトカゲの巣へと向かいこれを殲滅。村長から報酬をもらった後特別に宿屋を無料で利用できると言われ、ありがたくその恩恵にあずからせてもらっているところだ。
「立派な宿だけど、良いのかなタダで泊まらせてもらって」
「いいんだよ、こういうのは好意に甘えときゃ」
申し訳なさそうなアルヴァのつぶやきに俺は欠伸交じりで返す。アルヴァはこの一行のリーダーだが、変なとこで真面目だ。だからそういう時は俺が代わりに仕切ってやる必要がある。
「…」
「どうしたよ?」アルヴァが物憂げに窓の外を眺めているのを見て声をかけた。
「あのオオトカゲ達。たぶんイドの戦場にあった森から逃げてきたんだと思う」
アルヴァはそう言った。
「このあたりで他に住処になりそうなとこは見当たらない。あのあたりは今も戦火が広がり続けていると言うし」
「ああ」
そう言われて俺は納得した。オオトカゲは滅多な事で縄張りを移動することはない。他の魔物に追い出されるか、あるいは巣自体がなくなってしまわないかぎりは。
「戦火で住処が焼けて、這う這うの体で逃げ延びてきたってところか」
「ああ」
「魔物相手に変な同情はやめとけよ」
「そんなんじゃないさ。ただ」
アルヴァは窓を眺めるのをやめ、ベッドに横たわった。
「早く終わらせたいと思ったんだ。争いを」
「お前が前線で戦えばさっさと終わるんじゃねえの」
「それじゃ勇者になった意味がない」
アルヴァは小さく笑った。
「『魔界』まであと少し。気を引き締めよう」
そう、俺達は魔界へ行く。それはあまりに無謀で傍から見れば滑稽な旅でもあった。
「ならさっさと寝とけ、どうせ明日も早いんだろ」
「ああ、おやすみ」
俺達は魔界へ向かう。そして魔王の元へと向かう。倒すために? 違う、俺達は交渉しにいくんだ。それが勇者……アルヴァ・ロードランドに課された使命だ。
「我ながら馬鹿なやつに付いてきちまったもんだ」
そんな事を独りごち、俺は床に就いた。
街道を進みながら俺達は次の目的地を目指していた。今はイドの戦場を大きく迂回して魔族の領地……通称魔界への入り口を探しているところだ。
「ここを北にぐるっと回ったとこにでかい山岳地帯ある。そこに例の入口があるらしい」
「いよいよですわね、魔族の領地!」シャルロがいつになく張りきった口調で言う。
「落ち着けよ。戦場を迂回しなきゃなんねえんだから距離的にはまだまだ先だ」
「魔術師さんは相変わらず冷静ですこと」
シャルロがやれやれといった風に肩をすくめる。
「お前らが後先考えなさすぎなんだよ。おかげでこちとら苦労倍増だ」
「さっきはお前のせいで苦労倍増しかけたが」
「うるせーアホ」ロロの頭を小突く
「なんだとこいつ」ロロが俺のすねを蹴る。
「喧嘩なら審判を務めますわよ!」
「またやっているぞあいつら」
グレインとロロがいつもの喧嘩をしているのを私は呆れながら見ていた。見た目は親と子ほどの差があるが、あれでもロロ方が年上だ。エルフに人間の定義が当てはまるかわからないが、一応対等な喧嘩ということになっている。
「ちょうどいいし。休憩にしよう」
アルヴァが道端の石を腰を掛け、二人の喧嘩を見守る。ロロの十字固めが入り、グレインが呻いた。
「そう言えばだ」ふと思いつき訪ねる。「結局、お前は何故集合時間に遅れた?」
「ああ、それは…」
アルヴァ言いづらそうに頬を掻く。
「実は、オオトカゲを探している途中、偶然ワームを見つけて」
「ワームを?」
ワーム。蛇竜とも呼ばれるそれは、ワイバーンの頭と蛇の体をもつ巨大な地を這う竜だ。今の時期は冬眠を行っているはずだが。いや、そもそもだ。
「ワームがいたのか?村の住人からそんな話は聞いていないが。そもそもワームがいる森で狩りなど出来るわけがない」
ワームは獰猛で、強い。それこそあそこのオオトカゲが束になっても敵わないだろう。巨体で叩き潰されるか、炎の息で丸ごと焼かれるかだ。
「たぶん、あのワームもイドの戦場から逃げてきたんだと思う。オオトカゲよりも先に。そして冬眠に入った。でもその後オオトカゲ達が移住してきたから」
「怒って出てきたというわけか」
アルヴァは頷く。グレインがロロの腕を持って振り回し、投げ飛ばす。
アルヴァは続ける。
「どっちにしろ春が来ればワームは目覚めたはず。そうなればエサを求めて真っ先にあの村を襲っただろう」
「なるほど、つまり?」
「それで倒した。だから遅くなった」
「そうか」
私は納得し、それ以上問い詰めなかった。グレインが聞いていたら勝手な事をするなだの、もっと村から金をふんだくれただのと言っただろうが。
それにしてもだ……。
「倒した、か。簡単に言うな」
「簡単ではなかったよ」
アルヴァは苦笑いで返す。
「オオトカゲ退治のついでに倒す相手ではない」
「運が良かった」
謙遜ではなく本気で言っているのだから質が悪い。運よく倒せる相手なら王国が大金をはたいて何十人もの傭兵を雇ったりなどしない。それをこいつは……。
「その力、魔族相手に振るう機会がない事を願いたいな」
「……俺もそうしたい」
それ以上私達は何も話さず、目の前のバカ騒ぎを見ていた。ロロとグレインの顔面に同時に拳が叩き込まれ、両方倒れ伏した。
「引き分け!」
シャルロが判定を下した。
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